一節ブレイル・ホワイトスター2
――「こんにちは。魔王を討伐した勇者君。」
あの日、あの夜。魔王を討伐し、英雄となったブレイルの前に現れた男は。
にこやかに笑みを浮かべ、まばゆい光を纏わせながら、宙に浮き此方を見下ろしていた。
僅かな間も無く、ブレイルの隣から小さく息を呑む音が聞こえ。隣に視線を送れば、旅の仲間であり旅のきっかけをくれた王女パルが、同じように“神”を名乗る宙に浮かぶ男を見上げ呆けている。
まるで、信じられないモノを見るように。それはブレイルも同じだ。
我に返り、パルが胸に抱く聖剣に手を伸ばす暇もなく。
にこやかに笑う男は「初めまして」と言わんばかりに、手を差し伸べ口を開き。
「僕は君たちの世界とは、全く別の世界からやって来た全知全能の神エルシュー。――どうか、どうか僕を助けて欲しい。僕の世界を強大な悪から助けて欲しい。」
にこやかな顔を、困り果てた表情に変えてブレイルに助けを求めてきたのだ。
「神」と聞いて少しだけ息を呑む。
ブレイルにとって神様なんてモノは初めて見る存在だったからだ。
それは隣にいた彼女も同じであっただろう。
魔王討伐の長い旅路、その中でさえ神なんてモノと対面したことは無い。
何せ、ブレイルの世界では神なんてモノは、大昔に「天の世界」とやらに帰ってしまったと伝えられていたから。
見たことも無い物を信じる程、ブレイルは素直じゃない。
しかし、隣にいる彼女、パルは違う。
幼いころより誰よりも神様を信じて、祈りを捧げて来た純粋な聖女だ。
ブレイルが持つ聖剣は神が造った物とされ、彼女の国の秘宝でもあったから。
彼女が生まれながらに持っていた「癒しの魔法」は、神が与えたものであると伝えられていたから。
だからパルは神様を心から信じている。
そんな彼女の信仰をブレイルも理解し、受け入れている。
そんな、《神様》が助けを求めて来たとしたら。
――嗚呼、いや、違う。
目の前に浮く男が神様か、神様じゃない。そんなの、どうでも良い。
神様を信じている。信じていないなんて、今は関係ない。
ブレイルは大きく息をつく。決意したように胸に手を当てる。
もう一度、隣を見れば。
先程まで呆けていたパルも、また何か決意した様子で此方を見つめていた。
二人が大きく頷きあうのは、きっと当然のこと。
決意に満ちた目で、神を見上げて二人は笑みを浮かべる。
「俺達に任せろ!」「私達に任せて!」
当然の様に彼と彼女は、縋るように助けを求めて来た神様の手を取ったのだ。
理由なんていらない。
彼らは世界を救った英雄なのだ、沢山の助けを求める人々を助けて来た存在なのだ。
異世界だろうが、神だろうが関係ない。
助けを求められれば誰だって助ける。
嗚呼、だって――
それが勇者だ!
――はい。
こうしてブレイルは騙されました。
「ぷっ!!あはははは!何それすっごいお人よし!!」
「う、うるせー!笑うな!人が困っていたら助けるのが当たり前だろ!」
温かな太陽の光が降り注ぐ、美しい街の中心。その道の真ん中。
リリーはブレイルから事のあらましを聞いて大きな声でお腹を抱え笑った。
ケラケラ笑う彼女を横目で見ながらブレイルが「ぐぬぬ」と声を漏らす。
当然だ。リリーはエルシューの言葉を頭から否定した。
「魔王とかいない」
見事にバッサリと。
彼女の話が事実であるならブレイル、そして離れ離れとなったパルは、自称神とやらに騙されたことになる。だからブレイルの反応は仕方が無い。
だがリリーはリリーで笑い過ぎだ、ともブレイルは思ってしまう訳である。
「……で。それよりなんで俺を街なんかに連れて来たんだよ。」
ケラケラ未だに笑い転げるリリーに眉を顰めながらブレイルは、話題を変える様に、不機嫌そうに声を漏らした。
質問を投げかけながら、あたりを見渡す。
そこは何処からどう見ても街。それも商店街と呼べる場所だ。
白い煉瓦で作られた建物がずらりと並び、何かの店なのか看板が建っている場所もある。
