宝石の真価
アースとエレミアがリーフェルニア領へと帰還してから数日が経過した頃。
領主が留守の間も特に問題なく過ごせていたようで、安心した二人は、今やすっかりと平和な日常を謳歌していた。
「よし、完成だ……!」
コハクの管理する鍛冶施設の工房で、アースは珍しく歓喜の声を上げる。
コハクより魔導具製作の基礎を学び、コンクエスター領で得た知識や経験を掛け合わせて作った、アース渾身の魔道具第一作目がここに完成したのだ。
「ほー! どれ、見してみ? これは……指輪か? お、宝石を使っとるんか……豪勢やなあ。しっかしこんな小さいもんに魔道具としての機能を持たせられるなんて、聞いたことないで」
コハクはアースから受け取った魔道具を食い入るように観察しながら、その完成度に感心する。
通常、魔道具というものはどんなに小さくても10センチ程の大きさが殆どだ。
その理由は魔道具の機構上の問題で、核となる魔石に一定以上の大きさが必要となるからである。
本来ならばこの指輪に付いている宝石のような大きさの魔石では、出力や持続時間の問題で使い物にならないのが普通である。
もしその問題をクリアして、指輪のような小型の装飾品に何らかの効果を持たせる事が可能であるのならば、携帯が容易になり戦闘においても有用な装備の一つとなりうるだろう。
「ああ、宝石の種類によって異なる属性の魔力を蓄える性質があることを見つけてな。対応する属性に限れば、この大きさの宝石でも普通の魔道具に使用する魔石と比較して、同じ大きさで百倍相当の魔力含有量になるんだ」
「ひ、ひゃく……!? そら小さくても十分機能するわけや……」
魔道具で大きな効果を得ようとするならば、必然的に核となる魔石の大きさが増すことになり、結果大型化してしまう。
つまり100倍相当の魔力含有量がある宝石を使用したこの指輪は、数メートル級の魔道具を片手に、それも指一本に収めているのと同じことなのだ。
帝都でもそのような技術は発見されておらず、当然その価値は計り知れない。
「まあ、サイズの関係で単純な機能しか付与できていないのだがな。複雑な機能を付けるとなるとさすがにもう少し大型になってしまうんだ」
「いやいや、もうこれで十分やろ……それにしても宝石にそんな特性があるとはなぁ……どうやって気付いたん?」
「ああ、以前宝石店に寄ったとき少し気になってな。帰ってきてから宝石を作って色々と実験を繰り返したんだ。そしてようやく実用に耐えうる完成度になったんだ」
「……ん? 今なんて言うたん?」
アースの発言に違和感を覚えたコハクは、確認のためアースに聞き返した。
「ん? ……ああ、コンクエスター領に行ったときに宝石店に入る機会があってだな――」
「やや、そこやなくて……」
「宝石を作って実験を繰り返し実験を――」
「それや! え? 何? 宝石って作れるん? たまーに採れるもんちゃうん!?」
宝石を作っていると言ったアースの言葉に、コハクは驚愕を隠しきれないでいた。
それもそのはずで、今だかつてどの錬金術師でも、あらゆる研究機関でも、宝石の生成には成功事例が無いのである。
コハクの言うとおり、各地でごく稀に採掘できるものであるが故に高価なのだ。
それが一個人に生成できるとなると、市場を支配できてしまうのではとさえ思い、戦慄してしまう。
「ああ、それがな……宝石の元となっているのは魔石なんだ。俺が調べた限りでは魔石が何らかの形で長い間……環境にもよるが最低でも100年以上は放置され、その土地の魔力を微弱に吸収し続け、変質したものが宝石と呼ばれるものになるみたいだな」
「はぁ!? 魔石って……あの魔石かいな!? っていうか100年やって!? そんなのをどうやって量産……ってあんちゃんの天与か……」
「そうだ、例えばこの指輪に使っている宝石は水属性の魔力を含んでいる『ディープアクア』と呼ばれるものだが、海や水辺の近くでしか採掘された記録がないことから、魔石が水場に漂う水属性魔力を吸収して出来たものだとわかる。属性付与にはなかなか苦労したぞ」
魔石は魔力を蓄積する性質を持つ鉱物であり、魔物の体内で生成され、討伐することで入手することができる。
つまり魔物の数だけ魔石が存在するので、大型の魔物や強力な魔物の高純度の魔石以外は、世に溢れていると行っても差し支えないだろう。
普通なら魔道具に使われるそれらを宝石へと作り変えられるのであれば、金銭に困ることは一生涯ない。
しかも、それが強力な魔道具の核ともなるのだから、量産体制を整えれば下手をすれば帝都の戦力をも越えるのではと考え、自分の手にある青く煌めく宝石を見てコハクは身震いする。
「おぉ……なんか鳥肌が……」
「どうした、寒いのか? 今日は少し肌寒いからな。何か羽織るか?」
「ああ、いや、大丈夫や。まったく……今更何やったって驚かんと思っとったけど、大概にしとき? なっ!」
そう言って、アースの背中を平手でパシンと張るコハクであったが、アースは何のことやらといった表情で首をかしげていた。




