蹂躙
額の中央に一本の大きく鋭い角。肌も人間族と同じような色合いだったものが、浅黒く変化していた。
そして特に目を引くのが、体を巡る血を想起させるようか赤い模様が全身に浮き出ていた。
その姿は、歴代の魔王が戦闘中に見せる容貌と酷似していたのだった。
「アース……お前、その姿は何だ! それじゃあ……まるで……!」
『魔王』じゃないか。そう言いかけたフレアルドだったが、彼のプライドがそれを許さなかった。
魔王不在の中、自分以外の者が新たに魔王となることなど、生涯の大半をかけて魔王を目指したフレアルドが許容できるはずもない。
「安心しろよフレアルド。俺は魔王を名乗るつもりはない。今はな」
「ふ――ざけるなァァァッ!!」
アースの言葉にフレアルドは激昂し、瞬時に飛び起きてアースへと火球を放つ。
微動だにしないアースへと火球は直撃し、爆炎に包まれる。それを好機と見たフレアルドは次から次へと火球を打ち込み続けた。
「そらそらそらァァァ! そんな姿になったからって、調子にのってんじゃねェぞ!」
黒煙が立ちこめるなか、煙の中からゆっくりと歩いてくる人影が見えた。
「あちぃなあ、おい。再生するとはいえ、痛みも熱さも感じないわけじゃないんだぞ? 無駄な足掻きはやめてくれよ」
「グッ……化け物が……!」
煙の中から姿を現したアースは、全くの無傷であった。
否。傷は負っていたのだろうが、損傷しても瞬く間に再生し、あたかもダメージを受けていないように見えるのだ。
今のアースは基本能力が大幅に向上している。生半可な攻撃では、再生が追い付かないほどの致命傷を与えることは出来ない。
そして再生に使うエネルギーの供給源として、この土地からもエネルギー吸収していた。その証拠として、アースの周りの草木や地面が灰色に変色している。
灰色になった草木は朽ちるのを待つだけ。色を失った土地は草木も生えぬ死んだ土地となる。
死んだ土地からはエネルギー供給はできない。しかし少し移動すればいくらでも土地はある。つまりはほぼ無限に力を得ることが出来るのだ。
今の消耗した状態のフレアルドには、無限に近い再生能力を持つアースを打倒する手立てが無かった。
「さて、次はこっちからいくぞ。やられたらやり返す、当然だよな?」
「近づくなっ! オォォォッ!」
アースは一歩ずつゆっくりとフレアルドに歩み寄る。
対するフレアルドは必死に迎撃の炎を浴びせるが、アースはその全てを避けずに真正面から受けきった。
そして、アースがフレアルドの目の前に立つと、フレアルドは恐怖により膝が笑いだしてしまう。
「や……やめろ! 近寄るんじゃない……!」
「まずは俺がお前に受けた嫌がらせの分だ」
アースはフレアルドの腹部に拳を打ち込む。
その拳は頑健であるはずのフレアルドの筋肉の鎧を易々と打ち破り、深々とめり込んでいた。
「ごはっ!」
フレアルドは腹部に受けたダメージに耐えきれず、膝から崩れ落ちる。
アースは膝を突いたことでほどよい高さまで来たフレアルドの顔面目掛けて、すかさず蹴りを放った。
「これは、冤罪をかけられて殺されかけた時の分――」
「カハッ――!」
アースは蹴りを受けて吹き飛んでいくフレアルドに並走する。
吹き飛ばされているフレアルドの速度を越える超スピードによって、容易にフレアルドの背後まで移動したアースは、飛来するフレアルドの背を掌底で打ち上げる。
そのまますかさず跳躍。瞬く間に空中へ打ち上げられたフレアルドと同じ高さへと到達する。
「こいつが、殺されかけたお返しだ!」
両手を組み、思い切りフレアルドへと振り下ろす。
攻撃を受けたフレアルドは、重力の影響もありかなりの速度で地面へと叩きつけられた。
「ぐぅ……ガハッ!」
フレアルドは落下の衝撃で吐血し、立ち上がることも出来ずに地面に大の字で倒れていた。
次第に意識が朦朧とし始めたが、アースが近くへ来る足音からくる危機感で意識が覚醒する。
「クソ……! クソクソクソッ! 早く立ち上がれ……! まだ俺様は負けてねェ!」
フレアルドは反撃のため立ち上がろうとするが、受けたダメージによって足に力が入らず、上体を起こすだけに留まった。
「ほう、これだけ実力差を見せつけてまだ折れてないのか。さすがプライドだけは一人前だなあ、フレアルド」
「――! ふざけるな! どんなイカサマをしたのかは知らねェがな、俺様が負けるわけがないんだよ!」
「よく言うぜ……なら、体に刻み込んでやるよ。恐怖ってやつをさ」
アースはフレアルドの頭を鷲掴みにして、そのまま地面へと叩きつける。
「グガッ……!」
「こっからはただの俺の憂さ晴らし……蹂躙だ。泣いて喚いてももう遅いからな」
アースは仰向けに倒れたフレアルドに馬乗りになる。
その拳を、余すことなく食らわすために。