もう離さない
「そうか……その指輪は役目を果たしてくれたんだな。……エレミア、あの時は混乱していて状況を把握できてなかったかもしれないが、指輪を贈る意味はコハクから聞いた。その……知らなかったとはいえ、勘違いをさせるようなことをしてすまなかった」
「……ううん、いいの。アースだって知らなかっただけだし、この指輪は私のためを思って作ってくれたのよね? すごく嬉しかった――あっ……!」
役目を果たした指輪は、相当な負荷がかかっていたのだろう。堰を切ったかのように突然エレミアの掌の上でパラパラと崩れていく。指輪はものの数秒で砂のようになって、風と共に飛ばされていってしまった。
「あ……」
別れを惜しむかのように、悲しい表情を見せるエレミア。しかし無情にもエレミアの手元に残ったのは、ただの紐だけだった。
アースから贈られた物の中でも特別感があり、大事にしようと決めていたエレミアだったが、ものの数日で失ってしまったことに落胆する。
「そんな……せっかくアースから貰ったものなのに……!」
「――気にするな。必ずもう一度エレミアに指輪を贈ると約束する。もう一人の俺に大事なことを気付かせてもらったからな」
「やっぱり……あのアースは私達を助けてくれたのね。でも、大事なことって?」
「ああ。それはな……もう直接言わせてもらう。エレミア、また同じように左手の薬指に指輪を贈らせて欲しい。もちろん、その意味をわかった上でだ」
「えっ! そ、それって……?」
アースの言葉の意味を察したエレミアは、抱き締められた時よりも顔を紅潮させる。
「エレミア、君を失いかけて改めて思ったんだ。俺が魔族だろうが、何者かだなんて関係ない。君を誰かに奪われたくない、君の隣に立つのは俺じゃなければ嫌だと思ってしまったんだ」
「……!」
アースは自分の出自から、誰かと深い関係を持とうとはしなかった。
人間族でも魔族とも言えない、二つが混ざりあった歪な存在。故にアースは、生涯に渡り孤独を貫くものだと思っていた。
しかし偶然エレミアと出会い、彼の周りには仲間が増えた。
仲間達はアースが素性を明かしても尚、受け入れてくれた。それだけでも奇跡のような出来事だったので、それ以上の幸せを望むのは分不相応であると思っていた。
そんなアースが心から願ってしまったのだ。エレミアの隣にいたいと。彼女を誰にも渡したくないと。
アースが心から何かを望んだのはこれが初めてだった。初めて抱く感情。それ故に諦めたり、押し殺すなんて選択は出来なかった。
「でも、俺と同じような気持ちを抱いた人間族や魔族もどこかに必ず居るはずだ。そんな人々が大手を振って暮らせる世界……人間族と魔族が別け隔てなく暮らせる世界を俺は作りたい」
「……うん」
今のリーフェルニア領ならば、エレミアと共に暮らすことは叶うのだろう。しかし、それでは自分だけがのうのうと幸せを享受することになってしまう。
他にも種族を越えた愛情を抱いた者も必ずどこかに居るはずだ。アースの性格上、自分一人だけよければ他はどうなっても構わないという思考にはならなかった。
だから、エレミアと契りを交わすのであれば、同じような境遇を持つ人達が、臆することなく願いを叶えられる世界を作ってからだと、アースはそう決めたのだった。
エレミアもアースの言いたいことは理解していたので、その言葉を受けて静かに頷いた。
「だから……そんな世界が作れたら、改めて指輪を贈りたい。それまで……待っていてくれるか?」
「――――嫌」
エレミアの口から否定の言葉が出てきたので、アースの心臓が跳ね上がる。
なんとなくだが、アースはエレミアから好意を抱かれていることは感じ取っていた。だからと言っていきなり結婚の話をするのは飛躍しすぎたかと、アースは今更ながら後悔した。
しかし、その考えは続くエレミアの言葉によって否定される。
「もう待つだけなのは嫌なの。『俺が新しい世界を作る』ってアースは言うけど、もうアース一人で頑張る必要はないの。あなたの夢は私の夢でもある。だから私もあなたの隣に立つわ。指輪を受け取るその日まで……いいえ、その後もずっとよ。アースは私の使用人なんだから……拒否権なんて、ないんだからねっ……!」
そう言って、今度はエレミアからアースに抱きついた。
それに応えるように、アースもエレミアをそっと抱き締める。
お互い、大切な存在を身体全体で感じ取り、もう離さないように。