一節ブレイル・ホワイトスター6
エルシューがやっと泣き止んだところで、話を戻す。
ブレイル達を何のためにこの“世界”に呼んだか。これを判明させるために。
正座するエルシューにブレイルは口を開いた。
「もう一度聞く。お前は俺達に助けて欲しいって言ってきたよな。」
「うん。いった」
コクリと頷くエルシュー。
パルが続ける。
「ええと。強大な悪がいるとか…でしたが、それは作り話…では無いですよね?」
もうこの会話、三回目なのだが。
殺気を漂わせるブレイルに、パルはブレイルと比べればかなり落ち着き、エルシューへの気遣いも感じられるが、その言葉の端々から疑いの色が伺えられる。彼女もエルシューへの信頼はガタ落ちのようだ
だが、そんな二人を前にエルシューは大きく頷いた。
「作り話じゃないよ!強大な悪はいる!本当だ!君がさっき言っていた、適当な理由を付けて異世界から人間を連れてきている。それも誤解だよ!異世界の人間は強いって話だから、承諾を得て連れてきているんだ!理由は君たちと同じ!……でも一般人は皆弱かったから。むしろ力寄こせ、とか言って来るし、おれつええ?意味わかんない。そんな神の力、ポイポイあげられるはずないじゃん」
ああ、しかも、意外にも。ちゃんと話聞いていたらしい。いや気になる点は、無いこともないが。
「だから!」
――とエルシューは叫ぶ。
「今度はちゃんとした、世界を救った英雄様に声を掛けたんだよ!」
潤んだキラキラした目で、ブレイル達を見据えながら。
その様子は嘘には見えない。
エルシューのそんな姿を見てブレイルは僅かに胸を撫で下ろす。
口車に乗せられ、連れて来られた訳ではなさそうだ。だったら、次の問題だ。
「じゃあ、その悪ってのは、何処にいるんだ?城とかか?根城は?」
少し冷静になって言葉が出る。
だが、ブレイルの言葉にエルシューは再び「きょとん」。
「え?知らないけど?この『“街”』のどこかじゃないかな。いつもフラフラしてるし」
「…は?」
しかし次に帰って来たのは、的を射ない、適当な言葉だった。
いまなんて?しらない?このまちのどこか?ふらふらしている?
こいつが言う強大な悪とは、そんな自由気ままに街にいると言うのか。
「むしろ、今の僕はアレだけにはどうしても勝てないっと言うか。だから君たちを呼んだだけだし」
「……は?」
どんな悪だよ、と思っていると、また聞き捨てならない発言が一つ。
嫌、何だ、勝てないって。先程この男、協力するとか言っていなかったけ?
だと言うのに、信じられない言葉であると言うか。協力とは?
「うん、でもあれ!他の“神”は味方してくれるよ!“愛の神”とか、“恋の神”とか、“光の神”とか?それにこの『“街”』にいるのは確かだから、すぐ見つかるよ!他の“神”とか比べ物にならない程、あいつ陰気で強いから!」
おい、矛盾。
いや愛だとか恋だとか光だとか、確かにあまり強そうでないけど。
いや……むしろ、その“神達”が足元にも及ばない、悪とやらの特徴も知らないのだが。
「あの、そのエルシュー様や、他の神様が勝てない相手とは、一体どのようなお姿で?」
呆然とするブレイルの代わりに、パルがエルシューに問いただした。
その問いかけに、何故かエルシューは顎に手を当て悩み始める。
「さぁ、だから僕、アレに会えないんだって。見るのも無理。あー、でも何時もバカでかい本をもって、青い白い顔してたかな?貧血でさ。まぁ一万年以上前の話だけど…」
パルが思わず息を呑むのが分かる。ブレイルも同じだ。
この男はサラリと一万年以上も前の話をしたのだ。冗談かと思いたくなるが、エルシューの様子からは、冗談には全く見えない。
むしろ、“神様”より強力な力を持っていて、一万年前から生きている存在。そんな散在は一つしか知らない。正確に言えば、たった今知った。見ている……と言うべきか。
少しの間、動揺しつつもパルがまた口を開いた。
「ええと…その存在は、魔王か何かでしょうか?」
おそらくパルも考えたくなかったのであろう。
しかし彼女は遠回しに核心を付く。
パルの言葉に、エルシューは何処までも美しく笑った。
「魔王?あはは!そんなモノいないよ!この世界に魔族?モンスターっていうの?いないから!安心してよ!そんな化け物の姿?えーっと、モンスターじゃないから!」
魔王と言う存在を、魔物と言う存在を全否定してから、彼は最後の言葉を紡ぐ。
「――だってそいつ、僕と同じ“神”だもの!……邪神だけどさぁ」
ブレイルとパルは、血の気が引くのが分かる。ああ、この男。
そんな笑顔で、当たり前のように、大事なことをようやく口にしたのだ。
エルシューが言う、倒して欲しい存在は、エルシューと同じ“神”
つまり、この男はたった今
『異世界』からやって来た二人に「“神”殺し」を頼んできたのである。
二人が愕然とするのも仕方がない。
心から後悔した。
あの時、エルシューが助けを求めて来た時。もっとしっかりと、倒して欲しいと言う強大な悪の話を聞いておくべきであったと。
いや、それ以前に、強大な悪としか説明しなかったこの男に、酷く腹が立つ。
正に後出しじゃんけん。まるで騙された気分である。いや、騙された。
2人の心境など露知らず、エルシューは微笑みブレイルとパルの手を握りしめ、再度、まるで当たり前の様に問いただしてくる。
「やってくれるよね!」
――なんて。
そんなの……。
そんなもの……。
「はい、やります――
なんて、直ぐに答えられる訳ねぇだろ!!!神殺しだぞ!考えさせろ!こんの馬鹿神!!!」
『まぁ、当たり前な答えだ』