魔王軍のその後③ sideフレアルド
魔王軍と帝国軍の戦いは混迷を極めていた。
帝都に近づくにつれ帝国軍の戦力は増していき、先日侵攻した砦では人間族の最高戦力である『勇者』を名乗る者が現れたとの報告が上がっている。
当然、勇者と相対した部隊はほぼ壊滅状態となり、撤退を余儀なくされた。
単純な力押しで勝てる相手ではなく、フレアルド率いる陸軍部隊はこれ以上の進軍は出来ずに攻めあぐねていた。
「クソッ! 勇者が現れただと……? ここ数十年の間存在すら確認されていないってのに、このタイミングで現れるとはな……」
勇者の出現にフレアルドは愚痴を漏らす。
遥か昔魔族を統べる王である『魔王』と対をなす存在、人間族の希望の象徴たる者、『勇者』が存在した。
勇者とは、魔族より種族的に能力の劣る人間族に神が与えし加護の一つと言われている。
『天与』もその加護の一つと言われているが、勇者は『天与』のように持って生まれた資質ではなく、後天的に覚醒するものである。
勇者の特徴として複数の『天与』を操ることができ、莫大な魔力量と人並み外れたな身体能力を有している。
そして過去に存在した勇者は全員、ユースティア人からしか誕生していない。
人間族のみに許された絶対的存在である。
「ただでさえ物資が不足していると言うのに、こんなところで足止めを食うとはなァ……魔王不在の状況で勇者が現れるなんざ聞いてねェぞ……」
現在フレアルド率いる陸軍本隊は、占領した敵拠点を根城に進軍を続けていた。
敵勢力下の真っ只中に陣取っているので、基本的に物資の補充は本国からの輸送を待つしかない。
それなのに、ここしばらくは物資の到着が滞っている。
特に食糧の不足が深刻的だ。
「おいお前! 薬や武具の生産が追い付いていないのはまだわかるが……今まで足りていた食糧が届かなくなったのはどういうことだ!」
フレアルドは傍らに控える秘書官へと怒鳴りつける。
一時期は不作が続き食糧難に陥りかけたことがあったが、すぐに持ち直しここ何年かは不足なく生産できていたはずである。
ただでさえ兵士の数が減ってきているというのに、食糧が不足するなどとは思いもよらない事態であった。
「はい。どうやら軍が管理する畑の大半が、作物が育たないぐらいに土地が枯れ果ててしまったようなのです。原因は調査中ですが、おそらく管理者が変わったことが原因かと……」
魔族とはいえ食べるものは人間族と大差はない。
主食として小麦から作られるパンを食べるし、肉や魚、野菜だって食べるのだ。
当然ながら空腹状態では本来の力を発揮することはできない。
現在敵地の只中に居るフレアルドの陸軍部隊は、軽度の飢餓状態にありまともな戦いができる状態ではなかった。
補給物資として輸送できる食糧は保存の効くパンや野菜が殆どなのだが、畑を枯らしてしまったために供給量が従来の三分の一以下の量になっていたのだ。
「本国の連中は何やってんだ! 戦争中だってのにロクな支援もできねぇのかよ! 畑なんて適当に水でも撒いときゃあいいだろうが!」
と言いながらも、当のフレアルド本人はがぶりと香ばしく焼けた骨付き肉にかぶりつく。
フレアルド自らが近隣の魔物を狩って手に入れた肉ではあるが、部下に分けたりなどはしない。
羨ましそうに見つめる部下の目などお構いなしだ。
「――新しく担当になった者が言うには、従来どおりに畑の管理をしていたのですが、理由もわからず段々と土地が痩せ細ってきたとのことです」
「あァん!? 理由もなく急にそんなことになるわけねェだろうが! 前任の奴が何かしでかしたんだろうよ! そいつを引っ捕まえてなんとかさせりゃあいいだろ!」
「いえ……それが……その……」
秘書官は歯切れの悪い返事をする。
正直に返答すれば、フレアルドの怒りを買うことはわかっているからだ。
食糧難に陥ってから、新たに畑を管理していたのはアースである。
そこで育てていたのはリーフェルニア領で作った作物と同じで、魔力を栄養分として育つ野菜だ。
アースが居なくなり適切な処置が施されていないその土地は、作物に魔力を吸収し尽くされ枯れてしまったのだ。
「何だその態度は! はっきりしやがれ!」
「は、はい……その……畑を管理していたのは元四天王のアース様で……おそらく特殊な栽培法だったとは思うのですが、急な死去により引き継ぎが不完全だ――――キャアッ!」
秘書官が言い終わるその時を待たずに、フレアルドの周囲から強烈な炎が吹き荒れる。
その勢いに押され、側にいた秘書官は数メートル先へと吹き飛ばされてしまう。
「うぅ……ゲホッ! ゲホッ!」
フレアルドはゆっくりと爆風で倒れた秘書官に近づき、片手で首を掴み持ち上げる。
「――あがっ! カハッ!」
「……いいか、俺の前で二度とあいつの名前を口にするな。次同じことがあれば命がないと思え!」
「――も、申し――訳――あぐっ!」
フレアルドは掴んだ秘書官を床へと投げ捨てると、つかつかと部屋を出ていく。
勇者という厄介な存在をどうにかしなければと、フレアルドは対策を講じる他はなかった。




