話せばわかる
「さて……エレミア、無事か?」
アースは戦いながらもエレミアへと被害が及ばないよう意識はしていたが、爆発など少々派手にやり過ぎたところがあったので、エレミアの安否を確認するために声をかけた。
「え、ええ。私は大丈夫よ……それよりアースは大丈夫なの? 腕から出血してるみたいだし、それにちょっと苦しそう……」
「そうか、エレミアが無事でよかった。腕の傷はそう深くないし、俺のことは心配しなくていいぞ。命に別状はない」
アースの言うとおり命にこそ別状はなかったが、当然放置していいような状態ではない。
早急に処置をすべきなのであるが、まだ全て終わったわけてはない。
エレミアの元に戻ったアースは、一部始終を見ていたであろうダストンへとくるりと振り返り、語りかける。
「さて……お前のお抱えの傭兵は全て倒したぞ、ダストン。エレミアに危害を加えようとしたことは看過できない。覚悟してもらおうか」
「ふ……ふん! 何を勝った気でいる! 僕にはまだ何十人もの兵がいるんだぞ? さあお前達! 早くこいつらを引っ捕らえろ!」
ロウガの暴走によって半数は戦闘不能に陥っているが、まだ衛兵は数十人程残っていた。
しかしダストンの命令を受けてもその場で固まり、誰一人も応じようとはしなかった。
「あの化け物を相手にして勝った奴に、俺達が敵うわけないだろ……」
「金払いが良いから言う事聞いてたけど……こんな危険な仕事だったなんて……」
衛兵達は今まで、アースのことはただの使用人だと思っていたが、ここまで規格外の実力を持っていることは知らなかった。
その実力がはっきりした今、そんな相手に真っ向から立ち向かうような気概を持った者は居らず、雇い主の命令があっても呆然と立ち尽くすのみであった。
「何をやってるお前ら! 早くなんとかしないか! 相手は手負いだぞ!」
「――いいだろう。やると言うのであればかかって来い」
そう言って構えを取るアースの姿に、先の激しい戦闘での姿が重なり、もしその矛先が自分達に向けられたらと嫌でも想像してしまう。
「――く、クソッ! 俺はもう降りる! こんな危ない仕事やってられるか!」
衛兵の一人がアースのプレッシャーに負け、踵を返し走り去って行く。
それを切っ掛けに、次々と戦線を離脱する衛兵達。
気付けば気を失っている者を除き、全ての衛兵がこの場を去っていた。
「あ――あいつら! 役立たず共め! 全員反逆罪で牢屋にぶちこんでやる!」
「惨めなものだな、ダストン。お前のために戦う者はもういないらしい」
キサラのように、命を賭してまで主君を守ろうといった気概を持つ者は一人もいなかった。
ダストンとその部下の関係は所詮その程度だったのだろう。
「黙れっ! 僕はまだ負けていない……僕にはまだこの魔導鎧装がある! 黒狼傭兵団が敗れたのは想定外だが、他の有象無象など、この装備があれば居なくても同じことだ!」
「そうか、なら行くぞ」
アースが一歩、また一歩とダストンへと近付いていく。
「て、手負いのくせに調子にのりやがって! 後悔させてやるよ!」
先のアースとロウガの戦いの一部始終を見ていたので、ダストンもアースの実力は重々承知していたものの、自信満々に逃げずに真正面から迎え撃とうとする。
それもそのはずで、ダストンが装備している魔導鎧装は多額の資産を投じた特注品で、全身がアダマンタイト製、さらには常時防御魔法が起動していて魔法も防ぐ。
そして動作補助の役割も担っており、女性でも岩を持ち上げられるほどの怪力を得ることができる。
絶対的な自信とともにダストンは剣を抜き、歩きながら近付いてくるアースが間合いに入ると、力の限り剣を振り下ろす。
「死ねぇぇっ!!」
