プロローグ 乙女ゲーム
二対の羽ばたかせ、巨竜が体躯を宙へ浮かせる。
その大きな口が開くと、周囲の空気が歪む。
竜の口から吐き出された炎が燦然と大地を焼く。
その炎は地表に到達しても消えることはなく、残り続ける。
大きな翼が羽ばたくと同時に、地表で燃え盛る炎が風圧に押され四方へと広がっていった。
俺はそれを見て叫ぶ。
「そのパターンはチャンスだぜ馬鹿がぁ!」
襲い来る炎から距離をとるのではなく、自ら近づいていく。
「ここ!」
炎が到達する直前に魔法陣を発生させ、飛び上がるように躱していく。
巨竜は自らの炎を避ける者など想定していなかったのか、身じろぎ一つしていない。
「落ちろ!」
隙だらけのどてっぱらへ特大の魔法陣を叩き込む。
「爆!」
合図と共に魔法陣から光が漏れ出し、その直後爆風が巨竜を襲う。
その巨躯を支えることができなくなっ巨竜は、地面へ叩き付けられる。
「空の王者もこうなったらお終いだな!」
そこから巨竜には何もさせないように殴り続けた。
顔を上げようとすれば殴りつけ、羽ばたこうとすれば叩き落とす。
足を使おうとすれば掬い取り、ブレスを吐こうとすれば蹴り上げた。
やがて巨竜は力尽き、その命を散らせる。
最強の生物である竜を、まるで赤子の手を捻るように蹂躙した。
だが、まだ終わってはいない。
本当の山場はここからなのだ。
「ハハハッ! いやぁ驚きました! まさか人間で竜を倒す者がいるとは。いやはや私もまだまだ勉強不足のようだ」
黒いシルクハットに怪しい仮面をつけた男がマントをはためかせ、こちらを見下ろしてくる。
男は時計塔の天辺に位置しており、その下に民家などを押しつぶした竜の死骸が転がっている。
死骸のすぐ側にいる俺は必然的に見下ろされてしまう形になる。
「貴様! 何故来た! 私は自らの意思でこの男についていくと決めたんだ!」
赤いドレスに身を包んだ女がシルクハットの男に抱き寄せられる。
「彼女もこう言っていますし、諦めたらどうです? それが賢明な判断だと思いますが」
俺は首を振り、一言だけ、決まったセリフを吐く。
「アメリア! そこで待ってろ! 今迎えに行く!」
俺の言葉に彼女は反応を示さない。
空虚な瞳で見つめ返すだけだった。
「仕方ない人ですねぇ。これが彼女の最後の優しさだということも気づかず……哀れな男です」
これ以上の言葉は不要だろう。
俺はアメリアを取り返す。
その一手を踏むために魔法陣の展開を始める。
「おお! 凄い凄い! これはやはり人間の域を遥かに逸脱している!」
俺の動きに合わせてシルクハットの男もアメリアから離れる。
大量の魔法陣を展開し終えた俺は、目の前の敵を穿つために手を前に掲げる。
「フルメテオ!」
出し惜しみはなしだ。
最初から全力でかからなければならない。
シルクハットの男はそれほどまでに強い。
もう何度も何度もこの男の強さは見てきた。
だからこそ、この一撃に全身全霊を注ぎ込む。
しかし現実は非情だ。
俺の放った全力の一撃はシルクハットの男を倒すには至らず、こちらのMPは完全に尽きてしまった。
悠然と立つ男は、何もできなくなった俺に近づき、拳を叩き込んできた。
「弱いのは罪ですねぇ。あなたが強ければ彼女もこんな選択を取らなくてもよかったでしょうに。まあ、安心して下さい。彼女のことは私が責任を持って強くしてあげますよ」
そのセリフを残し男はアメリアを抱きかかえ去って行ってしまう。
「クソッ!」
もう何度目かわからないその光景を目に、俺はコントローラーを投げつけた。
◇◆◇◆◇◆
「ふぅ」
エナジードリンクにてエネルギーを補給した俺は、投げ捨ててしまったコントローラーを拾いなおす。
社会の一歯車である俺は会社員なのだが、今日は休日ということもあってゲーム三昧の時間を過ごしていた。
