第十話 オリアトーレ邸
知らない天井だ……。
こんな真っ白な天井は初めて見る。
日本でさえこんな真っ白で平らな天井というものにはなかなか出会えないだろう。
それぐらい真っ白なのだが、俺は人を刺した時の感触を思い出してしまった。
「うっ!」
幸いベッドの横にバケツのようなものが置いてあったのでそこに顔を突っ込む。
気持ち悪さが治まるのを待っていたら誰かが扉を開ける音がした。
「大丈夫ですか!」
俺が苦しそうにしているのを見て背中をさすってくれる。
「ありがとうございます。大分落ち着きました」
主に精神的なダメージだが、戦闘による疲労もあるのだろう。身体のダルさを感じる。
俺のことを心配して来てくれたのはどうやらメイドさんのようで、タオルや着替えを持ってきてくれたようだ。
汚れた口を拭いたりバケツの交換をしたりと甲斐甲斐しく身の回りの世話を始めたメイドさんに俺は当然の質問をぶつけてみる。
「あの、ここはどなたの家ですか? それと、盗賊に襲われていたと思うんですがその時の記憶が曖昧なので、どうなったか聞いてもいいですか?」
俺の質問を受けてメイドさんは作業をしている手を一度止める。
だが俺の着替えとタオルを手に取ると再び動き出す。
「ここはオリアトーレ伯爵邸です」
上着を脱がされ上半身を濡れタオルで拭かれる。
「オリアトーレ家のご息女であられるメリエール様が他領から帰路の途中に盗賊の襲撃があったのです。その時我々の護衛である兵士五名とメイド一名が討ち取られてしまいました」
兵士だけでなくメイドも殺されていたのは覚えている。
恐らく剣を持って戦ったのだろう。そうでなければ盗賊たちは女性を慰み者にするはずだから。
「生き残ったのはメリエールお嬢様と私そして、盗賊を打ち払って下さったあなた様だけでした」
「そうですか……よく覚えていないんですが」
「あなた様は盗賊と戦って傷を負ってしまっていました。なので、戦い終わった時に気を失ってしまいこのオリアトーレ家に運び込まれ治療をしています」
伯爵様に助けられたのか……いや、助けたのか?
命の恩人には変わりはないのでオリアトーレ伯爵様に後でお礼を言わないとな。
「治療までしていただいてありがとうございます。あなたやメリエール様にお怪我はありませんでしたか?」
助けた二人の心配を口にするとメイドさんはこちらに視線を向け一瞬固まっていた。
「あの?」
「あ、ああ! すみません! メリエール様や私は大丈夫ですよ。亡くなってしまったメイドが頑張って守ろうとしてくれてましたから」
なくなったメイド……友人だったのか仕事仲間だったのかわからないが声のトーンが悲しげに下がった。
あまり思い出したくないことだったのだろう。
こちらの配慮が足りなくて申し訳なくなった。
「これは……思い出したくないことを思い出させてしまってすみません。俺の体調がよくなったら伯爵様に治療のお礼をお伝えしたいんですが……」
伯爵様には会えるのか。
忙しい人物ならかえって迷惑になるだろうから無理にとは言えない。
「いえ、お気になさらずに。伯爵様はあなた様が回復したらお会いになるとおっしゃられていました。あの、失礼ですがお名前を伺ってもよろしいですか?」
そういえば名乗っていなかった。
だからずっとあなた様なんて呼ばれ方をしていたのか。
「ア…アインと申します」
思わずアルベルトという本名を口にしてしまうところだった。
咄嗟に偽名を使ったのは家出を敢行中の身としては少しでも自分の痕跡となるようなものは残したくなかったのだ。
「どこかのお貴族様ですか……失礼ですが…その」
俺の容姿が気になるのだろう。
先ほど驚いた様子を見せたのもその辺りが関係してそうだ。
「いえ、貴族ではないですよ。住んでる村が盗賊に襲われちゃって……運よく俺は逃げ切れただけなんです」
師匠を探すうえで聞かれるであろう身の上を事前に決めていた設定どおりに話す。
身なりはそんな上等な服装というわけでもないので大丈夫だろう。
「そうですか……もうすぐ夕飯になりますがお部屋にお持ちいたしますか? それとも皆さまとお取りになりますか? 伯爵様やお嬢様は体調が優れるならぜひ一緒にとおっしゃっていました」
ここはお礼も兼ねて一緒に食事を取った方がいいだろう。
何も身寄りもない村人設定で通せば根掘り葉掘り聞かれることもないだろう。
「わかりました。食欲もありますし、是非一緒に食事をとらせていただければと思います」
「それでは食事の時間になりましたらお呼びいたしますね。それまでお休みください」
とは言われたものの、人のいるところに不潔な状態で赴くわけにもいかない。
お風呂に入りたいというと快く案内してくれ、汚れを落とすことができた。
傷か治っていなかったので全てを洗えたわけではないが匂いは気にならないはずだ。
体調は病み上がりとは思えないほど調子がよく、これなら問題なく一緒に夕飯を食べても問題はなさそうだった。
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