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残酷で、ただ残酷なこの世界  作者: 海鳴ねこ
一章はじまり
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一節ブレイル・ホワイトスター4


 「父さんの事ありがとう。助かったわ。」

 「いいんだよ。俺は助けられた上、これからは暫く世話になるんだからな!」


 あれから数刻。

 ブレイルはパルと共にリリーの家まで戻って来ていた。

 彼の肩には酔いつぶれて寝ている男が一人。先ほどの、リリーの父親だ。


 「あ、父さんはそっちの部屋に寝かせて」

 「ああ」


 そんな男をリリーの指示の元。ブレイルが目が覚めた部屋の、その隣の部屋。

父親の寝室に、運んでいく。


 彼の部屋はリリーの部屋と良く似ていた。

 薬品の独特なにおいが漂う部屋。

 部屋の棚には小瓶がズラリと並び、側の机の上には理解出来そうもない文章が書かれた紙が散乱している。


 そんな部屋の端にある、大きなベッドへとブレイルは脚を進める。

 父親をベッドに寝かせて、足早に部屋を出た。


 静かに扉を閉めて、振り返れば、そこは変わって家のリビングに当たる場所。

 中心には大きな机と、4つの椅子。そのうちの1つに座ったパルが腰かけている。

 ブレイルはそんなパルの元へと歩みを進め、空いている椅子に腰かけた。


 どうして、2人がこの家にいるか。簡単である。

 ブレイルとパルは暫くの間、リリーの家に居候することに決まったのだ。


 「泊まる場所がないなら家に泊まれば?」

 再会のあの後。軽く提案してくれたリリーの、その好意に甘えることにしたのだ。


 何せここは“異世界”。

 自分たちを頼ってきた“自称神(エルシュー)”の真意も居場所さえも分かっておらず。

 元の世界に直ぐに帰れるとは到底思えない、そうなればしばらく滞在するしかない。

 

