出会い
アースが意識を取り戻すと、見覚えの無い部屋のベッドで横になっていることに気付いた。
一か八かで滝壺へと飛び込んでからの記憶が無く、頭がいまだにぼんやりとしていた。
「……生きて、いる……? ――ぐっ!」
状況を確認しようと体を起こそうとしたアースの体に激痛が走り、再び倒れこんでしまう。
「くっ、まともに動くことはできないか……あれからどれぐらいの時間が経ったんだ?」
確認しようにも体が動かないアースは、現状でわかる限りの情報を整理することにした。
窓の外を見ると既に日は落ちていて、ランプの明かりだけが部屋を照らしていた。
「広い部屋だが……ここはどこだろうか? 体に包帯が巻かれているということは、ここの住人が治療してくれたのか……?」
アースが考察をしていると、扉が開かれ住人と思わしき人物が姿を現す。
質素ではあるが、いかにもお嬢様といった服装をした十代半ばと思わしき少女が部屋へと入ってくる。
その後ろには給仕服を着た妙齢の使用人の女性が控えていた。
その見た目から、彼女らは人間族であるとわかる。
「――あ、目が覚めたのね。よかったわ」
肩口まで伸びたローズブロンドの髪をなびかせ、颯爽と部屋へ入ってきた女性が、ベッドに横たわるアースを覗き込む。
ふわりと揺れた髪から香る花のような匂いが、アース鼻ををくすぐる。
「応急処置はしたのだけれど……身体の調子はどう?」
「あ、ああ……君が治療を?」
「ええ、そうよ。先日大怪我したあなたが川のそばに倒れているのを見つけたときは驚いたわ。急いで助けを呼んで私の家に運んでもらったのよ」
黙っていればどこかのお姫様のような雰囲気のあるその女性は、見た目に反して気さくな話し方をしたのでアースは少し呆気にとられる。
瀑布に繋がる川に流され、運良く居住区近くの川辺に流れ着いたアースを、この女性が救助してくれたのだ。
誰にも見つからず放置されていれば、アースは間違いなく命を落としていたであろう。
アースが人間族と変わりない容姿のおかげで、魔族だとは思われなかったのが幸いしたようだ。
「すまない、助かった……。君は命の恩人だ」
「いいえ、困ってるときはお互い様よ。 ……でも、ごめんなさい。ここには治療士がいないの。的確な治療ができているかはわからないわ。できる限りの応急処置だけはしたのだけど……」
アースの身体には包帯が巻かれ、周りには使用したであろうポーションの空き瓶がかなりの数転がっていた。
重症のアースを治療するため相当数のポーションを使ったのであることが伺える。
医療の知識が無い分、物量でカバーしたのだろう。
その甲斐あってかアースの全身に受けた傷はほぼ回復していたが、あの時マダラから受けた毒はまだ体に残っており完全な解毒には至らずにいた。
「いや……十分だ、ありがとう。――っく!」
「だ、大丈夫なの? 無理しないで横になってなさい」
「いや……毒を受けているんだ。早く解毒しないと……。俺はどれくらい気を失っていたんだ?」
「毒を!? ……あなたを見つけてから丸二日は経っているわね」
幸いにもマダラの使用した毒は致死性のものではなく、麻痺毒であった。しかし普通の人間族ならば一日放置すれば死に至るレベルの毒であった。
魔族特有の強靭な生命力を持つアースだからこそ数日間耐えられていたのだ。
だが当然このまま放置はできない。アース自らの手で解毒する他なかった。
「ぐっ、がぁぁぁ……!」
アースが歯を食い縛り、痛みを堪えながら上体を起こす。
ただそれだけのことなのに、息を切らしていることから、かなりの体力を消耗していることが伺える。
「っハァ、ハァ…………すまないが、俺の鞄は無事だったか聞きたいのだが」
「だ、大丈夫なの……? あなたが腰に巻いてた鞄なら無事よ。マリア、お願い」
「かしこまりました、お嬢様」
そう言うと、後ろに控えていたマリアと呼ばれた使用人は軽くお辞儀をして、部屋を出ていった。
鞄が無事なことにアースは安堵した。
その鞄は魔王より賜った特注品で、素材は魔物の皮を使用しており、耐久性が高く、更には空間魔法により容量が拡張されている所謂マジックバッグであり、見た目以上に物が入れられるのだ。
これにはアースが普段錬金術で使っている道具や素材などが入っている。
いわばアースの錬金術師としての必需品であり、過去の研究の全てが詰まった彼にとって命の次に大事なものであった。
「よし……鞄があればなんとかなりそうだな」
「お待たせいたしました。」
鞄を抱え、使用人がアースの元へ戻ってくる。
「ああ、これで間違いない。手間をかける」
