火照りと汗とお清楚
家から少し歩いた場所にある河川敷。
その高架下。黒い汚れの目立つ壁。
それを目の前にし、これまた懐かしい感覚に襲われる。
服装は、長らくタンスにしまっていたTシャツ短パン。右手にはラケット、左手にはテニスボール。
「よし……やるか」
右手の感じる衝撃、響くボールの音。
それらを全身で感じる度に、まるであの時の……数年前の自分に戻ったかのように嬉しくなる。
俺……またテニスしてる。いや、また始めるんだ。
この場所は、良く1人で壁打ちしていた場所だ。俺としては絶好の自主練場所だと思うけど、意外にも俺と同じ考えの人は近所に居ないらしい。人通りもなく、かなり集中もできるのに。
まぁ、この近くの人なら舞松公園のテニスコート行くか。舞松公園、前に美世ちゃんと久しぶりに行った場所。そりゃこんな殺風景な所より、何面もテニスコートある方に行くよな。
でも、俺はこの場所が好きだ。なんたって、相手は世界で1番強い相手。
そんな相手を前に、思う存分無制限で戦う事が出来るのだから。
トンッ
トンッ
流石にミスしない相手だ。むしろこっちが体勢崩したら、次の自分にその代償が帰って来る。なるべく真ん中意識しろ……体勢崩しても。
今のところ、フォアハンドは良い感じだ。痛みもない。
問題はバックハンドかな?
「よっと」
打ち込む回数が少ないからか、久しぶりからなのか……フォアもバックも痛みはない。
ただ、日南先生言ってたな……って、ヤバッ。昨日の事思い出しちゃったわ。
『ふむふむ。しなやかな筋肉だねぇ』
明らかに真剣に体を見てくれている日南先生。けど、俺としては……まったくもって集中出来なかった。
くっ……所々でむっ、胸が当たってるんですけど!?
念入りに体を見てくれてはいるが、その距離はめちゃくちゃ近い。つまりその小玉のスイカ以上の大きさで、マシュマロの様な柔らかさが俺の腕やら背中やらに直撃。
見知った仲であり、若干の耐性が付いて来たであろう美由、美世ちゃんとは違い……全くの初対面の人にやられると、何ともヤバい。
『でも、やっぱり下半身に比べると上半身の筋肉量が若干少ないかな?』
うっ! しゃがんで足触らないでくれます?
直で谷間が……ってヤバっ!! 流石にもう……てっテントが張り裂けそうなんですけど!? だっ、ダメだ。誤魔化さな……
『ふむふむ……って、あっ……』
あっ、バレた……
初対面でこんな姿とかっ! ただの変態高校生じゃないかっ!!
『すっ、すいません』
『何言ってるの? 生理現象だし、むしろ健全な高校生の証拠だよ? でも、ここまで反応してくれると、私もまだまだイケるんだって自信が付いちゃった』
『いやっ、その……先生は美人ですよ。というか可愛らしいというか』
『ふふっ。ありがとっ。でも、これじゃ流石に空くんが診察に集中出来ないよね? 今度から私も服装には気を付けるね?』
えっ? 服装……あれ? なんだろ? そう言われるとなんだか勿体ないような、残念な気持ちになるんですが……
『えっ……』
『つい癖で、このくらいダルんとした服しかないんだよねぇ。高校生くらいの年頃男子なんて身近には弟くらいしか居ないし……ごめんね?』
『いっ、いえ。でも俺なんかの為にわざわざ服を新調する必要はないですって』
って、何言ってんだよ俺。けど何気なく良い言い訳じゃね?