 それに、この世界の危機であるのなら、救いたいと言う気持ちは、2人とも変わらなかった。

 本当に何か危機的なことがこの世界に起ころうとしているのであれば助けたい。

 真実を知るまでは、此処に居ようとブレイルとパルの考えは一致したのだ。


 ただ、問題はお金関係なもので、自身の世界と此方の“世界”の通貨は当たり前であるが全く別物。

 というか連れて来られたのが唐突であったから持ってきていない。


 そんな中、見かねたリリー提案を出してくれたのだが、それは「ありがたい」の何物でもなかった。


 「けど大変ね。あんた達も。エルシュー神の口車に乗せられるなんて」


 少ししてリリーがお茶の入ったカップをトレイに乗せて、2人の元に歩み寄って来た。

 その声色には、呆れと同情が籠っている。


 彼女の中では自分たちは神エルシューに騙されたと完全に認識されたらしい。

いや、ブレイル自身もやはりあの神に騙されたのではないかと思い始めていたところ。

 何も知らないパルだけは首を傾げたが。


 「エルシュー?確か私たちに助けを求めに来た神様の名前だよね?口車に乗せられたってどういう事?」

 「何でもない!」


 純粋に問いかけてくるパルの言葉をブレイルは遮った。

 優しい彼女に実は“神様”に騙されていました。なんて言えるはずもない。「もしかしたら騙されたかも」なんて言葉もパルには言っていない。

 そもそも。まだ騙されていたと決まった訳でもないのだから、彼女に余計な心配とショックは与えたくは無かった。


 「くそ。自称神め。何のために俺たちを此処に呼んだんだよ。説明ぐらいしに来いっての……」


 ただ、騙されていると決定してないにしても、あの自称神エルシュー。

 何故自分達をこの“世界”に呼んだか。それぐらい説明しに来て欲しいものだ。頼って来たのは其方だろう。勿論、無理だと分かっているが。

 この“世界”に、エルシュー(神様)は確かにいるようだが、簡単に神様と会えるなんて訳はないのだから。彼方から出向くべきだ。


 「会いたいなら、明日にでも会いに行けば?」


 ――そんな考えをリリーがあっさりと覆す一言を放つのだが。

 一瞬の間、最初はこの言葉を理解できなかったが、直ぐに。ブレイルは顔を上げた。思わずリリーを見る。パルも同じ。


 「会えるのか!?」

 「会えるわよ。当たり前じゃない。」


 リリーはブレイルの問いを、これまたあっさりと返す。

 これにはブレイルも困惑するしかなかった。

 だって相手は“神”と自称する存在だ。いや、この世界の住人であるリリーが神と認めたのだ。正真正銘“神様”と呼ぶべき存在なのだろう。

 そんな存在と、そんな簡単に会えると言うのか。

 

 「相手は神様なんだよな!」

 「?ええ、神様よ。」

 「か、神様とそんな簡単に会えるのですか?」


 ブレイルとパルの困惑した様子にリリーは不思議そうに首を傾げた。


 「いや、だから当たり前じゃない。え?当たり前じゃないの?」


 いや、そんな普通に「当たり前」だと言われても……。ブレイルとパルは顔を見合わせる。

 二人の様子に、リリーは少し考えるように顎に手を添え、考えて暫く。口を開いた。


 「ねぇ。もしかしてだけど、貴方たち神に合ったことないの?」

 「「ない!」」

 「初めて会ったのはエルシュー神?」

 「「そう!/はい!」」


 二つの質問に2人の声はぴったり、同時に頷く。


 「なるほどね」


 此方の様子を見て、何かに納得したようにリリーも頷いた。

 そのまま彼女は机の側から離れると、窓際へと向かう。締め切られたカーテンに手を伸ばし、黒く塗りつぶされた窓を上げた。暗い部屋の中に、眩し過ぎる程の太陽光が差し込み、ブレイルとパルは思わず目を瞑る。

 そんな二人を他所に、リリーは窓の外、上空を指差す。


「あれ、見て」


 何か見せたいものがあるのだろうか。

 彼女に言われるがまま、眩しさを我慢して窓辺に近づき差された方角を見上げる。

 リリーが指を向けるのは上空、輝く太陽。あまりの眩しさにブレイルは、また一度目を細める。


 それでも目を凝らし、まじまじと太陽を見つめ、そして見つけることになる。

 眩しく、目もまともに開くのが難しい太陽の中心。

 その光の中、ポツンと存在する確かな、黒い人の影を――……。


 「あれ、太陽神ソレイユ様。ここからじゃ輪郭が何とか見えるぐらいだけど、もっと近くに行けば姿が見えるわ」


 驚く暇も、疑問に思う暇も無く。

 リリーは当たり前に神の名を口にし、神の存在を提示するのだ。

 おもわず、ブレイルはリリーに視線を送った。


 「貴方たちの世界は知らないけど、この街……この世界では“神様”はそこら中に暮らしているの。私達の友人としてね。特にエルシュー神なんて人間大好きだから会いたい放題よ。」

 

 驚愕の事実と言うものがあれば、まさにこの事であろう。

 この世界には神がいる。

 エルシューと名乗った“神”以外に、それも沢山の“神”が。

 しかも、そんな“神達”に会いたい放題だとか。


 「ええええ!!」


 勿論だが、パルは驚愕。窓から身を乗り出して、太陽を見た。


 「“神様”は皆、いい方たちばかりよ。基本的には。私たちの事をよく考えてくれるし、たまに面倒ごとを引き起こすんだけど。……ほら、例えば。大昔に太陽神ソレイユ様と月神リュンヌ様が喧嘩してそれ以降、夜が訪れなくなったとかさ」


