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残酷で、ただ残酷なこの世界  作者: 海鳴ねこ
一章はじまり
4/58

一節ブレイル・ホワイトスター3


 

 あまりの唐突なことにブレイルはびくりと肩を震わす。

 声がしたのは後ろ、勢いよく振り向く。


 店の正に入口。

 ブレイル達の真後ろに立っていた人物は「少女」。


 正確に言えば「おそらく少女」。

 どうしてそう曖昧なのか。理由は簡単。

 頭からすっぽりとかぶったフードのせいで、顔が隠れて見えなかったのだ。


 頭からつま先まで黒一色。ダボダボのローブ。

 何とか確認できるのは、フードの隙間から除く白い肌と黒い髪の毛だけ。 

 背丈は男のブレイルより、ほんの少し小さい。

 ダボっとした服装のせいで体格ははっきりとしないが、どう見ても女の体型ではない。

 正直女性には見えない。全てにおいて、この少女にしては少々大きすぎる。


 ――ただ、そう。声。


 凛と静かな。しかし、どこか幼いその声色は少女の物で違いない。

 だから、その何とも言えない人物の姿を見てブレイルは思わず息を呑むしかなかった。


 「わ、わるい。邪魔だったな。」


 それでも無理やり笑みを浮かべて身体を端に寄せる。ブレイルの様子を見て、慌てたようにパルも道を開けた。

 この“人物”がいつ店に入り、自分たちの後ろに立っていたかは分からないが、声を掛けられた以上。邪魔であったから声を掛けて来た。そう判断したのだ。ブレイル達は店の入り口を占領していたから。


 しかし道が空こうとも“少女”は動こうとはしなかった。

 ただ無言のまま。ブレイルとパルを交互に見渡す。

 そして少しの間。“少女”は無言のまま静かに、しかし唐突に、手に握っていた何かをブレイルに押し付けて来たのである。

 

 茶色に金の装飾が刻まれた鞘。一本の剣。

 それは紛れもない。


 ――ブレイルの、勇者の聖剣。


 「俺の!」


 おもわず大きな声が漏れる。

 奪い取るように“少女”の手から剣を掴み上げ、まじまじと見つめた。

 鞘から刀身を少しだけ抜けば、美しい模様が刻まれた銀色の刃に顔が映る。


 やはり間違いない、これは聖剣だ。

 目が覚めた時手にしてなかった大事な聖剣だ。


 正確に言えば、パルに預けていたから手にしていなかった。

 彼女が持っていてくれていると信じていたものだ。


 「ああ、良かった!!」


 ブレイルは再会を喜ぶがごとく、聖剣を胸に押し当て抱きしめる

 驚きの声を上げたのは、隣に立っていたパルだ。

 口元に手を当てると、ブレイルの胸にある聖剣をまじまじと見つめポツリと呟く


 「それ、目が覚めた時、何処にも無くてずっと探していた………」


 その聖剣は確かにパルがブレイルから持っていたものだ。

 国で行うはずだった勇者の式典の為、異世界に飛ばされる直前まで預かっていた物。


 そして、この世界に来て病院で目が覚めた時、何処にも無かった一品。

 この事実に気が付いた時、パルは青ざめた。異世界に飛ばされたと理解して、驚くよりも前に飛び起き探した。

 自分が倒れていたと言う場所も、その付近も血眼になって必死に。


 だが、いくら探しても見つからない。数時間たち、フラフラになるまで探しても見つからず。

 仕方が無く、「ブレイルの元に会ってくれ」と願いながら。この店に返ってきた所、ブレイルと再会を果たしたわけだ。


 呆然としていたパルは、我に返ったように慌てたようにブレイルに頭を下げた。


 「ご、ごめんなさいブレイル!実は私ここに飛ばされた時、大切な貴方の剣無くしていたんです!それでずっと探していて!」


 今にも泣きそうな顔をするパル。

 しかし彼女の話を聞いて、ブレイルは笑みを浮かべると気にするなと言わんばかりにその頭をなでる。

 何があったにせよ、聖剣はブレイルの手に戻ってきたのだ。パルも無事であった。

 パルも必死になって探してくれていたのは違いないのだから、それで十分。怒る気も無い。

 それに、この聖剣の安否に関しては、ブレイルは心配ないと信じていた訳だし。


 なんにせよ、だ。

 すべて無事であったのなら、それでよい。


 ブレイルは笑顔を浮かべたまま、改めて視線を前に向ける。


 「サンキュー!!お前が見つけてくれたのか!」

 「…………」


 勿論聖剣を持ってきてくれた“少女”に。

 ブレイルの心からの感謝の言葉と明るい声と視線に、“少女”は少しだけ俯いた。

 まるで顔を隠す様。

 頭から被るフードを更に深く下げると、“少女”は次にパルに視線を送る。


 「……貴女にはこれ。」


 また静かな少女の声が響く。声と共に“少女”がパルに差し出したのは大きな青いリボン。

 特徴的な模様と金色の石が埋め込まれたソレは見覚えがある。


 それは何時もパルが胸元に身に着けていたリボン(お守り)だ。


 旅に出る時に父王に渡された亡き母の形見で、彼女にとって大切な物。

 金色の宝石にはパルの家である、王家の紋章が刻まれているのだ。違いない。


 「ああ!有難う!病院に忘れたものだわ!」


 パルはリボンを見た瞬間に花の様な笑顔を浮か“少女”から受け取る。

 直ぐに何時ものように胸元にリボンを着けた。

 そんなパルの様子に、ブレイルは思わず吹き出してしまう。


 「うっかりし過ぎだぞ?パル。」

 「だ、だって、聖剣の事で頭がいっぱいだったんだもの。」


 ブレイルの言葉にパルは思わず頬を赤く染めた。

 分かっている。からかっただけだ。

 彼女が大切なお守りを忘れる程懸命に聖剣を探していたのは容易に想像できる。


 しかし、ここで2人の大切な物が手元に戻って来た。コレは変わりようのない事実。

 それを見つけてくれたのは、このローブの人物。それもまた、変わりない事実である

 だからこそ、ブレイルもパルも改めて“少女”を目に映し。


 「本当にありがとな!」

 「うん!ありがとう!」


 素直に真っすぐにお礼の言葉を贈るのだ。

 

