業を背負う
しばらくしてアースとエレミアは馬車を降り、昨夜ぶりにコンクエスター家の敷居を跨いだ。
敷地内では昨夜の戦闘の処理に追われているのか、キサラも到着するなりそこに合流し、慌ただしい様子であった。
「……仕方なかったとはいえ、悪いことをしたな」
ところどころ戦闘での爪痕が残されていたが、特に庭園があった場所は、ロウガとの戦闘の影響で、もはや荒れ地と化していた。
「いいえ、アースのせいじゃないわ。あ、そうだ! アースならすぐに直せるんじゃない?」
「そうだな……館の損傷などは修復可能だと思うが、庭園の方は元通りというわけにはいかないな。持ち主のこだわりがあるだろうし、どんな植物が植えてあったかも把握していない。俺に出来るのは土地を均す事ぐらいだろうな」
「そうね……まあ、あまりアースの能力をひけらかすのも良くないわよね。今更な感じはするけど」
アースが『天与』持ちであることは、の使昨日の戦闘を目撃したものであればおおよそ察しがつくことだろう。
天与を持つ者を従えるのは、貴族にとって一つのステータスであり、それを実現できる者は一握りだ。
本来なら、決してエレミアのような辺境の貴族令嬢ごときに実現できることではない。
それを知った他の貴族達は、色仕掛けだの人質を取っているだの、エレミアに対してあらぬ疑いをかける可能性がある。
アースとてそれは理解してはいたが、あの状況を切り抜けるには、耳目の集まる場所だろうと天与を使わざるを得なかったのだ。
「すまない……あの状況ではやむを得なかったんだ。エレミアには迷惑をかける」
「あっ、違うのよ! アースを責めるつもりはないの! 私のために戦ってくれたんだもの。感謝こそすれ、責めることなんて有り得ないわ。ありがとうね、アース」
「そうか……ならここは、『どういたしまして』と言っておこう」
他愛のない会話をしながら歩を進める二人のもとに、一人の人物が声をかける。
「おーい! 二人とも! こっちじゃ、こっち!」
声がする方へ振り向くと、そこにはエドモンドの姿があった。
「エドモンドおじちゃん!? もう出歩いてて大丈夫なの!?」
病から快復したばかりで、本来ならまだ休んでいた方が身のためなのだが、どうやら現場で指揮を執り続けているようだった。
アースとエレミアは、早足にエドモンドの下へと駆けつける。
「なあに、今はすこぶる調子が良くてのぅ。実は昨日から寝ずに働き詰めじゃよ」
「またそんなこと言って! 無理しないでよ?」
「ハハハ! ありがとうな、エレミアちゃん。……まあ、色々と確認したいことがあってな。悠々と寝てるわけにもいかなかったんじゃよ」
あの後エドモンドは、自身が寝たきりの間に領地で様々な変化があったことを聞かされた。
その件に関しての調査や、館の修復などに追われ、殆ど休めていなかったのである。
「ワシが動けないのを良いことに、孫のダストンが好き勝手やってくれたみたいでな……しかも息子夫婦はそれを知りながら容認しておったんじゃ。まったく……情けない」
「そういえば街中で奴隷のように扱われる領民もいたな。確か帝国の取り決めで奴隷制度は禁止されているはずだが……」
「ああ、情けないがそれもあのダストンの仕業じゃよ。ワシの調べた限りでは突然領民全員に莫大な税金を課して、それを払えない者は下級民と呼ばれ、奴隷のような扱いを受けているらしい。もちろん、税金を払えない者は領地の外に出ることは禁止されていたようじゃ」
「そんな……! そんなことがまかり通るはずがないわ! 皇帝陛下がそんな事を見逃すとは思えない……!」
「――低賃金で多量の仕事をさせていたことによって、それなりに利益を出していたみたいでな。領地の経済自体は良好じゃったよ。賄賂を送っていたことも確認している。まあ、そのおかげで多少のお目こぼしはあったみたいだが……このようなやり方がいつまでも続けられるとは到底思えん」
エドモンドは虚空を見つめながらそう呟いた。
コンクエスター領の今後のことを考えると憂鬱でしかないだろう。
事後処理に追われ、休みなく動き続けなければならないだろうし、一度失われた領民の信頼を取り戻すのは簡単なことではない。
それでも、エドモンドの理想とする街を取り戻すために、彼は戦い続けるだろう。