アースが使用人から鞄を受けとると、お嬢様と呼ばれた女性は興味深そうにアースの挙動を観察し始める。
「それ、もしかしてマジックバッグ? 一体何が出てくるのかしら?」
アースは鞄に魔力を通す。
この鞄はアース専用のもので、アースの魔力を通すことで初めて物を出し入れできるようになるのである。
そしてアースは鞄から液体の入った一本の瓶を取り出す。
「なんてことはない、ただの解毒薬だ」
アースはそう言いながら解毒薬を飲み干した。
するとアースの体が一瞬発光し、みるみるうちに血色が良くなり、その薬の効力のほどが伺えた。
この薬はアースが独自に調合したものであり、体内にあるあらゆる種類の有害な毒素を瞬時に分解し、発散させる効果がある。
「すごい……! 毒をこんな一瞬で……!? そんな凄い薬を持っているだなんて、あなたもしかして有名な治癒術師だったりするの……!?」
一般に流通している解毒薬では、一瞬で毒が抜けきるというのはありえないことだった。
今のように一瞬のうちに効果を発揮するような薬も無くはないが、それは一般市民には一生手が出せない程の非常に高価な薬である。
あるいは高位の治癒魔法を使える者であれば、即完治も出来るのであろうが、魔法を使った様子もない。
「そんな大層なものじゃないさ。俺は……しがない錬金術師といったところだ。今の薬は錬金術で作ったものだ」
アースの魔王軍での仕事は、武装の管理や建築物の設計など多岐にわたるもので、その中の一つとして新薬の開発も担っていた。
先程の解毒薬も、研究の成果としてアースが制作し備蓄していたものである。
「へぇ……そうなのね。ねぇ、あなたもしかして病気とかに詳しかったりする?」
「専門家というわけではないが、そうだな……ある程度の知識は持っていると思う」
錬金術には病を治す薬などもあるため、アースはその作成のために、ある程度の知識は学習済みであった。
「じゃあ、ちょっと相談があるんだけどいいかしら?」
「ああ、構わないが……明日で構わないか? 長い時間毒が体内にあった影響で、体力の回復にはもう少しかかりそうだ……」
体の自由は取り戻してきているが、まだあちこち痛みがある状態だった。
少なくとも一晩は休息が必要だとアースは判断した。
瞬時に体力を取り戻す薬も無くはなかったが、一日休めば回復する状況であったので万が一のために手元に置いておくことにする。
「そうね、無理をさせるのも悪いし……また明日、改めて相談させてもらうわ」
「ああ……ベッドを占領してしまってすまない。この恩は必ず返そう……えーっと……」
ここまで世話になっていて、未だに相手の名前すら知らなかった事に気付き、アースは言葉を詰まらせてしまう。
「――エレミア。エレミア・リーフェルニアよ。ここ、リーフェルニア領の領主の娘よ。よろしくね」
一瞬きょとんとしていたが、アースの言わんとすることを察し、女性は少し恥ずかしそうに微笑みながら自己紹介をした。
「エレミア……良い名だ。俺の名前はアースと言う。よろしく頼む」
「ええ、よろしく。完治するまではここを使ってくれて構わないわ。それじゃ……お休みなさい、アース」
「ああ……わかった。ありがとう。お休み、エレミア」
エレミアとマリアが寝室を出た後、アースは目を閉じながら魔王城での出来事を振り返る。
(おそらくフレアルドは次期魔王の座を狙っていて、反対派である俺をを排除し、なんとしても戦争に持ち込み武功を挙げるのが目的だと考えるのが妥当か……)
多大なる戦果を挙げれば次期魔王に名乗りを上げても反発する者はいないであろう。
戦闘力ならば四天王の中で最強とも言っていいフレアルドならばそれが可能である。
彼の指揮する陸軍が魔王軍の中でも最大の規模を持つのもそうした理由の一つだろう。
(しかし、そうなると魔王様暗殺はフレアルドの差し金なのか……?)
フレアルドという男は、お世辞にもそういった知略には向かないタイプであったとアースは記憶してたので、不思議に思う。
魔王が死からアースの追放に至るまでがいくらなんでも早すぎる。
どの時点から策を巡らせたのかはわからないが、かねてより準備を進めていたのだろう。
(帝国と通じている知恵のある者がフレアルドに付いているのだろうか……? いや、もしかすると――)
などと思案していると、疲労感からか体が休息を求めて、アースの意識は次第にまどろみへと落ちていくのであった。
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