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エピローグ 想い描いた世界

「やったな! こいつ!」

「なによ! あんたが悪いんでしょ!」


 とある昼下がり、街の広場で子どもたちが言い争いをしていた。

 他愛のない日常的な光景に見えるが、数年前ではありえないことだった。何故ならば、言い争いをしている子どもたち全員の種族がバラバラなのだ。

 エルフやドワーフ、獣人やホビット、それらのハーフなど、様々な種族が一堂に会していた。


「うるさい! 俺がせっかく遊びに誘ってやったのに、ウジウジしてるこいつが悪いんだかんな!」


 そう言い放ったのは、竜人族と人間族のハーフの少年、ガルフ。竜人族の特性を持つ彼は回りの子供たちと比べ体も大きく、力も強い。近所のガキ大将的な存在だった。

 

「だからって突き飛ばすことないじゃない! 暴力反対!」

「同じことやり返しておいて、よくそんなこと言えるな!」


 ガルフに言い返したのは、人間族の少女ルーナ。体格などは年相応だが、かなり気が強いようだ。


「ル、ルーナ……僕がはっきりしないのが悪かったんだから、もういいよ」

「ロック! あんたそんなんだから舐められるのよ! 私の弟なんだから、たまにはビシッと言い返してやんなさいよ!」


 ルーナの弟であるロックは、姉とは正反対の性格をしており、内向的な面が多々見受けられる。


 喧嘩の原因は、そんな内向的なロックの態度にガルフが苛立ちを覚えたからだった。些細な理由ではあったが、ここまで口論がヒートアップしてしまったからには、両者とも引くことはできなくなっていた。


「「ぐぬぬ……!」」


 にらみ合いが続く中、この状況を打破する救世主が現れる。


「こら! みんな何やってるの? 喧嘩しちゃだめでしょ!」

「あ、ママ……その、ロックが突き飛ばされるの見て、つい……」


 ロックとルーナの帰りが遅いことを心配して様子を見に来た母親が、喧嘩の仲裁に現れたのだ。


「げっ……ルーナのお母さん、怒るとめっちゃ怖いんだよな……」

「ガルフ君? 君は他の子より力が強いんだから、お友達に暴力ふるったらダメってお父さんやお母さんに言われてるでしょ?」

「ち、ちが……その、俺はちょっと押しただけで……」


 母親のあまりもの剣幕に、涙目になるガルフ。他の子たちも、大人の登場に黙り込んでしまっている。 


「ルーナも、やられたからってやり返していいなんてこと、ないんだからね! もうちょっと考えてから行動しなさい!」

「はい……」


 我が子であるルーナに対しては、ガルフに向けた以上の剣幕でまくし立てたので、気が強いルーナもさすがにしゅんとしてしまった。


「お母さん……僕がいけないの。だから二人を叱らないであげて」


 母親の服の裾を掴みながら、ロックが涙目で訴える。


「ロック……そうね、二人ともわかってくれたみたいだし、私からはこれ以上何も言わないわ。でも、ちゃんと仲直りはしなきゃダメよ。何があったのか詳しく教えてちょうだい」


 当事者であるロックは、事の経緯を話し始める。


「えと、学校の帰りにガルフ君が裏山の探検に誘ってくれたんだけど……僕、どうしようか迷っちゃって答えられずにいたんだ。そしたら怒らせちゃったみたいで……」

「うん。それで、ロックはどうして迷ったの?」

「えと……明日はお父さんのお誕生日だから、お小遣いでプレゼントを買いにいこうと思ってたんだ。……でも、ガルフ君が誘ってくれたのも嬉しくて、どっちかに決められなかったの」


 その言葉を聞いた母親は、優しく微笑みながら、ロックの頭を撫でた。

 

「そっか……でも、ちゃんとそれを伝えなきゃダメよ? 黙ってたら勘違いされちゃうかもしれないんだからね?」

「……はい、お母さん」


 すると、ロックの事情を聞いたガルフが、ロックの前に突然立ち、勢いよく頭を下げた。


「すまねぇロック! そんな大事な用事があったなんて……探検はいつでもできるからよ、また今度誘うからさ。だから、俺のこと許してくれるか……?」

「ガルフ君……ううん、もともと僕は怒ってないよ。悪いのははっきりしない僕なんだから。だから僕が謝るよ。ガルフ君、ごめんなさい」

「ロック……へへ、じゃあ仲直りの握手だ!」

「うん!」


 二人は友情の握手を交わし、満面の笑みを浮かべている。これにて一件落着……と、思われたが、ただ一人、輪に入れないでいる人物がいた。


「……あーもう! これじゃああたしだけが悪者みたいじゃない!」

「ルーナ?」


 母親に凄まれ、しゅんとなるルーナ。

 