しかし、振り下ろされた剣がアースに届くことはなく、アースが半身をひねっただけで、その剣は空を切る。
「くそっ! くそっ! 当たれよっ!」
ダストンはぶんぶんと剣を振り回し続けるが、何度打ち込もうとも、そのどれもがアースを捉えることはなかった。
「……もうやめろ。腕力は大したものだが、お前の剣には『技』も『心』も無い。そんな剣では、俺には届かない」
「――黙れぇぇぇぇっ!!」
アースの言葉に激昂したダストンは、渾身の力でアースの顔面を目掛けて突きを放つが、いとも容易くその刀身をアースが両手の掌で挟み込んだ。
ダストンが剣を動かそうといくら力を込めても、ピクリとも動かない。
「な……何!?」
「『天地創造』」
アースはダストンの剣の脆弱性を高め、根本からへし折る。
「な……!? くっ、まだだ! 武器を失ってもまだ魔導鎧装が――」
「『天地創造』」
アースは間髪を入れずに魔導鎧装の兜部分を片手で掴み、天与を発動させる。
すると、強固であるはずの鎧がバラバラと崩れ始め、ダストンの姿が顕となった。
「――は? え? お、おい……全身アダマンタイト製の特注品だぞ!? 一体何をしたんだ――――ヒィッ!」
鎧が全て剥がれ落ちた後、最後にアースは掴んだ兜をダストンの頭部から取り外し、握り潰し粉々にする。
ダストンは眼前で行われた圧倒的な光景に畏縮し、短い悲鳴を上げる。
「――ま、待て! 落ち着け、話せばわかる! ――そうだ! お前もあの女に金で雇われているんだろう? どうせ片田舎の大したことない領地だろうし、金払いも悪いだろ?」
「……」
ダストンは自分が窮地に立たされると、何か思い付いたのか途端に早口で捲し立てる。
アースは何をするわけでもなく、それを沈黙しながら聞いていた。
「田舎臭い悪質な領民共が周りにいたら生活の質だって落ちるだろ? 僕に付くなら給料は今の3倍……いや、5倍の金額を出そう! 更には我が絢爛たるコンクエスター領で豪遊三昧だ! どうだ? ちょっと見た目が良いだけのあんな小娘に付くより、賢明な判断だと思わないか?」
この期に及んで、ダストンはアースを自分側に引き込もうと勧誘し始める。
実際問題、大方の者はこの魅惑的な誘い文句に乗ってくることをダストンは知っていた。
黒狼傭兵団もそうやって取り込んだ経緯があり、目の前の男も金さえ積めばなんとかなると、そう思っていたのだ。
「――黙れ」
「――え?」
「黙れと言ったんだ。エレミアに手出しするだけでは飽き足らず、俺にとって大切な場所……大事な人達を侮辱するとは、つくづく俺を怒らせたいようだな?」
「ち、違っ! お前程の力があれば何でも思いのままだぞ!? 富も! 名誉も! 好きなだけ手に入るんだ! 僕がその手助けをしてや――あっ……いや、その……えーと――――」
ダストンはアースの無言の圧力に気圧され、徐々に語気が弱々しくなり、最終的には口を閉ざしてしまう。
「――俺は金や名誉のために今ここにいるんじゃない。エレミアと……あの街の人々と共に過ごす時間が、俺にとって何よりも掛け替えのない、大切なものだからだ。お前にはそれが理解できないようだがな」
「――た、助け――」
「安心しろ、殺しはしない。エレミアもそれを望まないだろうからな。しかし、二度と同じ真似が出来なくなる程度には痛い目を見てもらうことになるがな」
「ヒイッ!! ゆ、許してくれ! 頼む! 金ならいくらでも出す!」
ダストンは冷や汗をだらだらとかきながら、必死の形相でアースに懇願する。
しかし、それはなんの効果もなく、ただただアースの神経を逆撫でしただけに過ぎなかった。
「待ってくれ!」
聞き覚えのある男性の声に、アースとダストンは同時に声の方へ視線を送った。




