行かなくちゃ
「――ふんっ! ぬぐぅぉぉぉっ!」
レオナルドはリューグが押し潰されるすんでの所で倒れ込む鉄柱を支え、誰もいない場所へと軌道を逸らす。
「――ふぅ。間一髪であったな。誰か、この者の治療を頼む」
「私がやります」
エリザは誰よりも早くレオナルドの言葉に反応し、迅速に治療を始める。その手際は迅速かつ丁寧だ。
頭部に強い衝撃を受けたことで気を失ったリューグであったが、迅速な治療のおかげで死の危機からは免れるだろう。
意識を取り戻すのも時間の問題だと言える。
「ありがとうございます。レオナルド様」
マーカスがレオナルドの元へ駆け寄り、感謝の言葉と共に頭を下げる。
「なあに、礼ならこやつに言うのだな。お前の家族を救ったのは我輩ではないぞ」
気を失い倒れているリューグを指差し、レオナルドは告げた。
「いえ、私の家族の恩人を救っていただいた事に対してのお礼でございます。改めて、感謝いたします」
「そうか……そうだな。こやつが目を覚ましたら礼を言ってやるといい。喜ばれるかはわからんがな」
むしろ嫌がるかもな。と、リューグのこれまでの言動からレオナルドは空想する。
「はい、もちろんです。これで私の家族は二度も救われました。あの方は命を賭して体を張ってくれたのです。やはり魔族だろうとそうでなかろうと、大事なのは種族の違いなどではなく、その心の持ちようなのだと改めて実感しました」
「そうだな……それは我輩も感じたことだ。いつか、共に歩める日が来るとよいな」
「ええ、お互いに歩み寄る気持ちさえあれば、共存することだって出来るはずです。アースさんと私たちのように」
いつか手を取り合える日が来たのならば、この世界はより良い方向へと進んでゆけるだろう。
レオナルドはそんな未来を想像したが、轟音がそれを掻き消す。
「くっ……このままではまずいな。コハク! 現状はどうなっている? 大丈夫なのか?」
崩壊が進む避難所であったが、かといって全員外に出ようものなら少なからず犠牲は出てしまうだろう。
よってこの場に踏みとどまるのが最善ではあるのだが、避難所がどこまで耐えきれるのかが問題だ。
レオナルドはこの中で一番知識があるであろうコハクへ見解を求める。
「応急修理が間に合っとらん! アースのあんちゃんがいるならまだしも、このまま爆発が続けばいずれは全員ペチャンコやで……!」
「むぅ……出来る限りのことをする他はないか……!」
現状の厳しさにレオナルドは唸り声を発する。
「――ってゆうか嬢ちゃんの姿が見当たらへんのやけど、どこ行ったか知らんか!?」
「エレミアが……?」
レオナルドがここへ来た時にエレミアがコハクの近くに居たのは確認していた。
まさか崩落に巻き込まれたのかと、最悪の事態を想像してしまい、レオナルドの背筋が凍りつく。
「お父様!」
しかし、すぐに最愛の娘の声が耳に届いたので、レオナルドはほっと胸を撫で下ろす。
しかし、その安堵は一瞬のものであった。
「私、アースの所へ行くわ! 行かなくちゃ!」
レオナルドが声の聞こえた方へ振り向くと、エレミアはその手に『万能の霊薬・模造品』を抱え、避難所の出入口付近に居たのだ。
アースがこの戦いのためにと、残り少ない材料を全て費やして作った最後の一つ。それを持ってアースの所へ行くなどと、危険なことを言いながら。
「――なっ! 馬鹿な事を言うな! お前が行ったところでどうにもならんだろう!?」
「でもっ! アースは今でも戦ってくれているのよ! たまに爆発が途切れる時間があるわ。きっとアースが私たちを庇いながら戦ってくれているのよ!」
「――っ! それは……そうかもしれないが!」
レオナルドには身に覚えがあった。ゴラウンとの戦闘を終えた直後、理由不明の岩盤の隆起、そして青い光。
今考えると、あれはアースが領地側への攻撃を防いでいてくれたのだと理解できる。
あれだけの攻撃が出来る相手だ、何かを守りながらの戦いなど苦戦は必至だろう。
「だからと言ってお前が行く必要はない! その薬を我輩に渡せ、我輩が行く!」
確かに単独ならば、運が良ければ被害を受けずにアースの元へと辿り着けるかもしれない。だとしても、向かうのがエレミアでなければならない理由にはならないはずだ。
しかし、レオナルドの望みは虚しくも断たれることとなる。
レオナルドの言葉と同時に、出入口付近の天井が崩落し、エレミアが一人隔離される形となってしまう。
「エレミアっ!? 無事かっ! 返事をしてくれ! エレミア!」
「……お父様、わがままでごめんね。私が無謀なのはわかってる。でも、行かなくちゃって……今度は私がアースを助けなきゃって思ってしまったの」
瓦礫で姿は見えないが、エレミアから返事があったことでその無事を確認できた。
しかし、その口ぶりから意思の固さがひしひしと伝わる。
「――――何処へなりとも行くがいい……この馬鹿娘……」
崩落の影響で物理的にも止められず、一度決めたら頑固な娘を思い留まらせるのも不可能だと判断したレオナルドは、あえて冷たく言い放つ。
だが当然見捨てたのでも、見限ったわけでもない。わざと突き放すことで、エレミアの心の負担を軽くするつもりであった。
「ありがとう……行ってきます」
エレミアはそんなレオナルドの真意を汲み、決意を込めた瞳で炎が降り注ぐ地上へと向かったのだった。