 リリーは続いて、更にとんでもない事実を告げて来た。

 ブレイルはリリーに向けていた視線を、もう一度太陽を見上げる。

 間違いない。輝かしい太陽の中には、やはり確かに人影があった。


 ――アレが神。姿ははっきりしないが、あれが太陽の神。


 まさか、他にも神様がいようとは、それも沢山いると言う。

 そして太陽の神様は月の神様と喧嘩中。全然日が落ちない事は気付いていたが、どうやら此方が原因らしい。

 ――まさかとは思うが、自分たちにやって貰いたいと言うのは、その太陽と月の仲裁じゃないだろうな。


 「まぁ。だから、真意はエルシュー神本人に聞いてみなさいよ。」


 そんなブレイルの心中を察するようにリリーが言った。

 確かに、確かにそのとおりだ。


 あの太陽の中にいる人物が“神”であり、こんなの街に存在しているのなら、エルシューもこの街にいるのは確かなのであろう。

 リリーもすぐ会えると言っていたし。彼女の言う通り、この世界では神に合うなんて、簡単な事なのかもしれない。

 すこし不安に思う所もあるが。会えるのなら彼が自分達に何を望んでいるか、彼自身に確かめればいい。


 「わかった。本当にエルシューに会えるんだな。」

 「会えるってば!あの人、人間超大好きだし、それにね。色々言っちゃったけど私の家、エルシュー神を信仰しているの。それも結構の信者!“神様”ってやつは信者が中でも大好きだから、会いたいって言えば一番に会ってくれるわよ。」

 「えええ!その、つまりリリーさんエルシューさんと頻繁に会っている事ですか!?」

 「そうよ。週一で会ってるわね。……エルシューはやっていることはアレだけど、す、素敵な神様だと思っているわ!」


 これまた初耳である。それであるなら最初に知らせて欲しい気分でもあるが、リリーの言葉が本当であるなら、彼女ほど頼もしい人物はいないという訳だ。

 