『本当? ふふっ、優しいんだねぇ空くんは』
『そっ、そんな事無いですよ』
『じゃあ、今度は……下半身を確認したいから、ズボン脱いでもらおうかな?』
『えぇ!?』
ガツッ
あっ、やべっ! フレームに当たってボールが……
「はぁ……はぁ……大体10分で終了か……」
余計な事思い出しちゃったよ。ったく、集中力も落ちたなぁ。
結局、ズボンは脱がされなかったけど……なんか終始からかわれてる感じだったな。そういえば弟さん居るみたいだし、あんな感じで接してるのかも。
でも、診察の雰囲気はガチだった。
再開するのは良いけど、最初から飛ばすのはダメ。
徐々に練習量を増やす事。
あと、運動後のマッサージを欠かさない事。
出来れば週に1度は来て欲しい。
あと……
『マッサージとか専門家が居れば鬼に金棒なんだけどね? 心当たりある人はちょっと留守中だし……とにかく私の出来る範囲でその辺もカバーするね?』
心当たりあるって凄いな? 父さんに聞いたら、サン&ムーンにはもう1人整体師の人が居るらしい。なんでも柔道整復師やら、あん摩マッサージ指圧師といった国家資格はもちろん、その他民間の資格も数多く所有しているみたいだ。
……こうしてみると、なんて場所なんだ? サン&ムーンって。トレーナーズカンパニーらしいけど恐ろしいな。
って事で、初日はこの位にして帰りますか。
そんなこんなで後片付けをし、河川敷から遊歩道へと登った時だった。
「えっ? あっ! 天女目さん?」
どこからともなく、透き通るような声が聞こえて来る。
ん?
思わず振り返ると、そこには……1度見たら忘れない容姿の女の子が立っていた。
黒髪で緩いパーマ。そして緑の大きなリボン。
それはまさしく、
「あれ? 烏真さん?」
お清楚お嬢様、烏丸一華さんで間違いない。
「こっ、こんにちわ! まっ、まさかこんな所でお会いできるとは!」
「そうだね。俺も驚いたよ」
「あっ! あの、この前はありがとうございました! あと、お礼すると約束して何の連絡も出来てなくてすいませんっ!」
「いやいや、全然気にしてないって」
……やっぱ反応がいちいち可愛いよな?
「そんな事……あの、美世ちゃんにもお礼は言いましたし、お兄様に改めてお礼をしたいという趣旨も承諾得ております」
「承諾って、なんか一気に仰々しいな。もっと軽い感じで大丈夫だよ? 美世ちゃんの友達なんだからさ?」
「ごっ、ごめんなさい。善処します」
「ははっ」
「とっ、ところで……テニスされてたんですか?」
「そうだよ? 自主練ってやつかな? そういえば烏真さんはどうしてここを? もしかして帰り道?」
「はっ、はい! この遊歩道をず~っと行くと家が近いんです」
「そうなんだ」
歩きなのか? ……車で送迎ってイメージが拭えないんだけど。
「あっ、天女目さん? その格好という事は、もう帰宅されたんですよね?」
「うん。そうだよ」
「そしてテニス……さっき自主練してると仰ってましたよね?」
「まぁ軽くだけどね」
「あの……もし宜しければで良いんですが、今からあの時のお礼させていただいても良いですか?」
「えっ、お礼? 今から?」
「はい。自主練……相手が居た方が良いのではないかと思いまして」
「相手って……?」
相手? もしかして……
「嗜む程度ですが、私もテニスが出来ますので……ラリーの相手なら務まるかと」
「えっ? それってつまり……」
「はい! この近くにテニスコートがある公園があります。ですから思う存分テニスの練習にお付き合い致します」
いや、マジか? ここで会ったのにも驚いたし、テニスが出来るのも驚いた。でもいいのか? このお清楚お嬢様だぞ?
「でっ、でも家に帰る時間とか……」
「そんなのは、ストメで大丈夫です! どうですか? 天女目さん!」
って圧がすごっ! そういえば、なんか決めた事は曲げない感じの雰囲気は前もあったよな? 礼儀を重んじるというか……
「どうでしょう!?」
なんかあの時を同じ空気感だ。
こうなると断るのは……
「いかがですか!? 天女目さんっ!!」
絶対難しいんだよなぁ……




