ガウェインの実力とその胸中
森へと入ったアース達はそれまでよりも慎重に歩を進める。
ガウェインが先頭で警戒し、その後ろにコハク、アースと続く。
「いいッスかコハク姉さん、魔物が出たら無理をせず俺に任せて欲しいッス。使用人の方も余計なことはしないでくださいね」
「りょーかいや」
「ああ、わかった」
コハクも一応は武装していたが、戦闘経験は無いらしく魔物相手に渡り合えるかどうかは未知数だ。
ここは土地勘のあるガウェインに任せておいたほうが良いとアースは判断した。
しばらく森の中を進むとガウェインが何かを感じたのかアースとコハクの前にスッと手を出し、二人に静止を促す。
それと同時にアースも何者かの気配を感じた。
どうやら複数の魔物から狙われているらしい。
「二人は木を背にして俺から離れないようにするッス! 動き回られると守りきれないかもしれないんで気を付けて!」
茂みが揺れ、3匹の狼の魔物が獰猛な唸り声をあげ姿を現す。
森に生息する魔物、フォレストウルフだ。
個々の脅威度はそこまで高くないが、群れで相対した場合には熟練の戦士と言えども注意が必要だ。
「フォレストウルフ! 3匹程度ならぁ!」
敵の姿を視認したと同時にガウェインが即座に剣を抜き先制攻撃を仕掛ける。
不意を突かれたのか1匹のフォレストウルフがまともに斬撃を受け、血飛沫をあげ倒れる。
「「ガルァァァァッ!!」」
残る二匹が標的をガウェインに絞り同時に襲い掛かるが、それを素早く冷静な体捌きで躱す。
「アサルトステップ! クイックムーブ!」
攻撃後の硬直を見逃さず身体強化の魔法と戦技の合わせ技で、2匹のフォレストウルフを一瞬で切り伏せる。
フォレストウルフ自体は低ランクの魔物だが、複数匹を相手に2人を守りながら戦うのは容易でないだろう。
事実ガウェインはレオナルドを除けば領内で随一と言ってもいいほどの剣の腕を持っていて、将来を有望視されている期待のルーキーだ。
戦闘力だけならば、冒険者に例えるなら現時点でCランク相当の実力はあるだろう。
Cランクに昇格するには冒険者として10年以上は実績を積まなければなれないとされる。
中には適正がなく、どう足掻いてもCランクに届かない者もいるほどだ。
大口を叩くだけあって実に見事な戦いっぷりであった。
「おおー! ガウ坊めっちゃ強いやん! 見かけによらんなぁ!」
「見かけによらないって……ひどいッスよ姉さん」
実際ガウェインの見た目としては年相応のやんちゃ坊主といった印象を持つ。
ここまでの腕になるのは相当な鍛錬が必要であっただろうにその苦労を感じさせないのは彼の人柄だろうか。
「……おそらく今のは偵察部隊のひとつッス。フォレストウルフは3匹単位の分隊で偵察をさせる習性があり、恐らく本隊の群れがそう遠くない位置にいると予想できるッス。さすがに一人で本隊の群れを相手にするのはキツイんでここからは注意して進みましょう。倒した魔物の素材も今回は回収してる暇はなさそうッス」
「それならこれを使うといい」
アースはマジックバッグから何らかの粉が入った麻袋をを取り出す。
「なんやそれ?」
「この粉を服に馴染ませると一時的に体臭を消すことが出来る。鼻のいいフォレストウルフには効果的だろう」
この粉はアースが開発したもので、あらゆる臭いの元となる成分を吸着・分解させる作用を持つ。
「そんなんあるんやなー。どれどれ」
コハクが粉を受け取り、服に馴染ませていく。
「くんくん。おー! 汗かいとったし臭うかなーと思っとったけど全然臭わんなぁ! すごいでこれ! ガウ坊も、ほれ」
「あ、どうもッス……」
渋々といった様子で服に粉をふりかけるガウェイン。
荷物持ちの使用人が活躍するのが気に食わないのか、どうやら今一つアースのことを信用していないようだ。
実際には効果抜群であり、アース達はその後フォレストウルフの群れに見つかることなく、日が落ちる頃には鉱山の入り口へと到着した。
「ここまで戦闘は一度しかなくめちゃくちゃ順調ッスね。暗くなってきたし鉱山に入る前にこの辺で野宿しましょうか」
「せやなー、さすがにクタクタや」
「了解した。準備しよう」
アースは道具を出し、テントを張るなど野宿の準備をてきぱきと進める。
あっという間に完成した野営地は普通ならかなりの大荷物になり実現は難しいのだが、マジックバッグの恩恵もあり一般的な野宿の設備とはかけ離れた充実ぶりであった。
「――それじゃあ俺が見張りするんで二人は寝てていいッスよ」
「いや、それだとガウェインが休めないだろう。俺が途中で交代するぞ?」
「いえ、何かあったときにすぐ対応できなければ困るんで大丈夫ッス。あんたが見張ってても魔物が出たら対処できないでしょう?」
「……そうか、なら休ませてもらおう」
何を言っても引く気はなさそうだったので、ここは言うことを聞いてテントの中へと入り仮眠することにした。
3時間は経っただろうか、アースが仮眠から目覚めると辺りはすっかりと静寂に包まれ焚火の音だけが聞こえる。
ガウェインが少しばかり気負い過ぎているところがあると心配したアースは、少し様子を見ようとテントから出ることにした。
すると、焚火の傍で剣を抱えながら座るガウェインと目が合う。
「……寝れないんスか? 何かあったら必ず俺が守るんで安心して欲しいッス。あんたに何かあったらお嬢に合わせる顔がない」
「いや、ガウェインのことが気になってな……お嬢って言うのはエレミアのことか?」
「そうッス。お嬢は俺の1コ上で、領民にも分け隔てなく接する方なんで、それこそガキの頃から弟みたいに可愛がってもらったッス。それなのに、久々に帰って来たら口を開けばあんたの事ばかり……」
「そうか、褒めてもらえるのは純粋に嬉しいな」
「いやそうじゃなくって――ああ! もう! つまりあんたに嫉妬と言うか何と言うか……とにかく気に入らなかったんス!」
自分の姉に近い存在が、ぽっと出の男に取られたような感覚がして、アースにきつく当たってしまっていたガウェインであったが、静寂の中一人思うところがあったのか、その胸中を正直にアースに打ち明けた。
性根の部分は悪人ではないので、人となりを知らずに冷たく接することに対する罪悪感の方が勝ったのであろう。
「そうか……すまない。他人と接する機会が少なかったのでそういったことには疎いんだ。俺に何か悪いところがあったなら遠慮なく指摘してほしい」
「いえ、俺もほぼ初対面の人にきつく当たってしまってすんませんした。反省したッス。お嬢が気に入ってるならそれなりの理由があると思うんで。……どうか今後ともお嬢をよろしくお願いするッス」
「ああ、俺にできることなら何でも力になろうと思っているよ」
「いやそっちじゃなくて…………これはお嬢も大変ッスね……」
「……ん? 何か言ったか?」
ボソッと呟いたガウェインの言葉は焚火の音に紛れアースの耳には届かなかった。
腹を割って話し合った二人は、多少打ち解けたのだろう。
エレミアの昔話などに花を咲かせこのまま朝まで語り合うのであった。