第十一話 伯爵の執務室
「そうか……下がってよいぞ」
報告にきたメイドを下がらせる。
五日前に娘であるメリエールが賊に襲われた。
メリエールは隣の貴族領まで見合いをしに行っていたのだ。
距離的に近いこともあり護衛はそんなに多くはつけなかった。
それでも十分と思われるほど安全な旅路になるはずだったのだ。
そもそも王都付近に賊が出るなどほとんどなく、ちょっとしたゴロツキ程度で終わるのが関の山だ。
だが今回は二十八名の大所帯ともいえる人数で襲撃をしてきた。
考えられるのは傭兵の仕業……いや、十中八九そうだろう。
もっというなればその傭兵に依頼をした貴族と言ったほうがいいだろうか。
傭兵は金さえ払えば暴力的な仕事をなんでも受ける集団だ。
個々もなかなかの手練ればかりだが、組織としても狡猾でなかなか尻尾を掴ませない奴らである。
こいつらのせいで一部治安の悪い地域も王都の中にはあるのだが、貧困層や色街のまとめ役として役立っている側面もある。
「面倒な」
決して侮ることのできない相手だが貴族家がいいようにやられていい相手ではない。
こうもあっさり襲撃を許してしまったということはやはり傭兵組織以外の関与があったと予想できる。
しかし今回は一人の幼子に救われた。
どうみてもまだ小さい子供の彼は襲われているメリエールの前に颯爽と現れ、盗賊どもをバッタバッタと切り倒していったそうだ。
だが無傷とはいかず、この家で治療してから四日も目を覚まさなかった。
そして驚くべきはその回復力である。
目を覚まさない変わりなのか分からないが、彼の傷の塞がりが早かった。
普通なら生死の境を彷徨うほどの大けがだったはずだが、彼の容態は安定していた。
「加護持ちか」
加護。
この世界には神に愛されし者がいる
神に愛されし者は神の加護を受けられ特別な力を扱える。
その力は少し体が丈夫になる程度のものから極級魔法を使えるようにんるものまで様々である。
その中で今回助けて貰った彼は自身の回復系加護を持っている可能性が高かった。
そんな人物ならば是非うちで雇いたいのだが、メイドの報告によると受け答えが丁寧であり、本人はただの村人だと言っているらしいが本当の出自は貴族の可能性が高いと聞いている。
その辺りも本人と会話をしながら見定める必要がある。
一人考えに耽っていると扉をノックする音が聞こえた。
「入りなさい」
扉を開けて入ってきたのは娘であるメリエールであった。
「お父様、お呼びでしょうか?」
メイドが退室する際に呼ぶように申し伝えていたのだ。
しかし我が娘ながら非常に美人である。
有力貴族に見初められ将来はこの家を弟と一緒に盛り立てていってくれるだろう。
「メリエール。恩人である彼だが今夜一緒に食事をしてくれるようだ」
「まあ! それは彼の体調がいいということでしょうか?」
メリエールは非常に聡い娘である。
若干五歳ながら落ち着いており、まだ礼儀作法は直す部分はあるが同年代の子らに比べれば飛びぬけている。
この分ならどこの貴族家に嫁いだとしても恥ずかしくない娘として育つことが期待できる。
だが、聡いゆえに大人の感情も過敏に感じ取って気を使うところがある。
そこは子供らしく無邪気にいて欲しいものだが、なかなか難しそうだ。
素直でいい子がゆえに貴族の教育の影響を色濃く受けている。
「そうだ。粥を出したそうだが問題なく食べていたから大丈夫だろう」
意識がない間は点滴でどうにか凌いでいたが、流石に人間なにも飲まず食わずで生きるには限界がある。
そういった意味では五日の間に目を覚ましたのは僥倖といっていいだろう。
「そうなんですね! 彼と話すのが楽しみです! お名前は伺っていますか?」
「アインといって、どうやら住んでいた村が襲われて逃げてきたそうだ」
「まぁ!」
娘は驚いた後に悲しそうな表情に変わった。
一人で逃げてきたということは身内となるものは全員死んでしまったのだろう。
もしかしたら運よく逃げきれている場合もあるが、その考えは楽観的過ぎるといわざるを得ないだろう。
その話が本当なら。
「こちらが気を使いすぎても過ごしづらくなるだろう。できるだけ自然に接してあげなさい」
「はい」
流石に村の話を避けると不自然になるのでそこは致し方ないが、できるだけ突っ込まなければいいだけの話だ。
それよりも身寄りのない子供ということになるが、この後の対応が少々面倒そうではある。
ただの村人であるならこちらで面倒を見るか孤児院ということになるが、実は貴族でしたということであれば孤児院という選択肢はなくなる。
「夕飯の前に彼の部屋へいってはダメだぞ?」
メリエールの肩が跳ねる。
「はぁ、わかったな?」
「は、はい!」
非常にわかりやすい娘である。
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