71 たどり着いた先
森の中を静かに駆け抜ける。
口から吐き出された息が後ろへと流れ広がっていく。
目標へと近づくため足を運ぶが、その距離は一向に縮まることがない。
しかし歩みを止めることは出来ない。大切な仲間を見捨てるという選択肢などは存在しない。ただ仲間を助ける。それだけの為に、ただひたすら森の中を駆ける。
虎の姿をした偉丈夫。
その存在は、ただそこに立っているだけで他を圧倒する。そしてその見た目に見合うだけの力を持ち合わせていた。その豪腕から繰り出される一撃は相手を死に至らしめるに十分な破壊力があり、その強靭な脚力はたとえ防いだとして相手に深刻な深手を負わすことが出来る。
そしてなによりも目を瞠るのが、そんな馬鹿げた力を持ちながら力でゴリ押しするのではなく、確かな技術をもって戦いに挑む、力と技を持ち合わせた実力者だということだ。
力だけでも十分脅威であるのに、そこに技が加わる。それがどんなに驚異であるか想像に難くない。
事実、敗れてしまった。
そして大切な仲間であるピピィを奪われてしまう。
己の不甲斐なさで仲間を危険に晒す。
愚かとしか言いようがない。
相手に対してはもちろん、己に対しても抑えることの出来ない怒りが込み上げてくる。
確かに虎人は強かった。
しかし、それが何だというのだ。
相手が強いからと言って己が未熟でいい理由にはならない。
先の戦い、あれは完全に己の未熟が招いた結果である。相手の力に気圧され萎縮し、力を発揮することが出来なかった。全力で挑んでも勝てるかどうかわからない相手に対し、そんな態勢で臨めは負けるのは道理である。結果は始めから決まっていたのだ。
その結果現在に至る。
ピピィは奴らに攫われ、未だ助けられずにいる。
焦る気持ちはある。だが、それに飲まれてしまってはいけない。
それでは先と同じ結果になるのは必至。
だから焦ってはいけない。
――――――――――――――――――――
森の中をひた走る。
体からは汗が流れ心臓は早く鼓動する。
しかし体の熱とは反対に、心は静かに、何処までも冷静に。
どんな事態に陥っても常に平静をでいなければならない。
視野を広くもち、常に考え行動する。
叔父の言葉を思い出す。
常に冷静に、己の成すべきことを成す。
雑念は心を、体を、鈍らせる。
精神を研ぎ澄ませ、己を高める。
ああ、そうだ。
いつもとかわらない。
試合前にはいつもそうしていた。
自分が出来ることをすればいいんだ。
相手が格上。
それがなんだというのか。
叔父は常に自分の前にいた。
己より強い相手との戦いなど、いつものことではないか。
ならば今回も同じようにすればいい。
相手が格上だと認め、己の全てをぶつければ良いだけだ。
己の力を出し切ればいい。
虎人には悪いことをしてしまった。
真剣勝負だというのに、戦い望む状態ではなかった。
格下に舐めた態度をとられたのだ、さぞ不愉快だっただろう。
戦いを思い出す。
虎人はその高い技術をもって戦いに挑んでくれていた。
自分はそれに応えられなかった。
だからこそ、次は己の全てをぶつけよう。
――――――――――――――――――――
もうかなりの長い時間追跡をしている。
すでに日は暮れ、辺りは暗く空には星々が輝いている。
虎人との距離はそれほど縮まってはいなかった。ピピィを抱えての移動にも関わらず、その移動速度は落ちることなく進んでいた。驚嘆すべき脚力と持久力である。
いつまでも続くと思われた追跡劇であるが、どうやらそれも終わりが近付いているようだ。これまで止まることのなかった虎人のマーカーが、その移動する速度を緩め、そして完全に停止したのだ。
恐らくは街に着いたのだろう。残念ながらマップは訪れた場所しか表示することができない。そのため何もない空間に虎人のマーカーが表示されている状態になっている。
《《ミミ、そっちの状況は。》》
《《シュン、こっちは町に着いたわ。一度も訪れたことのない町ね。それで今しがた虎人が屋敷に入ったところよ。》》
《《屋敷?》》
《《ええ。どうやらこの屋敷にいる人物がピピィを連れてくるよう依頼した張本人みたいだわ。》》
《《どんな人物かわかる?》》
《《まだわからないわ。今屋敷の使用人みたいな人物に部屋に案内されているところよ。》》
《《使用人? そいつは……いや、その屋敷の人物は貴族なのか?》》
《《どうかしら、もう少し様子を見てみなきゃわからないわ。》》
もし貴族だとしたらかなり面倒なことになりそうだ。
まだこの世界に転移してから、そういった権力者には出会ったことはないが、人さらいをするような人種だとしたら、ろくなものではないだろう。
《《あっ!》》
《《ミミ、どうした!?》》
《《ピピィが別の部屋に連れていかれるみたい!》》
どうやら虎人がピピィを引き渡したみたいだ。
一瞬どうすべきか考え、そして決断する。
《《ミミ、虎人の方はいいからピピィに付いて行って。》》
《《わかったわ。》》
誰が何の目的でピピィをさらったのかわからないが、それでもやはりピピィを一人には出来ない。黒幕を知るよりも、ピピィに付き添ってもら方が重要だ。
《《どうやら何処かの部屋に閉じ込めておくみたいよ。それ専用の部屋があるみたい。___やっぱり、こいつらこれが初めてではないわね。これまでも同じようなことをしているみたいだわ。》》
《《ピピィと同じように、誰かを攫ってきているってこと?》》
《《こいつらの話を聴くに、そうみたいね。》》
ミミからもたらされた情報。
あることが頭をよぎる。
今回と同じように、子供をさらう人物、それに心当たりがあった。
そいつは、かつて同じように子供を攫っていた。
アネアやネルエルザたちを捕まえていた人物。
《《___今回の犯人、あの時の商人なのかもしれない。》》
《《商人? ……あの時ピピィに乱暴してきた奴の雇い主ね。》》
《《ああ。 あの時、あいつはピピィに関心をもっていた。そしてその日の夜、宿屋に襲撃してきた。》》
そう、あの商人は町での争いの後、こちらが泊まっていた宿屋に夜襲を仕掛けてきた。しかし、事前にその事を知っていたので無事襲撃をやり過ごすことが出来た。そしてその後、逆に奴らの荷馬車を街道にて襲撃し、そこで囚われていたアネアたちを開放したのだ。
荷馬車を移送してい連中は始末した。そして証拠となるようなものは完全に排除し足がつくようなヘマはしていないはず。
もし今回の誘拐事件の犯人が商人であるのならば、今回の拉致はおそらく仕返しなどといった物ではなく、ただ純粋にピピィを狙ったものなのだろう。もし襲撃のことをあの商人に知られているのであれば、攫われるのはピピィだけではなく、他の子らも連れ攫われたであろう。
《《どうやら地下に連れて行くようね。》》
《《地下か。そんなものをこしらえているとは、どうやら本当に色々と企んでいるようだな。》》
《《地面の下に後ろめたいものを隠そうとするなんて、悪人は本当にろくでもないわね。》》
《《その方が都合がいいんだろう。捕まえてきた者に大声を出されたりしたら周りの住人から色々と勘ぐられるだろうからな。地下ならば多少の声量など問題ないだろう。それに地下ならば逃げ道も限られてくる。まさにうってつけってわけだ。》》
《《本当にろくでもない連中___っ!?》》
《《ミミ?》》
通話の向こうでミミが息を呑むのが聞こえた。
《《ミミっ! どうしたっ!?》》
《《……っ なによこれっ……!》》




