大量のポーション
アースがリーフェルニア家で使用人として働くようになってから一月が経過した。
新たにアースの為に用意された給仕服も、もう着慣れたものだ。
アースの長身も相まって高貴な印象すら覚える。
魔王軍が帝国に戦争を仕掛けたことはこの辺境にも伝わっている。
主な戦場は帝国近辺であり、現状の戦況としては魔王軍が優勢なようだ。
そのことについて思うところはあるが、今魔王軍へ戻っても命を狙われるだけだろうと考えたアースは、命の恩人であるエレミア達の役に立てるよう、今は自分に出来ることに集中することにした。
エリザの治療を終えて以来、館の雑用の合間に、エレミアに依頼された様々な種類の薬品を作り続け、気付けば魔王軍に納めていた頃と同じぐらいの量を生産していた。
もっとも、『万能の霊薬・模造品』は高価な素材が必要となるので、新しく作ろうにも資金不足のリーフェルニア家には、必要な素材を揃えることができなかった。
そのため、アースが元々持っていた分、残り一つのみになっている。
「ふう……こんなものか」
今日も今日とて雑用を終えたアースは、館の自室で製薬に精を出していた。
正直作りすぎな気もしていたが、これほど製薬作業に集中していられたのも久々であったので、少し楽しくなっていた部分もある。
「少し多かったか……? まぁ余剰分はマジックバッグにしまっておけば問題ないか」
などと独り言を言っていると、部屋の扉が叩かれる音が聞こえた。
「アース、今大丈夫かしら?」
「エレミアか。ああ、大丈夫だ。入ってくれ」
「失礼するわ。…………あー、アース。頼んでおいて言うのも何なんだけど、また随分と作ったわね……」
扉を開けたエレミアが所狭しと並ぶ薬瓶を目の当たりにし、ため息混じりに呟く。
アースの圧倒的な生産能力に、軽い気持ちで製薬を頼むのではなかったと若干後悔する。
「すまない、少し興が乗ってしまってな……考えなしに作ってしまった」
一般的なポーションでも、軽傷を瞬時に治癒する程度の効能はあるため、一つ購入するのにそれなりの金額になる。
緊急時にはリーフェルニア家から無償で提供することもあるが、基本的には雑貨店などに置き、領民向けに販売している。
だが、一般の家庭においてはポーションを常備薬として1、2本置いておく程度であり、領内の人口に対して明らかに供給量が多く、かなりの量を持て余していた。
輸出しようにもこのような辺境に来る商人などほぼ皆無なため、領民自ら出向する必要があるが、領地の外は整備されておらず、魔物も多く出没するため非常に危険だ。
「量もそうだけど……質もすごいのよね。領民の間では良く効くと評判よ。それこそ今まで使っていたものとは比べ物にならないぐらいに。そこまで良質な素材を用意できてないのに……あなたの腕がいいのかしら?」
辺境故に商人の往来が乏しく、何かを作ろうにも材料の確保が難しい。
今回の製薬に関しても、素材は領地の近辺で採れるものをリーフェルニア家で都合したものだが、お世辞にも良質とは言えなかった。
「そうだな……あまり他の錬金術師にには会ったことがないんだが……俺の腕前は平均レベルぐらいだと思うぞ?」
「いやいや、冗談でしょう? この量と質、これだけのものをこんな短期間で作れる錬金術師なんて帝都にも居ないわよ」
魔族にもアースほどの腕を持つ錬金術師はいないだろう。
だが基本的に他者との関わりを絶ってきたアースには、それを知る由はなかった。
「そうなのか? ……まあ、俺の場合少し特殊な作り方をしているからな」
「特殊?」
「そうだな、わかりやすく例えるなら……」
アースは部屋に飾られていた、刃を潰された装飾用の双剣を手に取り、一本をエレミアに手渡す。
エレミアは不思議がりながらも剣を受けとる。
受け取ったそれは、豪華な装飾はされているが、それ以外は何の変哲もない鉄製の剣であった。
「エレミアは同じ大きさでも重さが違う金属があるのは知っているか?」
「ええ、それぐらいは知っているわ。理屈はわからないけど、不思議なものよね」
エレミアは剣を手渡された意図が読めず、首をかしげながら答えた。
「じゃあ、次はこれを持ってみてくれ。――『天地創造』」
アースは自分の持つ剣に能力を発動し、それをエレミアに手渡す。
「――ッ!?」
ガシャン、と大きな音を立て、エレミアの手から剣が床に落ちた。