無能な将軍
「……よし、ここからはお前達だけで進め」
リーフェルニア領を離れ、しばらくすると、突然ゴラウンが突拍子もないことを言ったのだった。
「……はい? どういうことですか?」
隊員の一人が、ゴラウンの言葉に気の抜けたような返事を返した。
他の隊員も呆気にとられたようで、中にはポカンと口を開けている者もおり、ゴラウンの意図を理解できずにいた。
「私はフレアルド様のところへ向かう。話で聞いた通りならば、まだ命はあるが倒れたままらしいからな」
「ああ……いえ、それでしたら隊長のお手を煩わせる訳にはいきません。適当な隊員を向かわせます」
「いや……ここは私に任せてくれないか? 確かめたいことがある」
「……? は、はい。わかりました」
隊員の一人は、不思議そうに首をかしげながらも、深くは聞かずにゴラウンの指示に従う。
「では頼んだぞ。捜索に時間がかかるかもしれないし、私のことは待たなくていい。少なくとも国境を越えるまでは先を急いでくれ」
「りょ、了解です!」
そう言うとゴラウンは方向転換し、フレアルドがいるだろう方角へと駆けていった。
「ゴラウン隊長……?」
その背中を見送るリューグの頭の中には疑問が残っていた。何故最初から全員で捜索に向かわずに、わざわざある程度進んでから一人だけ引き返すように捜索に向かったのか。
聡明な隊長のことだから、まさか忘れていたわけではあるまい。だとしたらその真意は何なのか。
追いかけようにも体はまだまともに動かせない。その事実を悔やみながら、リューグはあっという間に小さくなったその姿を、ただ見送ることしかできなかった。
ゴラウンが捜索を始めて一時間程経過した。
ようやくフレアルドを見つけたゴラウンが、すぐさま近くへと駆け寄る。
「かなりのダメージを受けている……それに、あの圧倒的であった魔力も殆ど感じない」
フレアルドの姿は、惨憺たる有り様だった。
全身に打撲の跡と出血。特に顔面からの出血が酷く、息があることが奇跡のように思えた。
現状ゴラウンには治療の術はない。このまま抱えて移動するしかないと考え、フレアルドに向けて手を伸ばしたその時だった。
「――っ!」
突然フレアルドの目が見開き、重症だとは思えない身のこなしで、瞬時にゴラウンとの距離を取ったのだ。
恐らくはフレアルドの生存本能が働いたのだろう。立ってはいるものの、意識は無い様子だった。
「フレアルド様! 私です、ゴラウンです!」
「――――はっ! ここは……?」
ゴラウンの呼び掛けで意識を取り戻したフレアルド。
その後しばらくは朦朧としていたが、気を失う前の記憶が蘇ってきたのか、静かに怒り始め、額に青筋を浮かべている。
やがて蓄積された怒りが爆発し、叫びとなって表れる。
「ガァァァァァァァァッ!!」
その叫びの気迫は凄まじかったが、体が感情に付いてこれていない。無理をしたので傷口から血が噴出していた。
「フレアルド様、落ち着いてください!」
「黙れ! この俺様が侮辱されたんだぞ! 戦いに敗れたというのに、殺されなかった……! あろうことか温情をかけやがった! 俺様なんていつでも殺せるってかァ……!? ふざけるんじゃねェ!」
フレアルドは純粋な戦士としての誇りを持っていた。彼にとって戦いに敗れるということは『死』を意味する。
だというのに、アースとの死闘の末に敗北したにも関わらず、息長らえてしまった。
これはフレアルドにとって最大の侮辱だ。
殺すつもりで戦った相手に見逃される。それは暗にフレアルド程度の実力なら、再び現れたとて簡単に返り討ちに出来るのだと、フレアルドは解釈した。
実際にアースとフレアルドが再戦した場合の結果は未知数だが、ともあれ今回見逃されたことをフレアルドは侮辱と受け取ったのだ。
「クソがァァァァッ!」
地面がひび割れる程の地団駄を踏み、怒りをあらわにするフレアルド。
しかし、体力は限界をとうに超えている。やがて崩れるように膝を突いた。
「ハァ……ハァ……クソッ! アースの野郎、絶対に許さねェ! 必ず殺しに行ってやる……!」
「――フレアルド様、もうあの方に固執するのはおやめください。これ以上手出しをしても戦況は悪化するだけです」
「黙れ! お前は俺様の言うことに従ってればいいんだよ!」
フレアルドはこのような状況に陥っても、ゴラウンの言葉に耳を傾けることはなかった。
アースを殺すことしか頭になく、目先の感情を優先して大局を見れていない。こんな男が指揮官なのだから、魔王軍はこうも劣勢を強いられているのだと、この時ゴラウンは確信した。
「フレアルド様! なりません、少なくとも今は大人しく撤退すべきです」
「あァ……もちろん療養のために一旦帰るさ。そんで……全快したら今度は俺様の軍隊を総動員して万全を期す……! あいつは守るものが多くなればなるほど隙を見せるからなァ! 圧倒的物量の前に屈するあいつの顔が早く見たいぜ! ハッハァ!」
「なっ……!?」
そのあまりにもの荒唐無稽な発言に、ゴラウンは言葉を失った。