仲裁と紹介
「もう! 二人とも何やってるの!」
突然現れたエレミアが、ずかずかと二人の間に割って入ると、耳を掴み力一杯に引っ張る。
「「いててててっ!」」
「大きな音がすると思って見に来たら……そこに正座しなさい!」
語気を荒げるエレミアに睨まれ、二人はやむを得ずその場に正座する。
素直に言うことを聞くあたり、どうやらこの大男はエレミアと面識があるようだ。
アースがリーフェルニア領に来てから一月余り。
その生活のなか、あまり広くない街で人口も多くないこともあり、殆どの領民と面識があった。
だが、遠目からもわかる程目立つ大男だと言うのに、アースは一度たりとも見かけるようなことはなかったのだった。
「まったくもう! なんで二人が戦うようなことになってるのよ!」
アースとしてはいきなり襲いかかられたので応戦しただけであったが、文句を言えるような雰囲気ではなかったので、沈黙を続けていた。
「アースは何で攻撃してたのよ! 一歩間違えていたらお互い無事では済まされなかったのかもしれないのよ!」
「……いや、背後からいきなり襲われてな。仕方なく無力化しようと応戦したんだが……」
その言葉を聞いたエレミアはため息をつき、一拍おいて大男の方をギロっと睨み付ける。
睨まれた大男は、ぴっと姿勢を正し、早口に弁明を始める。
「いやな? 久々にエレミアに会えると思って一人先行して突っ走って帰ってきたところにな? タイタンウッドを切り倒そうって輩がいたもんだから、賊か何かだと思って気絶させようと奇襲したわけさ! そしたら意外にやるもんだから、つい熱くなってだな……許しておくれよぅ、エレミアぁ!」
「情けない声を出さないでください! お父様!」
エレミアの言葉を聞き、アースはなるほどと納得する。
この大男がエレミアの父親か、と思いながら改めて大男を注視する。
エレミアの父親と言うことはこの街を治める領主であり、辺境伯という位の高い貴族である。
冒険者上がりだとは聞いていたが、アースが想像していた貴族とあまりにかけ離れた容姿に驚きを隠せないでいた。
「エレミア、この男が君の……?」
「ええ、アース。残念なことに――」
「ちょぉぉっと待ったぁぁ! お前達どんな関係なんだ!? もう名前で呼び合う関係なの!? お父さん許しませんよ!!」
突然エレミアの父が飛び起きて、アースの両肩を掴み激しく揺する。
「ちょっと、お父様! やめてよ! そんなんじゃないから!」
「そ、そうか……ならいいんだ」
エレミアに止められ、しぶしぶとエレミアの父親は両手を離し、アースはようやく激しい揺れから解放された。
「アースも、なんでタイタンウッドを伐採しようとしてたの?」
「……ああ、マリアに頼まれて薪を作ろうと思ってな」
「……あのね、アース。あなたは知らなかったのかも知れないけど、この木はタイタンウッドと言って高級木材として高値で取引されてるの。薪に使うなんて聞いたことないわよ? マリアに頼まれた時に聞かなかったかしら?」
「む。そう言えば別れ際に何か言いかけていたような……」
あの時は気がはやっていたので、やることを聞いた時点で他は何も聞かずに、即実行に移ってしまったとアースは反省する。
タイタンウッドは魔族領には比較的各地に群生しているので、希少価値は高くなく建材や、それこそアースは魔王城の周りにあったタイタンウッドを薪に使用していたのである。
人間族側の常識をもっと深く学ぶべきだったと痛感する。
「……すまない。俺の確認不足だった」
「大事には至らなかったし、わかってくれれば問題ないわ。……お父様も、戦いになると熱くなる癖はどうにかした方がいいと思うの」
「う、うむ……申し訳ない」
「――はい! じゃあこの話はおしまいね! 二人とも立って!」
エレミアは二人の手を取り、正座していた彼らを引っ張り、立ち上がらせようとする。
