真意 sideアース
「まったく……世話の焼ける奴だな、お前は」
反転した世界。漆黒の世界から純白の世界へと変わったと思ったら、目の前にもう一人の俺が佇んでいた。
「お前! よくもエレミアを……!」
エレミアを苦しめた原因、その姿を確認した瞬間、俺は会話をする余裕もなくすぐさま掴みかかる。
先程の映像で見た通り肌は黒く染まっており、額には角まで生えていた。近付いてみてわかったが、体格も俺より一回りは大きくなっている。
「おいおい、焦んなって。もう俺には何もできねぇよ」
「何……? どういうことだ? それに、ここはいったい……」
「ここはどこでもない狭間の場所。まあ俺とお前が入れ代わる時だけに来られる中間地点みたいなもんだな」
「入れ代わる……俺は、元に戻れるのか?」
「ああ、お前の強い想いに俺が追い出されるような形で、不本意ながら……な」
そうだ、俺は彼女を……エレミアを救いたいと願った。そして光へと手を伸ばしたんだ。俺の願いが届いて光を掴めたのだろうか。
……いや、でもおかしい。何故こうもうまく事が運んだのだろうか。
都合よく外の映像が見えたのもそうだし、もし奴が本気でエレミアを殺すつもりだったら一瞬で事が済む筈だ。わざわざじっくりと時間をかける必要はないだろう。
それに、奴はこの状況にあって焦りもなければ、悔しがる様子もない。あまりにもあっさりと入れ代わる事実を受け入れている。
奴自身も表に出ることを望んでいた筈なのに。
「――お前まさか、俺にエレミアを思い出させるために意図的にあんなことを……?」
「フン、勘違いするなよ。別にお前のためじゃない」
俺のためじゃない……? だとしたら一体何故、誰のためにあんな真似をしたんだ。自分が表に出ていられなくなる可能性があるのはあいつだって理解している筈だ。
「……言っただろう? 俺はお前の記憶や感情を共有しているんだ。であれば俺が誰のために動いたのか、それはお前が一番よくわかるんじゃないか?」
誰のため? ――っ!? まさか、こいつもエレミアのことを――
「お前は……いや、だとしたら余計にわからない。エレミアを想うのならば、俺に体の主導権を渡す理由は無い筈だ。そのまま俺を装っていれば――」
「話は最後まで聞け。……あいつは大した女だ。俺がお前の中に居たのを薄々感づいていやがった。そして、入れ代わっていたことも。でもな、言葉を交わして……それでわかっちまったんだよ。あいつが誰を想い、誰のために危険を冒してまであそこに来たのかが。それは、俺じゃあなかった。それだけさ」
そうだ……エレミアは何故かあの場に現れ、そして炎に呑まれた。予め決めていた作戦とは違う行動だ。
「俺はよ、奪うことは得意だが何かを与えることなんてしたことがない。だからせめて一人ぐらい……俺にとって一番の存在が望むものは全て与えてやりたいんだ。だがあいつが……エレミアが求めていたのは他でもない、お前だったんだよ。だから、お前のケツをひっぱたいてやったんだよ」
「お前は……そこまで……!」
「おっと、勘違いするなよ。俺だってタダで代わってやるつもりはなかったんだぜ? 俺がやったのはお前の記憶を呼び起こす手伝いをしただけだ。
そこからは単純な意思力の勝負だ。お前がエレミアの事を思い出して、尚塞ぎ込んでいるような奴だったら表には出てこれなかっただろうよ。ま、それだけお前の想いが強かったんだろうぜ」
あくまでも条件を対等にしただけということか。
奴がその気になれば俺はあのまま闇に溶けていたのかもしれない。そう考えるとぞっとする。
「まあ、鈍感なお前もここまで御膳立てしてやったんだ。戻ったらどうするか、わかるよな?」
「ああ、わかっている。お前のおかげではっきりと気持ちが決まった。俺は……俺が何者であったとしても彼女と共にありたい。そして願わくば――」
「おっと、その先は直接言ってやるんだな」
「……わかった。ありがとう」
「フン……礼なんか言うんじゃねぇよ。……だが忘れるな、俺は消える訳じゃない。この先お前が不甲斐ない姿を見せるようなら、俺がすぐにお前の体を乗っ取ってやるからな」
もう一人の俺の言葉を胸に刻み、俺はゆっくりと頷いた。
それをきっかけとしたかのように、あいつは小さく鼻で笑った後、その体は粒子となって消えていった。
そして、消えていったその跡には扉が現れた。直感的にこの扉が現実世界へと繋がっているのだと理解できた。
俺は、ゆっくりと扉を開けた――