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『天与』VS『天与』

「魔闘流歩行術、『(おぼろ)』」


 ふと、アースの姿が揺らぎ姿を消した。

 アースが黒狼傭兵団と対峙した時見せた歩行術で、緩急をつけることにより相手に残像を見せながら、自身は相手の死角へと瞬時に移動することで、あたかも姿を消したように見せる技だ。

 開けた場所であったが、ロウガの目を欺き背後へと移動することに成功したアースは、そのまま攻撃に移ろうとした。

 だが、無防備であるはずのその背中に嫌な気配を感じたアースは、攻撃をせずに反射的に一歩後ろへ退いた。

 刹那、先程までアースの体があった位置をロウガの爪が(よぎ)る。


「――っ!! く、完全に後ろを取ったはずだが……!」


 間一髪、ロウガの爪はアースの服の端を掠めただけで済んだが、あのまま攻撃に移っていたとしたら恐らく避けきれなかったであろう。

 その事実を認識し、アースの頬を冷や汗が伝う。


 しかし不可解なのは、闇雲に腕を振り回したわけではなく、ロウガはまるでアースがそこに居るとわかっていたような攻撃を仕掛けた事だ。

 あの時ロウガは完全にアースを見失っていた。

 アースは気配も消していたので、普通であればあそこまてタイミングよく正確な反撃するのは不可能に近い。

 ぐるりとこちらを振り返るロウガの様子を視認したアースは、成程と得心がいった。


「そうか、臭いか……!」


 不敵に笑いながら鼻をひくつかせ、何かを嗅いでいるような様子のロウガ。

 アースから発せられる汗などの臭いを嗅ぎ分けて、その位置を把握していたのだ。

 狼の嗅覚は人間族に比べ圧倒的に優れており、微かな臭いでも嗅ぎ分けることが可能である。

 故にアースが視界から消えようとも、ロウガには正確な位置を掴むことができたのだ。

 対策しようにも、その身一つでは臭いまでは消すことはできない。


「くっ、マジックバッグがあれば……!」


 アースの持ち物には様々な薬品がストックされている。

 以前森でフォレストウルフから見つからないように使用した、体臭を消す粉薬などがあれば戦いを有利に運べたであろう。

 しかし荷物の携帯を禁じられた舞踏会に参加していたため、肝心のマジックバッグは今、宿に残し厳重に封印を施して置いてあるので、アースの手元に無い。

 そんなアースの事情はお構いなしに、再び鋭い爪がアースを襲う。


「グルァァウッ! ガァウッ!」

「くっ!」


 剣と爪とが幾度もぶつかり合い、その度に甲高い音が響き、火花が散る。

 一撃一撃が致命傷となりうる攻撃が次々と繰り出される中、アースは剣を使いなんとか捌いていく。

 

「――くっ! まずい!」


 打ち合う中、アースは自身の剣が刃こぼれしていることに気付く。

 対するロウガの爪にはダメージのようなものは見られない。

 ただの鉄剣とはいえ、アースの天与で強化された剣を一方的に破壊できるだけの強靭さを持っていることがわかる。

 

「『天地創造(クリエイション)』! はあっ!」


 即座に剣を槍の形へと再構築し、間合いを広げる。

 間合いが変わり戸惑うロウガに、好機と見たアースが更に次々と武器を変化させ猛攻を仕掛けるも、どれも軽傷程度のダメージを負わせるので精一杯であった。

 しかしそれも驚異的な自然治癒能力ですぐに回復してしまう。

 

(やはり一撃で意識を絶つような大技を当てないと大した効果はないか……! しかし、威力の高い技は溜めが必要……どうやって隙を作るかが問題だな)


 アースが如何にして大技を当てるかを思考していたとき、アースの攻撃が致命傷にはならないことに気付いたロウガが、防御を考えずに距離を詰めてきた。


「グロァァァッ!」

「――なっ! しまっ……ぐあっ!」


 アースの攻撃を受けながらも放たれたロウガの爪撃が、アースの腕にかすりながらも、なんとか直撃は避けた。

 しかし、間髪入れずに放たれた蹴りを真正面から受けてしまう。

 アースの体が10メートル近く吹き飛ばされ、片腕からは鮮血が舞う。


「――アースっ! いやあっ!」


 エレミアの悲痛な叫びが響き渡る。

 幸いなことに、ロウガのアースに対する敵意はまだ収まっておらず、エレミアの方へは見向きもしなかった。

 怨敵(アース)の息の根を止めるまでは、止まることはないだろう。

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