平日は夜に帰ってきてそんなに自由時間を取れないが、それでも趣味のゲームは欠かせない。
今やっているゲームは所謂乙女ゲームというやつだ。
ちなみに俺は男で、三十歳を迎えた独身貴族である。
なので、ゲームが好きとはいえ、乙女ゲームというジャンルとは無縁の生活を送っていたのだが、ある日妹が現在プレイしている乙女ゲーム片手に泣きついてきたのだ。
最初は興味のないゲームだったのだが、妹のプレゼンを聞く内にやってもいいかと思った。
レナルーテ王国を舞台とした恋愛RPGで、五人の攻略キャラと親交を深めていきながら、国を救う聖女として活躍する物語だ。
俺は恋愛シナリオの部分に興味がなく、妹はRPG要素で引っかかっていた。
だが、そのRPG要素の部分が本格的らしく、敵も強い奴が多くて、主人公の育成に時間をかけないとダメらしい。
ゲーム好きとしては、RPG要素に惹かれ、シナリオは飛ばしてプレイすることにしたのだ。
そこで俺はこのゲームに膨大な時間を費やすことになる。
最初はRPGゲームとして楽しんで、回収したイベントシーンを妹に見せるという依頼をスムーズに完遂させた。
しかし、このゲーム。一度本編攻略をしたあと、二周目プレイ要素があったのだ。
当然敵も強くなり、やりこみ要素も増える。
そして、二周目が終わると三周目、四周目と、どんどん周るようになっていった。
それもそのはず、一周目では負けイベント扱いだったものが勝てるようになり、二周目三周目とシナリオも追加され、負けイベントクリアにより物語も壮大になっていったのだ。
そして、今しがた俺が負けたイベント。
悪役令嬢アメリアの闇落ちイベントだ。
元々主人公の邪魔ばかりしようとしてくる役なのだが、最終的に闇落ちをしてこちらの命を狙ってくるようになってしまう。
何周してもそのようなシナリオになるので、この闇落ちが最後の負けイベントではないかと睨んでいる。
何回もやっているうちにシナリオも見るようになり、ますます確信めいたものを感じていた。
だが、この闇落ちイベントの敵が強すぎて、アメリアを助けることは未だ叶っていない。
「くそぅ。巨竜までは倒せるようになったんだけどなぁ」
初めてこのゲームをクリアしてから、闇落ちイベントは二千回近くは見てきている。
最初は巨竜にすら蹂躙されていたのだが、今ではシルクハットの、恐らく黒幕と思われる人物に一攻撃当てれるまでにはなっている。
確実に進歩はしている。
ここまできたら絶対アメリアを救い出すまで徹底的に挑戦する所存だ。
再びゲーム画面へ目を向けると、いつもの王子たちに囲まれる主人公の絵が視界に入ってくる。
もはやこの絵になんの感情も起きることはないが、最初は男向けではないなぐらいに思っていた。
「ん? なんだ? 新しい項目?」
ただ、いつもと違う部分があった。
ゲーム難易度(二周目以降は最高難易度のアルティメット固定)の選択肢が一つ増えている。
「転生モード?」
俺は歓喜に震えた。
難易度が上がれば敵が強くなり、クリアできなくなるのではないか?
否だ!
これまでの傾向からして、難易度UPはキャラクターの新たな力の解放が期待できる。
二周目以降ずっと変化のなかった難易度がついに解放される。
これはアメリアの負けイベントへ、少なくない影響を与えるだろう。
俺は迷わず新しい難易度を選択する。
「この難易度を選択すると二度と元には戻りませんか……」
このモードで詰まってしまうと、下手をしたら進行不可になってしまうのか。
だが、現状を打破するには今のままでは非常に難しい。
転生モード以外に俺の選択肢はなかった。
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