 「よし!じゃあリリー頼む!エルシューに会わせてくれ!」


 ブレイルは「にっ」と笑うと、リリーの手を握りしめた。

唐突な事で、彼女の頬がリンゴの様に赤くなる。


 「いままで信じてなかったのに急に何よ!」

 「私からもお願いします!」


 横からパルも同じように、リリーの手を握りしめる。

 二人分のキラキラした視線に、リリーは顔を赤くしたまま目を泳がし、少しして仕方が無さそうに、手を振り払うと、そっぽを向き。


 「さ、最初から合わせるつもりだったわよ!し、仕方がないわね!でも今日はこれでも、もう遅いから明日にしなさい!私だって忙しいんだから!」


 そう言ってのける。誰が見ても分かる、完全に照れ隠しだ。

 なにせ忙しいなんて言いながら、彼女は慌てたように「お茶が冷めちゃったわ」なんて言いながら、いそいそとキッチンに向かうのだから。


 ブレイルとパルは顔を見合わせる。

 自称神様に唐突に異世界に飛ばされ、コレからの先に不安を覚えていたが、リリーのおかげで最後の不安も消えた。

 再度心から思う、幸先が良い。最初に出会った少女が、信頼できる人物で本当に良かったと。


 二人は思う。大丈夫、この世界でも頑張っていける。

 なにせ二人は魔王を倒した英雄なのだ。信頼できる仲間がいるのなら、どんな困難が待ち受けようとも乗り越える事が出来ると、彼らは知っているのだから。


 「ほら、二人ともいつまで外を見ているの!お茶入れ直してあげたわよ!」


 少しして、リリーが再び二人に声を掛けて来た。

 彼女に呼ばれるまま、二人はもう一度椅子へと座る。

 目の前にヨモギ色の液体が注がれたカップ。ついでにさっきは無かったクッキーまで。


 ああ、素直じゃないな。

 なんて、リリーに対し苦笑いを浮かべながら。

 ブレイルは彼女の好意である、そのカップに手を伸ばした。



 ◇



 お茶を一口。

 どこか独特な香りが一瞬鼻を抜ける。飲んだ事も無い、初めて感じる苦みと味だ。

 正直言おう、不味い。不味すぎる。


 「う。なんだこれ?まずいぞ…」

 「ちょ、ブレイル!」


 思わず素直な感想を口走るブレイルと、そんなブレイルの口を押さえるパル。

 そんな二人に、椅子に座ったリリーは小さく笑った。


 「いいのよ。はい。コレお砂糖。あんまりおいしくないでしょ。父さんが作ったお茶だからね。」

 「父さん?」


 リリーは頷く。彼女の父と言えば先ほどブレイルがベッドに寝かせた男性の事だ。


 「私の父さん医者で科学者なの。で、これはそんな父さんが品種改良した茶葉からブレンドしたお茶。……父さんね、長寿の研究をしているの。だからこのお茶も健康には良いのよ。」


 リリーは自分の事でもないのに、胸を張って楽しそうに答える。

 その表情は、自信に満ち、誇り高いと言わんばかりの表情。


 どうやら、先ほどの男性は研究者だったらしい。

 「どおりで」……とブレイルは思う。

 この家は最初から妙に、薬品瓶やら薬草やら並んでいた。納得できる職業だ。

 そんな父親をリリーは心から信頼しているのであろう。それは彼女の表情だけじゃない。言葉の節々から伝わってきた。


 だから、と言うべきなのか。ブレイルは少しだけ意地悪っぽく笑みを浮かべた。

 彼女が自信満々に自慢する父親だが、ブレイルは酔い潰れた所しか見ていない。

 

 「さっきの飲んだくれがかぁ?」


 少し小馬鹿にするようにブレイルは笑う。

 勿論だが、わざとだ。ちょっとした意地悪だ。

 しかしリリーには効果覿面。


 「うっさいわね!今日はたまたまよ。た・ま・た・ま!最近実験で失敗しまくって自身が無くなっちゃっているだけ!本当は凄い人なんだから!街のみんなだって尊敬しているのよ!街には父さんの研究所だってあるんだから!」

 

 リリーは眉を吊り上げ、頬を膨らまし、パンパンと机をたたく。

 パルも同じだ。ブレイルの失礼な言葉に、愛らしい顔に怒りの表情を浮かべ、その頭をぽかんと殴った。


 「こら!ブレイル失礼よ!」

 「なんだよ。だって父さんは凄いって言っときながらリリーはその特性ブレンド茶飲んでないじゃねぇか。」


 ブレイルが指摘する。

 仕方がない。アレだけ自信満々に父親の特性ブレンド茶だと自慢しておきながら、リリーのカップにはミルクが並々と入っていたのだから。

 指摘された彼女は顔を赤くさせた。


 「仕方がないじゃない!飲みたくないんだもの!」


 「あ」……と思わず口に手を当てたのは直ぐである。自身の口に合わないのは完全に認めるらしい。

 そんなリリーにブレイルはニヤニヤと笑う。ニヤけ面の勇者ほど腹立たしい物は無いだろう。

 リリーはわなわなと震え。


 「今に見てなさい!」


 真っ赤な顔で立ち上がりブレイルを指す。


 「父さんは今後、もっと美味しくて凄いお茶を作るんだから!!」


 ――なんて。自分の事でもないのに豪語するのだ。


 「へえ、じゃあ頑張れよ」

 「こらブレイル!」


 それでもブレイルはニヤニヤ笑って、意地悪気に返すのだが。

 そんなブレイルをパルは失礼だと、何度もぽかぽかと彼の頭を叩いて、リリーは更に膨れ面となる。

 でも険悪な雰囲気は一切ない。


 ――ぷ、と一番に吹き出したのは誰だったか。


 同時に三人は声を出して笑った。

 笑えるほど何が楽しかったのか、と問われれば分からないとしか言えないが。

 ただ、その雰囲気があまりに温かで、和やかで、ついつい笑みが零れてしまったのだ。


 三人分の笑い声が響く。明るい夜の無い世界。

 そんな三人分の笑い声は何時までも続き、そんな明るい夜はゆっくりと更けていくのであった。

  


 『勇者が知らねぇ、“神”がいる世界』





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