薪作り
翌日、目覚めたアースは何か仕事がないか確認するために、エレミアの私室へと向かうことにした。
先日しばらく製薬は必要ないと聞いたので他に何か必要かエレミアに相談するためだ。
アースは魔王軍で様々な仕事をこなしてきたが、その殆どはフレアルドに休む暇もない程大量の雑用を押し付けられていたのであった。
しばらくそんな生活を続けていた影響か、いざ仕事が無くなると手持ち無沙汰になり、落ち着かなくなってしまう。
「まいったな……あの時は目の前のことで精一杯だったんだが、いざ自由になると何をしたらいいのかがわからない」
アースは今まで平和の為と思い、魔王の元で身を粉にして働いてきたが、その実自らの目標も無く、ただただ無為に時が過ぎていたことを思い知り、後悔する。
「俺があの時、魔王様に何かしてあげられれば、もっと上手くやれていたら、戦争なんて起きなかったのかもな……」
今までやってきたことが全て無駄だとは思わないが、これからはエレミアとも話し合って、自分にしか出来ないやるべきことをしようと、アースは思いを新たにする。
「――おっと、着いたか」
エレミアの部屋の扉をノックするも、返事がない。
まだ朝早いが、こんな時間からどこかに出掛けているのだろうか。
「あらアースさん、おはようございます。お嬢様なら朝早く市場へ向かわれましたよ」
部屋の前で立ち止まっているアースに、マリアが声をかける。
今日もいつも通りの給仕服でてきぱきと仕事をこなしているようだ。
アースが使用人として働き始めてからも、思えば館の雑務はほぼ彼女一人でこなしていたように思う。
アースにも使用人としての仕事が割り振られていたが最低限必要なことのみで、一日の大半は錬金術に集中できていたのもマリアの能力あってのことだろう。
「マリアか、おはよう。……市場か、何か大事な用事か?」
貴族の娘が町の市場に繰り出すとは一体どんな用事なのだろうと思い、マリアに訪ねる。
「ええ、近日中にご当主様がお帰りになられるので、食材探しに市場へ行かれました。だいぶ張り切っているようですね」
まるで年頃の妹を見守る姉のような笑みを浮かべ、楽しそうにマリアはそう語った。
見ているとわかるが、彼女たちの関係は使用人とその雇い主の関係ではなく、血の繋がりこそないが実際に姉妹のような間柄にあるのだろうと窺える。
「そういえば、以前父親のために料理を頑張っていると聞いたな」
マリアの説明を受け、アースは得心がいった。
買い物ぐらい誰かに任せればいいと思うが、父親に喜んでもらうために、自分で選びたかったのであろう。
そのおかげでアースも美味しい食事をとれていた。
エレミアの作る料理は、食べてもらう人への想いが込められていて、両親と暮らしていた頃を思い出すので、アースの密かな楽しみになっていた。
一番食べてもらいたい相手が数ヵ月ぶりに帰ってくるのだから、エレミアの張り切りようにも納得できる。
「しかし、まいったな。エレミアに相談があったのだが、しばらくは帰らなそうだし、邪魔するのも悪いか……」
直近の予定が崩れてしまったので、どうしたものかとアースは腕を組みながら呟いていた。
「……アースさん、今お手すきでいらっしゃるのですか? もしよろしければお手伝い頂きたい事があるのですが……」
それを見かねたのか、マリアがアースに仕事の助力を提案する。
いつもならマリアは一人でぱっと仕事を片付けてしまうので、こうやって頼られると少し嬉しくなってしまうアースであった。
「ああ、いいぞ」
直近の予定が崩れてしまったのでアースに断る理由はなく、内容も聞かずに即諾する。
「では、薪作りをお願いしてもよろしいでしょうか? 庭近くの林から手頃な木を数本切って頂いて構いませんので、これぐらいの大きさに切り揃えてください」
そう言って、マリアは手振りで30センチほどの薪を表現した。
薪としては標準的な大きさだろう。
「了解した」
「あちらに薪小屋がございます。必要な道具等は小屋の近くにありますのでそちらをお使いください」
マリアが窓越しに、庭にある薪小屋を指差す。
アースが外に視線を移すと、確かに薪の量が残り僅かとなっていたので、補充が必要なようだ。
「わかった、では早速取り掛かろう」
「はい、お願いいたします。それと――あっ」
マリアは何かを言いかけていたが、それを最後まで聞かずに、アースは作業のため足早に薪小屋へと向かったのであった。