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朝食と交渉

 夜が明け、陽光が差し込み暖かな空気が部屋全体を包み込む。

 窓から漏れる陽の光がベッドで眠るアースのまぶたに重なると、アースの意識が覚醒した。

 ベッドから起き上がり軽く身体を伸ばして、体に問題がないか確かめる。


「よし……問題なさそうだな」


 昨日エレミアが用意してくれた、着替えの服に袖を通す。

 元々着ていた服や外套はボロボロになってしまったので処分した。

 着替えを終えたところでアースの腹の虫がぐぅーっと鳴る。

 それも当然で、気を失っている間食事を取っていない。

 昨日は体の痛みで空腹を忘れていたが、回復した今となっては一刻も早い食事が必要不可欠だ。


「むう……腹が空いたな……鞄の中にはすぐ食べられるものは無いし、エレミアに何か食べるものがないか聞いてみるか……」


 アースはふらつきながらベッドから立ち上がると、コンコン、とドアをノックする音が聞こえる。


「アース様、失礼致します」


 ドアが開かれ、マリアが姿を見せる。


「アース様、お体の具合はいかがでしょうか?」

「ああ、動く分には問題なさそうだ」


 そう言い軽く体を動かしていると、再びアースの腹の虫が唸りを上げる。


「ふふっ、お食事の用意ができております。ご案内致しますのでどうぞこちらへ」

「……あ、ああ。ありがとう」


 内心とても恥ずかしい思いでいっぱいであったが、極力平静を装うアースであった。


「こちらです」


 しばらく歩いた後、アースは食堂へと案内された。

 食堂への扉を開けると、部屋の中から香る良い匂いにまたしても腹の虫が唸りを上げる。

 いざ食事を目の前にしたからか、今まで聞いたこともないぐらい大きな音が部屋中に響き渡る。

 するとエレミアが厨房からひょこっと顔を出し、アースの顔を見るなりなにやら納得したように微笑んだ。


「ふふっ、凄い音ね。ちょうど出来上がったところよ。好きなところに座って頂戴」

「あ、ああ……俺の分も用意してくれたのか、ありがとう」


 アースは一生分の恥をかいたのでないかと思うくらいの心持ちであった。

 自分の腹の音がここまで大きく鳴るとは思わなかったし、今までに経験がない。

 普段は冷静なアースであったが、この時ばかりは顔が紅潮していたのを自覚する。


「どうぞこちらへ」


 アースが照れのあまりにぼーっと立っていると、マリアが気を利かせ椅子を引き食卓へと導く。

 

「す、すまない」


 食卓に着きしばらくすると、エレミアとマリアが料理を次々と食卓に並べていく。

 薄く切られたパンに野菜のスープ、干し肉を炙ったものと目玉焼き、良い香りのするハーブティーを目の前に、アースはごくりと唾を飲み込む。


「客人をもてなすにしてはちょっと物足りないかもしれないけど……これでも奮発したほうなのよ?」

「いや……十分嬉しい。正直食事はいつも適当に済ませてたのでな……」


 確かにこの館の豪華さに比べ食事は一般的な印象を持ったが、アースにとっては十分なごちそうである。

 アースの魔王軍での業務は多岐にわたり、休みもなく働いていたので時間を取れずに、食事は片手間で済ませられるような物しか食べていなかったのだ。


「そう? それならよかったわ。遠慮せずに食べて頂戴」

「ああ。――いただきます」


 スープをすくい一口飲むと、スープの栄養みが身体全体に染み渡るような感覚があった。

 不足していた栄養を貪るように、アースは黙々と食べ進め、あっと言う間に完食してしまう。

 気付けばその頬には涙が伝っていた。

 思えば誰かと一緒に食事をしたのは久しぶりである。

 両親がまだ生きていた頃、一緒に食事していた何気ない情景を思い浮かべ、つい感情が溢れてしまっていた。


「ちょっ、どうしたの!? 泣くほど美味しかったの!?」 

「――ん? ああ、すまない……気にしないでくれ。もちろん美味かったよ。好きな味だ」

「ふ、ふーん……そんなに美味しかったの……」


 アースが料理の味を誉めると、何故かエレミアは照れたように顔を赤らめる。

 

