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運命の日 【前編】

 アースが自室で体を休めていると部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「アース? 部屋にいるの?」

「……エレミアか、開いてるぞ」


 そっと扉を開け、エレミアが顔を覗かせる。


「もう……帰ってきたのなら挨拶ぐらいしなさいよね? 私はあなたの雇い主なのよ? 部下の安否を確認する義務があるんだから」


「む。……そうだな、すまなかった」

「――フフッ、冗談よ。あなたの行動を縛るつもりはないわ。……でも、心配してたのよ?」


 エレミアは悪戯っぽい表情から一転して、心配そうな顔を見せる。

 アースには、その瞳から本気で自分の事を案じてくれていることが感じ取れた。

 それと同時に、そんな彼女にさえ自分が魔族の一員だったことを隠しながら接していることに罪悪感を覚える。


「……心配かけてすまなかった。――そうだ、預かっていた魔道具を返しておく。弁当美味かったぞ、ありがとう」


 アースは弁当箱として利用していた保冷の魔道具を取り出し、エレミアへ返却する。


「あ、うん。どういたしまして……」


 エレミアは魔道具を受けとるが、アースの様子が少し変なことに気付き疑問を持つ。

 実際にアースは明日のことを考え、心ここにあらずであった。


「アース……どうかしたの? なんか元気ないみたいだけど」

「……そうか? 少し疲れたのかもしれない。すまないがしばらく一人にしてくれ」

「そ、そうよね。帰ってきたばかりで疲れてるわよね……じゃあゆっくり休んでね」


 アースにそのようなつもりは無かったが、拒否されたように思ったのかエレミアは少し寂しそうな表情をしてアースの部屋を出ていく。

 

「――あ……くそっ、何をやってるんだ俺は……」


 おそらくは純粋に自分を気遣って様子を見に来てくれたのであろうエレミアに対して、自分の考え事で余裕を失い少しばかり冷たい態度を取ってしまった。

 館を離れて数日しか経っていないとは言え、もしかしたら積もる話でもあったのかもしれない。

 空回りする感情、押し寄せる不安を抱えながらこの日アースは眠りについた。



 翌日、先日レオナルドが出したお触れにより、領民達は街の広場に集められていた。

 広場の中央には数段の段差がある野外舞台が設けられており、アースやレオナルドを始め館に住む者達がそこに立っている。


「こんな所に集められて……今日はいったいどうしたんだ?」

「さあ? 何でも領主様よりお言葉があるそうだぞ」

「何か問題でもあったのかしら……?」


 集められた領民がざわざわと各々談話を繰り広げるなか、レオナルドが一歩前に出るとピタっと会話が止み、場に静寂が訪れる。

 領民達はレオナルドの一挙手一投足に注目すると同時に、レオナルドは広場全体に響き渡る声量で語り始める。

 

「――ゴホン、まずは忙しい中この場に集まってもらえたことを感謝する。今日はこの街に関わることで、諸君らに大事な話があるので聞いて欲しい!」


 ごくり、とその場にいる誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。

 数秒の間を置き、今度は先程よりやや声の調子を落としレオナルドは続けて語り出す。


「――我が領地はかねてより苦渋の日々を送ってきた。諸君らには我輩の不甲斐なさ故に苦労をかけて申し訳ないと思っている。しかしその時も終わりを迎える時が来た! その鍵となる人物を紹介しよう。アース、こちらへ来るのだ」


 ちょいちょいと手招きされたので、アースはレオナルドの隣に立つ。


「あの人って……」

「レオナルド様のとこの使用人だよな?」

「ああ、見たことがあるぞ」

「たまにうちに買い物に来るわね」

「高名な錬金術師って聞いたぞ」


 アースが滞在していた期間はそれほど長くはなかったが、あまり規模の大きな街ではなかったので、領民の殆どはアースのことを知っていた。

 面識の有り無しに関わらずその存在は知れ渡っているようだ。


「彼は『天与(ギフト)』持つ神に選ばれし者である! その力による恩恵は貧苦に喘ぐ我らを救うものとなるだろう! その力の一端として、現在領内に流通している薬品類の作成や、先日たった一日で鉱山へ続く街道を作って見せた!」


「あのポーションは彼が作っていたのか!」

「うちの娘もあれのおかげですぐに良くなったのよ」

「この間の新商品も凄かった! 徹夜の疲れがあっという間に吹っ飛んだよ!」

「昨日まで無かった道が、今日見たらあったんだ! 本当だぞ!」

「すごい……もしそんなことが出来るなら……」


 アースの作ったポーションなどの薬品類は街中に安価で流通しており、その効果は領民の殆どが身をもって体感している。

 道を作った事に関しても、その目で見たものが少なからずいた。


「凄い! そんな人が手を貸してくれるなら、俺達の街ももっと良くなる!」

「俺達を見捨てた帝都の連中を見返してやれるかもな!」

「ちゃんとした道が出来れば交易も可能になるかもしれんのう」


 リーフェルニア領は辺境の地にあるので、まともに交易ができていなかった。

 基本的には自給自足の生活で、領民の大半は農作業に従事しているが、街の開拓が滞っており充分な広さの畑が確保できていないため、食料品についてはあまり余裕のある状態ではなかった。

 交易が可能になれぱ高品質な薬品を足掛かりに、今まで領内になかった嗜好品などをはじめ様々な可能性が広がる。

 ようやく貧しい生活から抜け出せる希望を見出だした領民達は思い思いに騒ぎ立てる。


「――静粛に!」


 レオナルドの一喝に、再び静寂が訪れる。


「アースの力を借りるにあたって、当人から話があるとのことだ。よく聞いて欲しい」


 レオナルドはアースに目配せをすると、一歩下がりアースを前へと立たせる。

 アースは大きく深呼吸をした後、ゆっくりと語り始めた。




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