「ガルフ……その……やり返しちゃってごめんなさい。あたしが悪かったわ……」

「へっ! お前が大人しいと調子狂うぜ! 俺はちっとも気にしてなんかないのによ!」

「ななな、なんですって!? キィーッ! ガルフのアンポンタン! ……っていうかその探検ってやつあたしは誘われてないんですけど! そんな面白そうなこと、あたしが参加しないわけないでしょ!?」

「はっ、いいぜ。でも探検は今度だ! 今日はみんなでロックの買い物に付き合うんだからな!」


 ガルフ以外の子どもたちが頷く、今日の予定は満場一致で決定したようだ。

 

「ていうかルーナ、父親の誕生日なのに、お前はプレゼント買わなくていいのか?」

「あ……あたしは、その、お小遣い全部使っちゃったから……」

「ハハハッ! そんなことだろうと思った! ルーナらしいな!」

「ぐぬぬ……いいんだもん! かわりにパパのお手伝いいっぱいいっぱいするから、いいんだもん!」


 仲直りを果たした子どもたちは、早速街へと繰り出すようだ。

 ルーナとロックは、母親に別れを告げる。


「それじゃあママ、私もロックと一緒に行ってくるね」

「お母さん、お父さんにはこのこと内緒だよ?」

「はいはい、わかってるわよ。あまり遅くならないようにするのよ? 行ってらっしゃい」


 子どもたちは笑い合いながら歩いていく。仲直りしたことでより強固な絆を結べたようだ。

 

 広場に爽やかな風が吹く。広場に一人取り残された母親は、風で乱れた髪を手で直しながら、感慨深い気持ちで胸がいっぱいだった。


「ふふ……ルーナも、ロックも、他の子たちも、みんな優しく育ってくれているみたい――あっ」


 空を見上げ、ぼーっとしていた彼女の肩に、そっと外套がかけられる。


「あなた……」

「今日は肌寒い。ぼーっとしてると風邪をひくぞ?」


 優しく外套をかけたのは、彼女の夫である男性だった。

 直前まで夫自身が着ていたのであろう、その外套には僅かに温もりがあった。


「もしかして見ていたの?」

「途中から、な。俺が行くとややこしくなるかと思ったんで、君に任せていたんだが……まずかったか?」

「ふふ、そうね。今回はそれで正解かな」


 あの場に父親が現れていたら、ロックは正直に理由を話さなかっただろう。サプライズでプレゼントを渡すつもりだったのに、渡す本人が目の前にいたら言えるはずもない。


「そうか。父親というものは難しいものだな……ロックとルーナの二人には不満を抱かせてしまっていないだろうか」

「ふふ、大丈夫よ。ちゃんと良いお父さんできてると思うわ。それに、私にだっていつも正解がわかるわけさじゃないもの、いっしょに頑張りましょ?」

「ああ、そうだな」


 そう言って男は優しい笑顔を見せる。その表情を見た妻は、またしても感慨深い気持ちになった。


「無愛想だったあなたが、こんなにも自然に笑うようになったのね。子どもたちのおかげかしら」

「む……そんなに無愛想だったか? 君の前ではそんなことは無かった気がするんだが……。まあ、子どもたちの無邪気な笑顔を見ているだけで、幸せな気持ちになれるから……かもな」

「ふふっ、そうね。私も同じ気持ちよ」


 その時強い風が吹き、女性は身を震わせ、小さなくしゃみをした。


「さ、ここにいては冷えるだろう。家へ帰ろう」

「そうね、お夕飯の支度もしなきゃだしね」

「……さ、お手をどうぞ。お嬢様」

「もう、それはずっと前の呼び方でしょ? ふふっ、じゃあ、お言葉に甘えて……」


 差し出された手を取り、妻は悪戯っぽく微笑みこう告げた。


「ちゃんとエスコートしてよね、私の使用人さん?」





 繋いだその手の指には、二つの青い宝石が煌めいていた。

 その輝きは、二人を優しく包み、祝福しているようだった。


 手を取り、二人で笑い合い、他愛のない話をする。


 我が子を想い、時に叱り、時に見守る。


 ここは、そんな当たり前の願いが叶う場所。


 異なる種族同士が手を取り合い、共に生きる国。

 

 未開の土地を驚くべき速度で切り拓き、新たな国を作り上げた創始者。


 その偉大な名と、常にその傍らに咲く一輪の花になぞらえて、この国はこう名付けられた。

 

 『アースブルーム共和国』



 ――それはやがて、世界一の大国となる国の名であった。

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