謁見と危機② sideレオナルド
「何事か! 場をわきまえよ!」
「きっ、緊急の伝令にございます! 取り急ぎ陛下のお耳に入れたいことがこざいまして……!」
そこに現れたのは伝令の男で、なにやら焦った様子であった。
「よい、この場で申せ」
皇帝の言葉に、伝令は呼吸を整えて話し始める。
「現在侵攻中の魔王軍の部隊が急に進路を変え、西に向かっております。そして……不可解なことに進路上にある砦などの要所を全て無視して突き進んでいるようです」
「ふむ……誰か、地図を持て」
すぐさま地図を写し出す魔道具が用意され、地図が投影される。
「この位置から西……か。特に重要な拠点があるわけでも無し。確かに不可解であるが、何か目的があるのか?」
「い、いえ……そこまではわかりませんが、目撃した者によりますと何処かを目指し一直線に移動している様子で、更には『アース』という言葉を幾度か口にしていたのを耳にしたようです」
「――!!」
レオナルドは、はっと息を飲む。
アースの名が魔王軍の者の口から出たと言うことは、彼の関わりがあった者であると推測できる。
そして、魔王軍の進行方向の先にはリーフェルニア領がある。
それの意味するところを察したレオナルドの脳裏に、最悪の事態が思い浮かんでしまう。
「――へ、陛下! 恐れ多くも申し上げます! おそらく魔王軍の狙いは我が領地にあると推測します。どうか援軍を派遣しては頂けませんでしょうか……?」
先程得た情報から推測するに魔王軍の狙いはリーフェルニア領、もといアースにあるとレオナルドは考えた。
手段はわからないが、アースの居場所を知った魔王軍が彼に接触しに来たとしてもなんら不自然ではない。
元四天王であると本人から聞いていたので、何らかの重要な役割を担っていた可能性が高いだろう。
そのため、口封じのために始末しに来るか、あるいは引き戻しにくるのか、そのどちらかであると考えられる。
レオナルドとしては確信にも近い推測であったので、王に援軍を要請してなんとか対抗しようとの考えに至ったのだ。
「リーフェルニア領に!? はっ! 急に何を言い出すんだね君は! 少し景気がよくなったぐらいで調子に乗らないでいただきたいね。こんな土地を占領したところで魔王軍には何の利益も無い」
跳ね上がった髭を指で弾きながら、男が嫌味たらしくレオナルドを非難する。
「しかし……! ――いえ、出すぎた発言でございました」
反論しようにも、土地の価値がそこまで高くないことは理解していたし、だからと言ってこの場でアースの存在とその素性を明かしてもろくな結末にはならないであろう。
レオナルドに取れる選択肢は、一刻も早く領地へと戻り対策を講じることぐらいしかない。
しかし、それも時間が許せばの話だ。
移動時間を考えると、レオナルドがリーフェルニア領へと帰還した時には、既に手遅れになっている状況も十分に考えられる。
「――陛下。でしたら私に転移門の使用許可をいただきたく存じます」
『転移門』。
門と門を一瞬で移動できるこの大型魔道具を使用できれば、移動にかかる時間を大幅に短縮することが可能である。
その利便性故に転移門の使用には皇帝の許可を得なければならず、また設置してある場所も帝国内に数ヵ所しかないことから、一般人が気軽に使用できるものではなく、基本的には国家規模の輸送案件や、要人の移動などに用いられていた。
しかし手をこまねいている訳にもいかないので、援軍が期待できないならと、レオナルドは駄目で元々で転移門の使用許可を求めた。
「さっきから何を言っているんだ君は! 図々しいにも程があるぞ! 個人の懸念のためだけに転移門を使わせるわけにはいかん! 転移門の起動にどれだけの費用がかかると思っているんだ!」
転移門の使用には莫大な魔力が必要となり、その供給源となる魔石を大量に消費するのである。
それを未確定な情報のために使わせるわけにはいかないと言うのは、至極真っ当な話だろう。
しかし、次に皇帝から発せられた言葉は予想外のものであった。
「……いいだろう」
「!? へ、陛下!?」
「確か今日転移門を用いてゼニスへ大型の魔道具を移送する予定ががあった筈だ。もののついでだ、人一人と馬一頭ぐらいはなんとかなるだろう?」
「あ、いえ、それはそうですが……」
「何だ? 余が決めたことに何か異議でもあるのか?」
「……いいえ、ございません」
商業都市ゼニスに転移できれば、リーフェルニア領はここよりかなり近くなる。
レオナルドにとっては願ってもない話であった。
「陛下、ご配慮感謝致します……!」
「うむ、孫の一人がが貴殿らの作ったポーションに随分と感心しておった。その褒美と捉えよ」
「ははっ!」
問題が解決した訳ではないが、最悪の事態は免れることができるだろう。
その後転移門を使いゼニスに到着したレオナルドは、至急リーフェルニア領へと馬を飛ばすのであった。




