第8話 備えあれば憂いなし?
現時刻は8時30分。
少し早すぎるかもしれないが、遅刻するよりは良いし、新入社員なんだから、早めに来ていた方が良いだろう。
部署の前のドアのガラスは、既に明るい。
電気が点けられているようだ。
(この時間より前に、来ている人もいるのか……)
ドアを開けた次の瞬間に目に入って来たのは、椅子を3つ並べて寝ている人の姿だった。
学生時代に、会社に泊まる人がいるという事を聞いたことはあったが、実際に見るのは初めてだった。
(実際に居るんだな……と言うか、ああやって寝床を作って寝るのか……)
起こしたらいけないと思い、横をそっとすり抜けて自分の席へと向かう。
「おはようございます」
「おはよ~、水島。
明日なんだけど、歓迎会をやるつもりだけど、大丈夫か?」
出社すると同時に、歓迎会のお誘いだ。
歓迎会をやって貰えるのは有難いが、明日って……
「えと、ちょっと待ってください」
スマホのスケジュールを確認する。
特に予定は入っていない。
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、明日は皆で定時に上がって行くから、そのつもりで」
席について辺りを見回す。
迫野さんと北地課長が居るだけで、他の顔は見られない。
ひょっとして、うちの部署ってこの3人だけなのか? 荷物が置かれている席が何個かあるから、そんな事は無いと思うのだが……
PCに電源を入れ、Javaの本を開いていると、向こうから人がやって来た。
「おはよーっす」
「おはよーっす」
「おはよう」
「おはようございます」
近くの開いた席へと座った。
どうやら、部署の人らしい。
「水島、ちょっと良いか? 昨日、紹介できなかったけど、俺達の上に当たる人だから紹介しておくわ」
迫野さんに促されて、今来たばかりの人の下へと案内された。
「大砂さん、ちょっと良いですか? 昨日から来た水島です。
それで、こちらがリーダーの大砂さんだ。
俺達の取りまとめをしている」
「水島と言います。
よろしくお願いします」
「大砂です、お願いしますね。
えっと、中垣内はまだ……」
「来てないっすね」
「それじゃ、来たら紹介するけど、あと、中垣内って言うのがいて、このメンバーで仕事を進めていく感じになっている。
迫野が居なかったら、俺か中垣内に聞くようにしてくれ」
「分かりました。
よろしくお願いします」
その後、始業時間ギリギリに駆け込んでくる人影があった。
その人影が、大砂さんに連れられ紹介されて、初めて中垣内さんであることが分かった。
「それにしても、朝、ドアを開けたら椅子を並べて寝ている人が居たんで、びっくりしました」
「あぁ、あそこのチームは15日までに上げなきゃいけないって言っていたからな。
今が追い込みの時期だし、仕方が無いよ」
「やっぱり、期限が近づくと、あんな風になるんですか?」
「そうだな……大抵は帰れなくなるかな? 俺も寝袋、置いてあるし」
「寝袋で寝るんですか?」
「寝袋にインフレーターマットがあれば、床に寝ても身体が痛くならないからな」
「インフレーターマットって、何ですか?」
「キャンプとかで使うマットで、寝袋を買いに行った時に店員さんに勧められたんだ」
「へぇ、迫野さんって、キャンプするんですか?」
「いいや、しないよ。
会社で寝るとき用に寝袋を買いに行っただけだから」
俺も用意しておいた方が良いのだろうか……