第九話 死闘
「メリエール様をお守りしろ!」
四人に減った護衛が少女を囲むように布陣する。
それを見た盗賊達はニヤニヤと笑っていた。
その数二十八名。
圧倒的人数差だ。
盗賊達が余裕の表情をしているのも納得できる。
護衛はその場から動くことはしないようで、互いがカバーしあえる位置を意識しているようだ。
(これが、本当の戦闘か)
道中何度か魔物を見たがその全てを避けて通ってきた。
寝るときも木の上徹底したおかげで一度も襲われることはなかったのだ。
だがここにきて盗賊の襲撃である。
正直まだ蚊帳の外である俺は逃げようと思えば逃げれるだろう。
しかし目の前の光景を前に足が竦んでしまっていた。
「おいガキ」
「えっ」
蚊帳の外。
そんなことを一瞬前まで考えていたことを激しく後悔する。
――人殺しの目。
盗賊は他人の命などどうでもいいのだろう、声をかけてきた奴の表情は酷く歪んでみえた。
「ちっ! 男か」
子供だから性別判断に迷っていたのか、近くて俺のことを確認すると不要とばかりに剣を振るってきた。
車にひかれる直前などに世界がスローになったように感じるという話を聞いたことがある。
まさにその現象俺の身にも起こっており、何故か冷静に周りが見えるようになった。
(護衛の人たちは強そうだ、あんなに囲まれてるのに負けていない)
最初にやられてしまった人は不意打ちのせいだったのだろう、他の護衛はよくお互いをカバーしあい戦っている。
だが、この人数差ではいずれ押し込まれてしまうだろう。
(俺に斬りかかってきてる盗賊の動きはやけに遅いな……ん? 本当に遅くないか?)
盗賊の遅さに違和感を覚えこれなら簡単に避けられると思い剣の通るコースから外れてみる。
すると盗賊の振るう剣は遅れて俺がいた場所を斬りつけた。
「てめぇ何をしやがった! ん? なんだ煙?」
盗賊は俺の動きについてこれなかったようで、恨めし気にこちらを睨んできた。
それに、俺を見て不思議そうな表情に変わった。
盗賊の視線の先にいる俺に何かあるのかと思い、自分の体を見る。
(煙……というより湯気っぽいな。これ魔力じゃないのか?)
己の体から魔力が漏れ出ているのだ。
それに合わせて魔力線に流れる魔力量が尋常ないくらい増えていた。
(無意識に第一門と第二門同時に解放してたのか! それにしても、魔力が漏れ出るほど増えたことはないはずだけど)
対人というより、戦闘で魔力門を解放したことがなかったので相手の動きが遅く見えるという効果があるなんて気づかなかった。
それに、魔力が体から漏れ出るほど増えるとは……戦闘による緊張感の影響か?
考えてもよく分からないが今は都合がいいのでよしとする。
武器として持ってきていた短剣を取り出し構える。
その瞬間周りの音が消える。
(ああ、集中するとこうなるんだな)
どこか他人事のように感じるがこの能力は間違いなく強い。
正対した盗賊も構える動きをするがそれは酷く遅い。
全く動かないというわけではないが、これでは俺の攻撃に反応できないだろう。
そうと判断できればあとはシンプルに短剣を盗賊の急所に突き刺すだけなのだが……。
(ふぅ! 初めての人殺しに緊張しているな。そりゃそうだな。平和な日本で染みついた精神はそう簡単に変われないか)
だがやるしかない。
これは純然たる殺し合い。
俺にこの盗賊たちを傷つけないで無力化できるほどの技術や心の余裕はない。
冷静に考えられている部分もあるがやはり熱くなっている自分が抑えきれそうにないのだ。
(一度始めたらやめちゃダメだ。止まったら俺の心が耐えられない)
そこに倫理観など入り込ませる余地を残してはいけない。
時間にしてみれば一瞬の、だが俺の人生にとっては一生背負うほどの決断を下す。
足元にある小石を盗賊に向かって蹴る。
その小石に盗賊が一瞬視線を向けた。
致命的な隙をさらした盗賊の懐へ一気に飛び込む。
俺の手に握られている短剣が盗賊の喉元へ飛び込む瞬間にようやく反応を見せる。
こちらのことを視認できないほどの速さではないが、体の反応が追い付けない程度の差はあるということだろう。
これなら、大勢に囲まれなければなんとかなりそうだ。
短剣が盗賊の喉を突き刺した感触が手に伝わってくる。
――――――考えるのを放棄する。
そこからの記憶はあいまいだ。
気が付いたら二十八の盗賊と五つの護衛の死体と一つのメイドの死体が転がっていた。
馬車のすぐ横にメイドの抱きしめられながら震えている少女が目に入る。
「大丈夫ですか?」
「ひいっ!」
俺が話かけると少女は小さな悲鳴を上げた。
おかしい。
俺は盗賊から助けた恩人のはずなのに……。
「大丈夫ですか!」
今度はあちら側から心配の声が上がった。
おかしい。
襲われて大変な思いをしていたのはメイドさんと少女の方なのに。
「なんで! そんな血だらけなのにこちらの心配を!」
「え!?」
メイドさんの指摘に俺は自分の体へと視線を落とす。
「あっ」
俺来ている服は酷く破れていて、いくつかの傷口から血を流していた。
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