 「………。」


 2人の感謝の言葉に“少女”は無言。

 それ以上何も口にすることなく顔を背け、フードの端を握りしめる。

 沈黙が流れた。これは、理解する。

 

 そうやら、この“少女”は此方と会話する気が無いのだと。

 そればかりか、“彼女”はブレイル達に小さく頭を下げると、踵を返す様に二人に背を向けるのだ。

 どうやら、“彼女”の用事は()()だけだったらしい。2人の忘れ物を届けに来ただけ。

 それ以上の用も無ければ、会話もする気がもないようである。


 ――ただ、最後に何故か一瞬。“少女”は、視線を酒場の奥にチラリと向けて。


 「…こら父さん!いつまで飲んでるの!」


 リリーの声が店内に響き渡ったのは、正にその時。

 ブレイルは驚き。気を取られ、一瞬リリーに視線を向ければ。

 酒場のカウンターの一番奥の席、酔い潰れ眠っている男をリリーが揺さぶっているのが見えた。


 何だと思い。

 慌ててブレイルはもう一度黒い“少女”に視線を向ける。しかし、そこにはもう誰もいない。

 思わず酒場の外に出て彼女を探すが、その黒いマント姿は何処にも無く、ただ街の人々が歩く様子だけが目に映るだけ。

 そんなブレイルの様子にパルは首をかしげた。


 「どうしたの?ブレイル。」

 「ん、あ、いや。あの子よく聖剣の持ち主が俺って分かったよな。」

 「あー。それはあれよ。私、いろんな人に聞いていたから。」

 「そうか?でもそれなら普通俺じゃなくて――……。ま、いいやつだよな。『こいつ』持てたぐらいだし!」


 僅かに感じた疑問を払うように頭を振って、ブレイルは聖剣を抱えてもう一度「にっ」と人懐っこく笑う。

 先ほどの人物。正直言えば気になる存在だが、悪いやつではない。

 むしろ「善良な人物」であるのは確か、ソレが知れて自然と笑みが零れたのだ。


 なぜ断言できるか。それはこの聖剣のおかげ。

 先程の少女、この聖剣を()()も軽々と持っていたのだから。

 勇者しか、限られた善人だけが触れる事が許されるこの一品を。


 実は、この神が造ったと言われる聖剣は自我がある。


 自身()が認めた「勇者」しか扱うことが出来ず。

 また「真に純粋な者」しか触れることもできない、そういう代物。

 大昔、まだ神が地上に君臨していた頃は、神だけが触れ扱う事が出来ると伝説も残っているが。


 神がいなくなった今は、限られた人間のみ。

 現に元の世界では、聖剣()に触れる事が出来たのはブレイルとパル、そして幼い子供達ぐらいだけだった。

 他の人間は指一本でも触れようとすれば、電撃が流れ拒絶される。


 そんな一品。


 その聖剣を、だ。

 先ほどの“少女”は当たり前に触れ、剰え持ち上げていた。


 この事実はブレイルからすれば、特別の一言。

 つまり、先ほどの“少女”はパルと同じ。「真に純粋な者」になる。

 そんな存在が悪い奴な訳がない。


 更に言うと、聖剣の持ち主であるブレイルには、触れるだけで聖剣が本物か分かる。

 それは()と繋がりを持っており、聖剣の魔力のおかげらしいが。


 その為、聖剣と勇者は離れていてもお互いの存在を感じ取る事ができ。例え離れ離れになっても、聖剣は自然と必ず勇者の手に戻ってくる。これは紛れもない事実。現に今まさに聖剣はブレイルの手に戻って来た訳だし。


 ブレイルが聖剣に関して、心配していなかったのもこのため。

 ()の存在をしっかり感じ取る事が出来ていたからである。。

 だから、勇者として、断言する。


 ――この聖剣は本物だ。


 ソレを踏まえて、何度でも言う。

 先ほどの“少女”は悪ではない。むしろ聖剣が触れることを認めた人物だ、と。


 この世界にもパルの様な純粋な人物がいる。

 それもこんな短時間に特別な存在と出会えるとは。

 ブレイルはソレが嬉しくてたまらない。


 それだけじゃない。

 初めて会ったリリーは、パルの元まで連れてきてくれた。

 こちらの酒場の店主はパルを助けてくれた。

 2人ともパルとの再会を心から喜んでくれた。


 この異世界の、出会う人は誰もかれもが、みな優しくて親切だ。


 “神”に助けを求められた世界だったから、どれほど荒れ果てた場所かと心配していたが、杞憂であったらしい。

 この“異世界”も元の世界と変わりない、温かみ溢れた世界だ。間違いない。


 その事実が知れて、その事実が嬉しくて、ブレイルは笑みを浮かべるのである。




  

  『真なる純粋な者』



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