第7話 通勤時間は誰のもの?
出社初日は、朝から晩まで目まぐるしく景色もやる事も変わり、ジェットコースターに乗せられている様な感じだった。
定時になり、迫野さんから「今日はもう上がって良いぞ」と言われ、帰り支度を始めた。
(仕事で使いそうなものは、引き出しの中へ入れておこう)
引き出しを開け、名刺入れに入りきらなかった名刺の余り、筆記用具などを仕舞い込む。
「迫野さん、今日お借りした本や設定書は、このままお借りしておいて大丈夫ですか?」
「あぁ、終わるまで持ってて良いよ」
「分かりました。
終わったらお返ししますね」
「うぃ」
ん? 変わった返事が聞こえたような気がするけど、気のせいか? とりあえず、許可が出たから借りたままにしておこう。
机の中へ仕舞おうとしたその時、迫野さんから声を掛けられた。
「Javaの本は、ここの時間だけで読み切れるの?」
「多分、大丈夫だと思います」
「それなら良いけど、通勤時間中は暇じゃない? その間も、読み進めれば良いと思うよ」
本来なら通勤時間は自由な時間のはずだから、本を読もうが寝ていようが問題ない筈だ。
勤務として読んでおくように言われた本を、汽車の中でも読んでおけと言われたら業務命令に当たるかも知れない。
だけど、俺が理屈を捏ねて通勤時間中の自由を勝ち取った所で、メリットは然程ある様には思えないし、迫野さんの心証は悪くなるだけだろう。
それに、持って帰ったとしても、本当に汽車の中で読んでいるかどうかは分からないと思う。
「そうですね。
持って帰って、汽車の中でも読んでいこうと思います」
「それが良いよ……って、ちょっと待った。
汽車って何?」
「汽車って、線路を走っている汽車の事ですが、他に何かあります?」
「あ~、電車の事ね。
汽車って言うから、何のことかと思ったよ」
「え? こっちでは汽車って言わないんですか?」
「言わないよ。
汽車と言えば……そうだな……蒸気機関車だろうし、」
「そうなんですか? うちの方は全部、汽車って言ってましたよ」
「なら、早目に分かって良かったと思うよ。
他で言っていたら、要らぬ恥をかいたかもしれないし」
「こっちだと、『電車』ですか? ディーゼルで走るのも『電車』ですか?」
「大体は『電車』で通じるけど、ディーゼルなら『列車』かなぁ」
「そうなんですね。
ありがとうございます」
こんな事でも田舎者と言うのがバレるのか……他にも色々とありそうだな……と考えながら、家路についた。
今日は帰りに、本を電車の中で読むつもりは無い。
何か、ドッと疲れた感じがしたから……