第5話 昨日、言ったよね?
「水島君、変更した工数、出してくれた? まだ来てないんだけど?」
磯島さんが席までやって来て告げた。
(変更した工数? 何のことだ?)
そう思い、怪訝な顔を磯島さんへと向ける。
「昨日、お客さんの方から価格交渉されているって伝えたでしょ? それで工数を下げて欲しいって」
「ちょっと待ってくださいよ。
あの時にきちんと『無理です』って伝えましたよね?」
「そうだったっけ? 『難しい』って話だったと思うけど? 難しいってことは再考する余地があるって事だよね?」
言った、言っていないに持ち込んで、どうしても工数を減らさせる作戦か? きっと、俺一人ならどうとでもできると踏んで、北地課長が居ない時を狙って来たな。
だけど、ここで認めたら俺が無事で済まないことが確定してしまう。
断固として認めるわけには行かない。
「いいえ、確かに『無理です』とお伝えしました。
北地課長も一緒にお聞きしているはずです。
北地課長が帰られましたら、そちらにお伺いいたしますので、確認してもらえますか?」
「お客さんは直ぐに見積もりが欲しいって言っているから、北地さんの帰りを待っている訳には行かないよ。
早く、工数を出してくれ」
お客さんの要求を呑もうとして、同じ会社の社員はどうでも良いって事か? 何故、こっちが割を食わなきゃいけないんだ?
「そう言う事でしたら、北地課長にお電話してみます。
打ち合わせ中かも知れず、後で怒られるかもしれませんが、事情が事情です。
多少、怒られるくらいなら、甘んじて受け入れます」
「いや、電話は止した方が良い。
あちらの都合もあるだろうし……」
「ですから、それで怒られたとしても受け入れると言っています。
電話してみますね」
俺が受話器へ手を伸ばそうとした、その時だった。
「あ~、そう言えば、佐藤さんから電話があったんだけど、あっちの見積もりはどうなってる?」
佐藤さんは、以前に大砂さんから引き継いだお客さんだ。
ちょっとした機能改修の依頼が来ていた。
其方の見積もりは、工数を出して直ぐに返したはずだけど?
「あっちは直ぐに返しましたよ。
机の上に置いておいたはずですけど?」
「そう? じゃあ、ちょっと確認して来るわ」
そう言い残して、自席へと帰って行った。
(一体、何だったんだ?)
状況を理解し、立ち直るにはもう少しの時間が必要だった。
とりあえず今言えることは、工数の見直しはしなくて済んだという事だろう。