エレミアの誘導に従い、立ち上がる二人。
改めて並んでみると、エレミアの父親がいかに巨体なのかがわかる。
身長こそアースより多少大きい程度だが、その体は筋肉の鎧で覆われており体重はおそらくアースの倍はあるだろう。
この体格ならばあのパワーにも納得がいく。
「じゃあ、改めて紹介するわね。お父様、こちらはアース。一月前からうちで使用人として働いているわ」
「アースだ。よろしく頼む」
アースの態度は使用人が主人に対してするものではなかったが、器の大きさからか、エレミアの父は特に咎める様子もなく挨拶に応じる。
「うむ、我輩はレオナルド・リーフェルニア。貴公のような優れた武人が味方ならば心強い。以降よろしく頼むぞ!」
レオナルドがニカッと笑いながら、握手を求めるように右手を差し出してきたので、アースもそれに応じる。
先程までの雰囲気と違い、豪快さの中にも威厳が感じられる。
気が抜けたのか素なのかはわからないが、どうやら娘の前だとちょっと情けなくなる一面があるようだ。
「しかし、あの奇妙な武器は何なのだ? 盾に変形したように見えたのだが……」
「ああ、あれは……」
アースはエレミアに視線を送る。
先日『天与』持ちであることを言わないよう二人で話し合ったからだ。
アースの視線に気付いたエレミアは静かに頷く。
それを肯定と受け取ったアースは、レオナルドに対し説明を始める。
「あれは俺の『天与』の力だ。武器に仕掛けがあるわけではない」
「何っ!? 『天与』だと!? ……エレミア、一体どういうことだ? うちには『天与』持ちを雇う金は無いぞ?」
「彼の好意で、通常の使用人と同等の給金で働いてもらってるの。と言っても、『天与』持ちと知ったのは最近なんだけどね」
「そうなのか……『天与』持ちであれば帝都の大貴族のもとで働けば莫大な資産が築けるのだぞ? 或いは自らが貴族となることも容易かろう。だのにこんな辺境の使用人などに収まるとはな」
レオナルドの言うことは事実であったが、アースにはそのどちらにも興味は無かった。
魔王軍の動向は気になるところではあったが、今はただリーフェルニア領の人々の助けになりたいという気持ちが勝っている。
そもそもアース単身で帝都に行く事は非常に危険を伴う選択である。
アースの予想では、魔王軍と繋がりのある者が居ると睨んでいる。
それに帝都は国の中心部にあるので、素性が知られた場合逃げ道も無いからだ。
「金には興味がない。それに、エレミアには返しきれないような恩がある」
「カッカッカ! そうか、そうか! 貴公は実に面白い男であるな! しかし、その武力は実に頼もしい。次回の遠征に付き合ってもらおうかのう! カッカッカ!」
「お父様……彼は錬金術師で、その腕を見込んで製薬をお願いしてるのよ」
「何ぃ!? 錬金術師でありながら、元Aランク冒険者の我輩を凌駕する戦闘能力を持つというのか!? ……いや、『天与』持ちならありえるのか……?」
冒険者の強さはEランクからSランクまでの等級があり、Aランクともなると超一流と言っても過言ではなく、実質『天与』を持たないものが辿り着ける最高点である。
裏を返せば、Sランクになるには『天与』のような理を外れた力が必要になるということだ。
「……深く考えてもしかたあるまい! さて、久々の我が家に帰ろうか! 他の者も明日には着くだろう! 報告は皆が揃ってからにしよう。カッカッカ!」
「そうね、お父様。アースも、薪作りは後日でいいから一緒に帰りましょう? そろそろお昼時だもの」
「ああ、わかった」
一悶着を終えた三人は、揃って帰路へと着くのであった。
父親であるレオナルドが帰ってきたことで、エレミアが作る今日の昼食は期待できそうだと、アースは密かに期待し、笑みをこぼした。




