アースの能力
「お、重い……! 同じ剣なのに、どうして!?」
エレミアは、最初に手渡された剣と同じ感覚で持とうとしたので、その倍はあろうかという重さを支えきれずに、落としてしまった。
「金属の重さはその密度によって変化する。俺の持つ『天与』は、触れた鉱物や植物の性質や形をある程度だが変えることができる。後に渡した剣は密度を増加させて重量を増したんだよ」
「え……『天与』!? 密度って……?」
聞き捨てならないことを耳にするも、知らない情報が多すぎて、エレミアの頭は混乱していた。
「その要領で薬の素材を変質させることでより上質なものを作ることが可能となるんだ、ちゃんとしたものを作れるようになるまでは色々と失敗もあったけどな」
「い、いやちょっと待って。アース……あなた『天与』持ちだったの? それに、鉄の重さを変えるだなんて……もはや別の金属じゃない。それに金属の密度? って言うの? ……そんなこと帝都でも解明されてないことよ」
「……そうなのか? 亡くなった母親からそう教わったんだが……常識ではないのか?」
アースの錬金術の知識は全て母親から教わったものである。
アースの『天与』が発覚した時、錬金術師だった母親は「この子は錬金術師になるために生まれたのよ!」と大喜びで、アースが言葉を発する前から、まるで童話を読み聞かせするように錬金術の知識を亡くなるその時まで叩き込んでいた。
「あなたの母親も気になるけど……『天与』持ちだったならもっと早く言って欲しかったわ……」
「すまない、別に珍しいことではないと思ってな」
魔王軍の四天王や魔王と王妃、そして両親など、アースが関わりを持っていた人物はその殆どが『天与』持ちだったので、それが普通だと思い込んでいた。
「珍しいも何も激レアよ!? 百万人に一人の割合で生まれると言われているわ。過去に活躍した英雄は全員『天与』を持っていたとも言われているわね」
「そ、そうなのか……黙っていて悪かったな」
「あ、いえ……責めてるわけじゃないんだけど……『天与』持ちと分かれば私達も対応を改めないといけないから」
人間の国では天与を持つものは国から重用され、生まれが平民であっても下位の爵位を授けられ、貴族と同等の扱いを受けることができる。
アースが『天与』持ちだと判明した今、階級的には父より低いが、貴族は貴族。
その娘であるエレミアはアースに対する態度を改める必要があった。
「いや、気にしないでくれ。今まで通り普通に扱ってくれれば良い。問題があるようだったら、俺からは言わないように気を付けよう」
「……わかったわ、とりあえず今は私とアースだけの秘密にしておきましょう。……でも、その……申し訳ないのだけど、『天与』持ちに相応の給金を支払えるだけの余裕はうちにはないの……」
『天与』持ちを抱える貴族もいるが、その殆どが資金的に余裕のある大貴族である。
自身の力を誇示するために、力のある貴族はこぞって『天与』持ちを抱えるため他の貴族からの引き抜き合戦になるほどだ。
多額の報酬を支払い続けることができなければ、引き留めることは難しいだろう。
一月という短い期間ではあるが、今まで大した出費もなくアースのような人材を擁している今のリーフェルニア家は、非常に稀有な状況にあると言える。
「なんだそんなことか。いままで通りで構わないと言っただろう」
「そんなことって……いいわ! 報酬が払えない分、誇り高きリーフェルニア家の者として、万全のサポートをすることを約束するわ!」
「普通で構わないのだが……聞いてくれそうにもないな。――了解した」
アースは特別扱いを求めていたわけではないが、エレミアの真剣な瞳に気圧され、渋々ながらも承諾する。
「……コホン。要件の方だけど、お父様の部隊から文が届いたわ。あと三日程でお戻りになるそうよ」
色々あって忘れかけていたが、エレミアはこの館の主であるレオナルド・リーフェルニア卿が帰還するとの知らせを受け、アースへ知らせに来たのであった。
「前にも言ったと思うけど、お父様は部隊を率いて周辺の調査に出ているわ。あなたは初めて会うのだから紹介しないとね」
アースが雇われる際に館の現状について受けた説明を思い出す。
エミリアとその父親の二人家族で、母親は体が弱く、エミリアを産んで間もなく亡くなってしまったそうだ。
この館で働いているのは、アースを除くとマリアと、数名の騎士だけである。
後は領民からの有志を募り、逐一手伝いを頼むことでなんとか領内の運営が成り立っている状況だ。
今回リーフェルニア卿は、領地拡大のために資源の確保できる場所や、居住可能な地域を調査するために、騎士を含めた20名程の調査隊を編成して、領主自ら指揮を執り辺境の開拓を進めている。
エレミアの話によると、父親はもとは平民で、街を襲う凶悪な魔獣を討伐したことで貴族となった過去を持っており、かなり武闘派な性格らしい。
今回のように自ら前線に立つことが多いため、領民からの信頼も厚い。
「ああ、三ヶ月ぶりに帰ってくるんだったか。最近そわそわしてたのはそれが原因か?」
「ち、違うわよ! もう!」
実際にはアースの言う通り、ここ数日のエミリアは妙に落ち着かない様子が散見された。
三ヶ月という長期の遠征だったため、帰ると聞いて逸る気持ちを抑えきれずにいたのだろう。
「……ま、まぁとにかくそう言うことだから、アースもお父様の前ではちゃんとしなさいよ!」
「わかった、気を付けよう」
その後、しばらく製薬は必要ないことをエミリアから命じられたアースは、明日から空いた時間は何の仕事をするかと思案しながら、この日は眠りについた。