魔王の死
『人間族』と『魔族』。
この世界、『ユースティア』に生きる人々は、大きく分けてこの二つの種族に分かれる。
『人間族』の中でもエルフ族やドワーフ族、『魔族』ならばゴブリン族やオーク族など、細分化するならば種族は多彩であるが、大分類として必ずどちらかに属している。
この二つの種族は遠い遠い昔。一説には生まれた瞬間より、お互いを相容れぬ存在として忌み嫌い合い、領土をめぐり血で血を洗う争いが絶えずにいた。
しかし近年、魔族を統べる王である『魔王』の代替わりをきっかけに、世界は平穏を取り戻すことになる。
血の気が多かった先代魔王に対し、当代魔王は超が付くほどの平和主義者であった。
当代魔王が即位してからというもの、その並外れた力と手腕によって、確実に争いは減り続けていた。
そして100年の時が経った今、人々は安寧の日々を享受している。
誰もがこのまま平穏な日々を送り続けたいと願っただろう。
しかし、そんな事は許さない言わんばかりに、まるでこの世界自体が争いを望むかのように、事態は急転直下を迎える。
――――魔王の死。
100年もの年月をかけ、人間族と魔族との橋渡しを続けた偉大な王の死は、瞬く間に世界中へと広まった。
魔王の死を契機に、世界は再び争いの歴史を繰り返そうとしていた。
魔族が暮らす国『サタノキア魔王国』。
この国で暮らす一人の青年がいた。
青年の名はアース。黒髪に黒目という、髪色などは全種族を通して珍しい特徴を持つが、角や翼などの身体的特徴を持つものが多い魔族の中において、何の特徴も持たない凡庸な見た目をしていた。
彼はサタノキアの王である魔王に次ぐ権力を持つ『魔王軍四天王』の一人であり、得意とする錬金術を用いて日夜研究に明け暮れていた。
まだ幼い頃、両親を亡くしたアースは路頭に迷っていたところを魔王に拾われる。
後にその才覚を魔王に見出され、現在では四天王の一角を任されるほどに成長する。
平和をこよなく愛した魔王の統治により、平和な世界を目の当たりにしてきたアースは、魔王の思想に同調し、その助けとなるべく日々身を粉にして働いていた。
そんな日々の中、アースは突然魔王の訃報を知らせる書状を受け取る。
それは、サタノキア魔王国に隣接する人間族が統治する世界最大の国家『ガンドルヴァ帝国』に、和平交渉の為に向かっていた魔王と、同伴していた王妃が会談中に暗殺されたという前代未聞の事件を知らせる書状であった。
「馬鹿な!? そ、そんな……どうして……!?」
魔王夫妻はそれこそアースにとって親代わりのような存在であり、その能力を認めてくれて、若輩の身でありながら四天王に抜擢してくれた恩人でもある。
それ故に、アースの受けた精神的衝撃は相当なものであった。
「――――落ち込んでばかりもいられない。このままだと徹底的な戦争に発展しかねないぞ……魔王様の望んだ平和な世界を守る為にも、俺がしっかりしなくては」
自国の王が殺害されて、黙っていられる者は少なくないだろう。
元来攻撃的な性格を持つ種族が多い魔族なら尚更だ。
国民の怒りを放置すれば、間違いなく戦争が起きてしまう。
アースは魔王の遺志を継ぎ、争いを止めるべく動くことを決めた。
魔王亡き今、最大権力を持つ四天王の一人として、戦争を回避できるよう全力を尽くすことを心に誓う。
「――そうと決まればこうしてはいられない。都合良く今日は四天王が集まる定例会議があったな。そこで間違いなくこの暗殺の件について話合われるだろう。時間的にも丁度いい」
アースは、作業台に置かれた数十本はあろうかという量の剣を紐で束ねた。
そしてそれを片手で難なく持ち上げ、肩へと担ぎ上げる。
「会議までは僅かに時間がある。先にこいつを納品してくるか」
錬金術師として働いていたアースだったが、武具の修理や薬品の補充管理、城壁の補修などおおよそ四天王の仕事ではないことも積極的に引き受け、休む暇もないほど奔走していた。
アースは外套のフードを目深に被り、部屋を出る。
手早く訓練所へ武具の納品を終え。しばらく歩くと会議が行われる王の間へと辿り着いた。
豪華な装飾が施された重厚な扉を開くと、会議用に設置された円卓の周りに3名の人影が見える。
他の四天王は既に着席しており、どうやらアースが一番最後に到着したようだ。
普段ならここに魔王も加わるのだが、空席の玉座が改めてアースの哀愁を誘う。
「ハッ! ノロマのアースがやっと来やがったか! ったく、グズグズしてんじゃねぇぞ!」
ガンッ、と円卓に手を叩きつけて威嚇する素振りを見せる男が、アースが入ってくるなり声を荒げる。
頭部にねじれた大きな角を持ち、背中には竜の翼を持つ竜人族の巨漢で、炎を操ることから『獄炎の魔将』の二つ名で呼ばれる魔王軍四天王の一人、陸軍部隊を率いる将軍フレアルドである。
「すまない、フレアルド。少し用事があってな……」
「ハッ! ――まァいい。全員揃ったし、会議を始めるぜ」