建物の前には様々な色をした屋台。果物やら野菜、魚と言った様々な商品が陳列する露店が並んでいる。
美しい街並みだ。当たり前だが、ブレイルにとっては、初めて見る“世界”である。
ここに連れて来たのは、勿論リリー。
「話の続きは、歩きながらでも聞くから着いてきなさい」
そう言って彼女は、ブレイルをこの場所へ連れて来た。
彼からすれば異世界の街なので興味が無いと言えば噓になるが、どうして突然リリーが自分を街に連れ出したかは、理解も出来なかった。
そんなブレイルにリリーは、笑い過ぎて出た涙を指で払いながら「ふふん」と声を漏らす。
「いいから。着いてきなさいよ。この先の酒場に用があるの。まぁ、もしかしたら。なんて思っていただけだけど。さっきの話を聞いたら正解だったんだなって思っちゃった」
「は?」
何が正解なのだろうか、全く謎である。
「あ、ほら。あそこよ!」
不思議そうなブレイルをよそにリリーが声を上げ、これまた煉瓦作りの建物を指す。
看板が掲げられているが、ブレイルには読めない。
この文字はこの世界のモノなのだろう。内容は分からないが、これが彼女の目指していた「酒場」だと言う事は何となく察しがついた。
「さ、入るわよ。」
有無を許さずリリーがブレイルの腕を掴む。
そのまま彼女は酒場へと駆け寄って扉を開き、中に入るのだ。
「お、おい!本当にここに何の用が…」
「ブレイル!!」
困惑した声を、清廉な少女の声が遮ったのは、酒場に足を踏み入れた直後の事。
ブレイルは顔を思い切り上げる。
当たり前だ。誰より心配していた『仲間』の声が聞こえたのだから。
ばっ、と見渡せば、酒場のカウンターに座る「彼女」の姿が目に映った。
綺麗に切りそろえられた薄いピンクの髪。今にも泣きそうな青い大きな瞳がブレイルを映す。
間違いない。この世界に一緒に連れて来て、離れ離れになった。――パルだ。
「パル!」
ブレイルはパルの姿を見て、彼女と同じように声を上げた。
安堵に満ちたパルが勢い儘に椅子から立ち上がり、ブレイルに走り寄ってきたのは同時の事。
パルはブレイルの前に立つ。
身長差のあるブレイルをまじまじと見上げて、大きく胸をなで下ろす。
「――……ブレイル。良かった」
彼女の口から出たのは、ブレイルを心から案じていたと分かる、言霊。
続けてブレイルが何かを言う前に、パルは顔を上げた。
「私、気が付いたら病院のベッドにいて。ここの酒場のおじさんが見つけてくれたらしいの。でも貴方の姿が何処にも無かったから心配したんだから………!」
彼女の口から出るのは涙が含まれた声。
どうやら、自分とパルは別々の場所に倒れていたらしい。
それでも同じ世界に飛ばされていたことは、ただ安心の一言であった。
ブレイルはパルの肩に手を置いて頷く。
「俺もだよ!俺はそこのリリーに助けてもらった!無事でよかったな!パル!」
「――うん!」
二人が今一度笑いあう。そんな二人の様子に、いつの間にか店のカウンターまで見守っていたリリーも「あはは」と声を出して笑った。彼女側にいた、酒場の店主らしき男も「うんうん」と頷いている。
「やっぱり、あんたの知り合いだったのね。今朝このおじさんが店の前で女の子が倒れてるって騒いでいてね。私も一回様子を見に来たのよ。そしたらあんたと同じようにその子は「異世界から来ました」なんて馬鹿正直に話していたの。だから、もしかしてって思ったわけ。良かったわね。」
ここで漸くリリーの真意が理解できた。
ちょっとむかつく女だと思っていたが間違いだったようだ。
「サンキュー、リリー。意外といいやつだな!」
「意外は余計よ!あんたを助けている時点で私は良い人でしょ!」
リリーはブレイルの言葉に少しだけ眉を顰めて、しかし自慢気に笑顔を浮かべる。
その人の好さに溢れた笑みを見て、ブレイルは心から確信するのだ。
リリーと言うこの少女は、面倒見が良く信頼できる人物であると。
「………すみません。」
そんな和やかな雰囲気に似合わない静かな声が響いたのはその時。
『勇者は仲間と再会した!』