「本日の朝食はお嬢様がお作りになられたんですよ。ご当主様に食べてもらおうと、近頃お料理の勉強に熱心なんです」


 エレミアが厨房から顔を覗かせたのはそういうことかと、アースは納得した。

 しかし同時に料理番や他の使用人はいないものかと疑問を持った。


「ちょっ、マリア! 余計なことは言わなくていいの!」


 誉められて赤くなったことを指摘するようなマリアの密告にエレミアはますます動揺してしまう。


「――あ! おかわりあるわよ! 食べる?」


 その場の空気を誤魔化すように、エレミアはアースに問いかける。


「ふっ……ああ、いただこう」


 お互い恥ずかしい場面を見せてしまった二人は、しばらく笑い合っていた。



 しばらくして食事を終えたアースに、エレミアは昨日の話題を切り出す。


「アース、食べ終わったばかりで申し訳ないのだけど……昨日の件の続きを聞いてもらえるかしら?」

「――ああ、聞かせてもらおう」


 エレミアの真剣な表情に、アースは食事で緩んだ気持ちを切り替える。


「その前に、この街……リーフェルニア領の説明をさせてもらうわ」

「説明……やはり何か事情があるのか?」

「ええ、あなたも察しているとは思うけど、私のお父様は貴族……辺境伯なの。」


 確かに、領主でありこれだけ立派な館に住んでいるのだから、それなりに位の高い貴族であるだろうとアースは思っていた。

 しかし、この部屋に来るまで人気を感じられず、使用人もマリアしか見ていない。

 先程疑問に思ったこともあり、何らかの事情があるのだろうと感じてはいた。


「辺境伯か……」

「ええ、実際には辺境伯とは名ばかりで、ろくな資金提供も得られずに辺境の地へ飛ばされた没落貴族、ってところかしら」


 辺境の地と聞き、アースは頭の中に世界地図を思い浮かべる。

 魔族は人間との人口の比率が魔族1に対し人間側は1万と、おおよそ1万倍の差があると言われているが、普通の人間に比べ魔族の圧倒的な能力の高さから、数的劣勢がありながらその支配地域は世界の半分近くにも及んだ。

 人口の少なさとその治める領地が反比例する都合上、国境付近でも未開拓かつ領主もいない地域が多く、統治が行き届いていない実質的にどの国からも支配されていないような場所が、魔族領には多く存在していた。

 おそらくエレミアの父親は、そういった所に送られ、少しでも人間の領地を増やす為に使い捨て感覚で命じられたのであろう。


「それでもお父様は腐らずにこの辺境を開拓したわ。お父様がこの地へ来てから20年。多大な犠牲を払いながらも、やっと街と呼べるほどに成長したの」

「そうか……館に人が少ないのは開拓に資金の大半を使ったためか?」

「そうね……それもあるけど、帝都みたいに防衛設備がしっかりしてるわけでもないし、魔族領に近いこんな辺境に住みたいなんて人は多くはないわ。今居る領民は基本的に居場所を無くした、訳ありな人たちがほとんどね。お父様はそうはいった人達を積極的に受け入れていたの」

「訳あり……か」

「人それぞれ事情はあるわ。未知の病を患って住んでた村を追い出されたり、亜人との混血で迫害を受けたりとか……ね。まあ、あなたも何か訳ありなのでしょうけど……深くは聞かないでおくわ」


 アースは、自分と同じような境遇の人々の話を聞き、どこか他人事には感じられなくなっていた。

 同時に、自分は恵まれた環境にいたのだと改めて魔王に感謝の念を抱いた。

 しかし最終的には冤罪をかけられ、殺されかけてしまったのだから複雑な心境である。


「それで……あなたにお願いしたいのは、さっき話した未知の病にかかった人を診てもらいたいの」

「ああ、わかった。力になれると思う」

 

 混血ゆえか、アースは人間に対する忌避感は無く、魔族、人間族問わず全ての種族を一人の人として見ている。

 人助けすることに何の躊躇もないアースは、特に迷う素振りも見せずに即答する。


「ここまで世話になったんだ。俺に出来ることであれば何でもしよう」

「――ありがとう! 早速だけど案内するわ、付いてきて。マリア、館の事は任せたわよ」

「かしこまりました、お嬢様。」


 アースとエレミアは席を立ち、食堂を後にする。

 道すがら、初めて館の外に出たアースが辺りを見回すと、閑散とした雰囲気で、建物もそこまで多くはない。

 辺境の地ということで予想はしていたが、やはり人口は多くなく、基本的には自給自足の生活で日々を乗り切るので精一杯だという印象を持った。


「ここよ」


 などと考えているのも束の間、二人は目的地へと辿り着き、エレミアがドアをノックする。


「マーカスさん、いらっしゃいますか?」


 しばらくしてドアが開かれ、二つに髪を結んだ幼い女の子が顔を覗かせる。


「……あ、エレミア姉ちゃん!」

「あらこんにちは、カノンちゃん。パパとママに用事があるんだけど、入っていいかな?」

「うん! どーぞ!」

「ありがと、お邪魔します」

「……邪魔をする」


 エレミアに続きアースも家の中へと進むと、ベッドに横たわる女性と、その女性を心配そうに看病する男の姿があった。


「エリザ……今日の調子はどうだい?」

「ええ、あなた……おかげさまで今日も調子は良いですよ。――あら? お客様かしら? 今お茶を淹れ――ゴホッ、ゴホッ!」


 女性が身体を起こそうとするも、急に咳き込んでしまう。

 見るからにやつれていて、その顔には生気が感じられない。


「エリザ、無理をするな! 横になってるんだ!」

「……マーカスさん、エリザさん、おはようございます」


 エレミアが二人に挨拶をすると、マーカスと呼ばれた壮年の男性がこちらに振り返る。


「……エレミア様。何の御用でしょうか」

「マーカスさん達に会わせたい人がいるの。……アース、こちらマーカスさん。この街では細工師として様々な道具を作ってくれているわ」


 エレミアの紹介を受けアースが視線を送ると、マーカスはアースを恨めしそうな目で睨み付けてきた。

 

「それと、奥さんのエリザさん。二人の娘さんのカノンちゃん」

「よろしくー!」


 カノンが元気よく挨拶をし、エリザは横になっていたので軽く頭を下げる。


「アースだ。よろしく頼む」

「…………お前のせいだ……」

「――ん?」

「……お前のせいでエリザが死んじまうんだよぉっ!!」


 マーカスは顔を会わせるやいなや、アースに対し怒声を浴びせかけた。


お読み頂きありがとうございます。



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