会議開始の予定時刻にはまだ早かったが、最後に入室したのは事実なので言い返すことはしなかった。
フレアルドはアースを小馬鹿にしたように、にやつきながらも会議の指揮を執る。
普段ならもう少し突っかかってくるのが常だが、さすがにこの状況ではそういったことはしないのだなと、この時アースは思っていた。
「あー、これはまだ四天王と一部の者にしか伝わっていねェことだが、先日魔王様が帝国の人間どもによって殺された。こいつァは許されることじゃねえ! 復讐だ! 帝国の連中に……いや、全ての人間族を相手に戦争を仕掛けてやろうぜ!!」
(やはりそうなるか……)
暗殺の件は、現状あまり周知はされていないようであったが、知れ渡るのも時間の問題だろう。
予想通りの展開に辟易しつつも、一旦他の四天王の意見を聞くためにアースは沈黙を続ける。
「儂は賛成じゃ。自国の王を殺されて黙って見過ごすことなどできん。魔族の誇りに傷をつけることになる」
いかにも老獪といった雰囲気で、鳥がそのまま二足歩行しているといった容姿が特徴の、鳥人族の男、空軍部隊大将のガルダリィがフレアルドに賛同する。
彼は魔族としての誇りを重んじる性格であるので、アースはガルダリィがそう答えるであろうことは予想していた。
また、先代魔王の時代から四天王に君臨し続ける老将であることから、四天王の中でも特に強い発言力を持つ。
「あァ、そうだよなァ! ガルダリィのオッサン! ……ミストリカ、お前はどうだ?」
ガルダリィの賛同を得たことで上機嫌なフレアルドが、四天王最後の一人であり、水のように透明な水色の髪が特徴の水妖族の女性、ミストリカへと問いかける。
彼女はもともと王妃の近衛兵であったが、頭角を現し現在は四天王の一人として海軍を率いている。
普段フレアルドがアースに対して強く当たるのを庇ってくれるような優しい性格であるので、戦争は反対派であるとアースは考えていた。
「……私も賛成よ」
「――っ! ミストリカ、本気なのか!?」
予想とは正反対のミストリカの答えに、アースは思わず語気を強めてその真意を問う。
「ええ、本気よアース。あなた王女様の様子を見た? 昨夜ぼろぼろの姿で魔王城へと帰ってきたのよ。それからずっと部屋に閉じこもったまま……今回後学のために魔王様達に随伴されたのだけど、一言も喋らないの。心を閉ざしてしまったみたい。おそらくは、目の前で……」
「――――ッ!!」
アースは恩人である魔王夫妻が殺害されたのに気を取られすぎて、報告書に記載があったにも関わらず、数名の部下と共に命からがら帰国した王女の事まで気が回っていなかった。
まだ年端もいかない少女にとって、今回の事件が彼女の精神にどれだけの影響を与えのかは想像に難くない。
それと同時に、王妃の近衛兵を務めていたころ、王女とまるで姉妹のように仲が良かったミストリカにとって、今回の件は許容できるものではなかったのだと納得する。
「よォし、それじゃあ満場一致で帝国のクソ野郎共に宣戦布告する。それで決定だ」
「――なっ、待てフレアルド! 俺は反対だ! 確かに由々しき事態ではあるが、魔王様の遺志を尊重し、慎重に事を運ぶべきだ。戦争などしたところで何も得るものはないぞ!」
フレアルドがさも自然に自分の意見を聞かずに話を進めるので、アースは慌てて口を挟んだ。
「魔王様亡き今、四天王の内誰か一人でも意見を違えた場合は決議とはならないはずだ。もう一度言う、俺は戦争を仕掛けるのは反対だ!」
魔王不在の今、この国の方針を決めるのはアース達四天王の役割だ。
当代魔王が定めた法律により、国の進退に関わるような大事を議論する場合、魔王が不在の場合は、四天王全員が賛成しなければ議決には至らない。
そのことから、アースの言い分はもっともだと言える。
しかしフレアルドはそんなアースの発言を聞くと、笑いを押し殺したように肩を小刻みに震わせた。
「……クックック」
「……フレアルド。何がおかしい」
フレアルドは意味深な態度を見せるが、その真意はアースにはわからなかった。
「いやァ実はな、アース。今回もう一つ重大な問題があってなァ……」
「なんだと……?」
今回の件と同等以上の事態が起きているのであれば無視はできない。
アースの頭の中で様々な可能性が巡る。
「あァ、今回の魔王様暗殺の件。どうやら魔族側から裏切り者がいるみたいだぜ……」
「本当か!? 一体誰が――」
フレアルドの口から告げられた言葉にアースは唖然とする。
このことが事実であれば魔王は同族によって殺されたも同然であり、最悪魔王軍の内部分裂が起きる恐れさえあった。
「それはな。……お前だよ、アース。お前が暗殺の手引きをしたとの報告がァ、上がってんだよ」
「――――なんだと?」
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