第6話 思った通りには動かない
コンパイルは通ったので、実際にテストへ行く前に軽く動作確認をしておこう。
最初から全て上手く行くと思うほど、自信過剰ではない。
せめて、正常系位は動くことは確認してからテストに移りたい。
話は逸れるのだが、隣の迫野さんは常に何かを呟きながらPCと向かい合って作業をしているので、傍から見るとちょっと怖い。
大砂さんに聞いたところ、真夜中でもあんな感じでやっているので、昔、警備の人と一騒動あったそうだ。
見回り中に呻き声の様なものが聞こえたので、緊急通報されそうになったらしい。
警備員が迫野さんの下へ駆けつけると、いつも通り呟きながら仕事をしていたのだが、警備員から声を掛けられた迫野さんが驚き、ひっくり返って椅子から落ちてしまった。
それで、腰を強く打ち付けてしまい、迫野さんは夜間病院へと担ぎ込まれることとなった。
それ以来、迫野さんの呟きは多少、声量は落ちたらしいのだが……
話を戻して、テスト前のテストを行ってみる。
最後まで動いたようだが、結果が違っている。
(ん~、おかしいなぁ……どうして上手く行かないんだろ?)
心の中で呟くのは問題ないはずだ。
少なくとも、周りには迷惑にならない筈だし、呻き声と間違えられるようなことは無いだろう。
(何処かでこの値が変わっている様なんだけど、変わるはずないんだけどな……)
プログラムを見直す。
(うん、別に弄っているところはないよな。
それなら変わらないだろ)
その後、何度実行してみても想定していた値とは違っていた。
(おかしいな……読み込んでいるだけだよな? 計算させてないから、変わる訳ないのに……)
他の所も、軽く確認していく。
問題はなさそうだ。
(じゃあ、何でここで値が変わるんだ?)
1時間ほど悩んだのだが、どうしても上手く動かない。
気分転換に、缶コーヒーを買いに行く。
缶コーヒーの自販機があるのは1つ下の階なので、そこまで行く必要がある。
普段ならば階段の上り下りが面倒で仕方がないのだけど、今はそのことも気分転換の材料の1つだ。
のんびりと階段を降りて自販機の前に行き、どれを買おうかと自販機の前で悩む。
今は、いつも飲んでいるやつの気分じゃない。
いつもとは違うブラックを選んで、自席へと戻る。
缶コーヒーを1口飲み、作業を再開し、プログラムを見ていく。
しかし、結果は変わらない。
(気分転換したら簡単に結果が変わる様なら、誰も苦労しないよな……)
もう、迫野さんに手伝ってもらおう。
「迫野さん、すみません。
今、動作確認をしていたのですが、どうしても分からなくて、助けてもらえませんか?」
「ん? いいよ~。
区切りつけるから、ちょっと待ってね」
いつものように軽い返事だ。
「どれ、どこが分からないの?」
「この変数がですね、読み込んでいるだけなのに値が変わっちゃうんですよ」
「ん~、どれどれ……」
迫野さんがプログラムを実行し、値が変わったことを確認した。
「ん~、成程ね……」
更に、迫野さんがプログラムを見ていく。
そして、プログラムのある行を表示させていた。
そこは、データを変数へ読み込んでいる部分だった。
「このメンバー変数、代入しているところが2か所あるけど、片方違うよね?」
「え?」
「ほら、こことここ。
同じ所に値突っ込んじゃっているよ。
確認してみて」
確認すると、確かに同じ変数に値を入れているところが2か所あった。
「ダメだよ~、思い込みでソースを見てちゃ」
「すみません、きちんと入れていたつもりだったんですが……」
「プログラムは思った通りに動くわけじゃなく、書いてある通りにしか動かないからね。
思い込みがあると、きちんと見れなくなるから気を付けてね」
「はい、分かりました。
ありがとうございます」
思い込みはいけない、か……




