蛇の呪い
「――あなた、いいのよ。私がお願いしたことですから」
「エリザ……しかし……!」
「いいんです。私はもう長くないから……だったら助けられる命を救うのが当然――ゴホッ、ゴホッ!」
「エリザ……! もういい、無理して喋るな!」
両親の言い争いを察してか、カノンは涙目になって今にも泣き出しそうであった。
同時に、アースは事情がわからずに混乱していた。
「エレミア……俺が何かしてしまったようなんだが……」
アースは声を潜めてエレミアに問いかけると、エレミアも同様にアースだけに聞こえるよう耳元に顔を近付けて話す。
「実は今朝話した未知の病にかかっている人というのが、エリザさんのことなの。ポーションを定期的に服用することでなんとか乗りきっていたのだけど……昨日アースに使った分が多くて備蓄が底を尽きかけているのよ」
見ず知らずの流れ者の負傷を治すのに、貴重なポーションを大量に使用したせいで、自分の妻が亡くなるのが早まるようなことになるかもしれない。
その事態を重く受け止めたマーカスの怒りはもっともである。
「もちろんエリザさんに相談したわ。……でも、治るかわからない自分よりも、今にも死にそうなあなたを助ける方が大事だって……」
「事情はわかった。……命の恩人が一人増えてしまったな」
自らを犠牲とし、他人を救うような心優しい人物を失うわけにはいかない。
それがアースの目指す争いの無い世界に繋がると彼は信じていた。
「安心して、マーカスさん。彼は病気についていくらか知識があるみたいなの。エリザさんを診てもらうために連れてきたのよ」
「――ッ! ほ、本当か!? エリザは助かるのか!?」
先程までの剣幕が消え、マーカスはすがり付くようにアースへと訴えかける。
「ああ、任せてくれ。彼女は俺が必ず助けてみせる」
とは言ってみたものの、研究の過程で多少の知識はあるが、アースは治療の専門家ではないし、治癒魔法も使えない。
持っている解毒薬が効けばと考えながら、ひとまずエリザの状態を確認する。
見た目として顕著に現れているのが、両手足に赤い蛇のような形をした痣が体の中心に這うよう伸びていることだ。
「この痣は……?
「あ、ああ。エリザが床に伏すようになってからどんどん大きくなっているんだ……俺達が住んでいた村の連中も、エリザの病気を気味悪がった挙句、村から追い出しやがったんだ……! 帝都でも門前払いを受けて、行く宛のなかった俺達家族を受け入れてくれたリーフェルニア卿には感謝してもしきれない……」
「成程。蛇の形の痣が伸びていく……これは『蛇刻紋』か……?」
アースの知識から、一つの推論が導きだされる。
それは病と言うより呪いであり、蛇の魔物『カースサーペント』が獲物を弱らせる際に使う呪法である。
噛まれたが最後、蛇のような痣が体を這うように広がり、体の自由が奪われ、やがて死に至る。
エリザの症状は限りなくそれに近いが、それにしては進行が遅すぎる。
「聞きたいのだが……このような状態になる前、蛇に噛まれたりということは?」
アースは自分の推論に確信を得るため、エリザに問いかける。
「……ええ、故郷の森で木の実を採集している時に小さな蛇に手を噛まれました。……思えば体調を崩し始めたのはあの後からのように思います」
恐らくその時にエリザを噛んだ蛇というのがカースサーペントだったに違いない。
エリザの証言から察するに今まで命があったのは、噛まれた相手がまだ幼体で、呪力が弱かったためと予想できる。
もし成体のカースサーペントならば数時間と持たなかっただろう。
もっとも、戦闘力が無い者が対峙した時点で命は無かっただろうが。
「……であれば、この症状は間違いなく蛇刻紋だと言えるだろう。カースサーペントという蛇の魔物に噛まれると発症するものだ。噛まれたのはおそらくその幼体だろう」
「蛇刻紋……?」
聞いたこともない病名に、マーカスはその言葉をそのまま反芻する。
「ああ、これは病気と言うより呪いの一種で、解毒薬やポーションなどの薬では、多少の痛みを和らげたりする効果が見込めるとは思うが完治はしない。解呪には高位の聖属性魔法か、呪いをかけた術者を倒すかのどちらかが必要だ」
「……そんな! 聖属性魔法なんて帝都に居る高位の聖職者でなければ扱えない! ……ましてや何処にいるかもわからない蛇一匹を探し出すなど到底……」
アースの知る限りでは魔族に聖属性魔法を使える者はいない。
それもそのはずで、聖属性魔法は人間族だけが使うことができる魔法で、魔族に対し非常に有効なことから人間族の中では重用され、その多くは帝都に召集されていた。
使用できる者が少ないこともあり、アース達のいる辺境の地に使える者などいなかった。
「痣の進行具合から見て、おそらく一月持つかどうかといったところか……」
「――――クソッ! くっ、うぅ……」
この街から帝都までは馬車を飛ばしても二週間はかかる。
エリザの体調を考えれば、道中負担をかけられない。
速度を落とし、休憩を多く取りながらと考えると、とても一月で辿り着けるとは思えない。
そもそも、帝都で聖属性魔法の恩恵を受けるには多額の寄付金が必要であり、そんな資金も持ち合わせてはいなかった。
もう助ける術はない、そう悟ったマーカスは、悲哀の表情を隠しきれず、顔をくしゃくしゃにして、その目からは大粒の涙が止めどなくこぼれ落ちていた。
「パパ……ママ死んじゃうの……? うぁぁぁん! やだよぉ! やだぁ!」
話の内容は理解できていなさそうだったが、父親の泣き声に不安を覚えたのか、カノンもマーカスにつられて
泣き出してしまう。
「カノンちゃん……」
エレミアは辛そうな顔で泣きじゃくるカノンを優しく抱き締めた。
「――大丈夫だ、必ず助けると言っただろう」
アースは抱き合う二人の頭にポン、と手を乗せる。
アースを見上げる二人の視線に笑みで返し、そしてマジックバッグから薬瓶を取り出すのであった。
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