66 圧倒的な圧力
森の中、誰も居ないはずの場所に突然として表示されたマーカー。
その存在は瞬く間に接近し、そして今目の前に存在している。
「ピィ!!」
「シュン!!」
ピピィとミミが慌てて近寄ってくる。そんな二人に対し大丈夫だと頷いて応える。他の子らは既に移動しており、この場には二人しか残っていない。
ミミは相手に姿が見えないので、問題ないのだが、ピピィには若干の不安がある。翼を持つピピィは空を飛ぶことが出来るので、いつでも直ぐに離脱することができる。とはいえ、今この場にいるのは危険でしかない。
しかし、今はそちらに意識を取られるわけにはいかない。一瞬の油断が命取りに繋がりかねない。
改めて目の前の男に目を向ける。
虎の顔をもつその男は堂々たる姿をしている。その圧倒的なまでの存在感に足がすくみそうになる程だ。優に二メートルは超えるだろうその体躯はまさに強者というに相応しい。
虎人はその鋭い視線を油断なくこちらに向けている。その体から放たれる圧力は物理的に押されているのではと錯覚してしまうほどだ。
『……なんの用だ。』
ひりつく喉をなんとか動かし、絞り出すように言葉を発する。
こちらの言葉に虎人はわずかに眉を動かす。
『__異国の者か。』
何が虎人の琴線に触れたのか、その顔にはあきらかに笑が含まれている。
『少なくとも周辺国の者ではないな。遥か遠方の者か、もしくは__別大陸の者か。』
『……』
『くだらぬ依頼だと思っていたが、よもや貴様のような者がいようとはな。少しは楽しめそうだ。』
『……依頼…』
虎人が発した言葉、そこに聞き流すことの出来ないものが含まれていた。
依頼とはいったいどういうことだ。何者かがこの虎人に襲撃するよう依頼でもしたというのか。
『ああそうだ。とは言え、貴様に依頼の内容を話す義理はない。そもそも依頼の目的や意味などワシには興味がない。それより___』
その顔により深い笑みを浮かべ、その瞳はより鋭くこちらを見据える。まるで獲物を見つけたかのような、獰猛な笑み。
『ワシの一撃を受け、苦もなく立ち上がれる者などそうは居ない。それに先ほどの反撃もなかなか。とっさの判断としては悪くない。』
虎人は己の腕を手前に上げてみせる。そこには僅かに血が流れていた。吹き飛ばされた時に撃ち返した弾により出来た傷であろう。
『ワシの毛皮に傷をつけるとはの。生半可な攻撃では傷つける事すら出来ぬのだがな。』
その傷口を舌で舐める。拭われた傷口からは既に血は流れていなかった。
思わず顔をしかめる。
9mmのハンドガンではその程度しか傷を負わす事が出来ないということだ。
もともとハンドガンでは熊などの大型獣にはあまり効き目がないとは言われていたが、その事実を目の前に突きつけられた形である。
『見たことの無い魔道具だが、少しばかり威力が足らぬようだな。いや、並の者ならばそれでも脅威になりえるか。しかし、それではワシには届かぬぞ。肉は貫けても命を取るには至らぬ。』
その顔に凶悪なまでの笑みを浮かべる。そしてそのまま腰を落とし構えを取る。
「……ピピィ、早く離れるんだ。」
「ぴ、ぴぃ…。 シュン、シュン!」
「ピピィっ! 早く!!」
「……!!」
目に涙を溜めながらピピィはバサッと翼をはためかせ空へと舞い上がる。
それを合図と言わんばかりに、虎人は一息の間で距離を詰め接近してくる。
「ちぃっ!!」
これ以上間を詰められないように銃を構え牽制する。
それを見た虎人は体を屈め、そして素早く横へ回り込むようにして射線から体を反らす。その動きは完全に銃の特性を理解しているそれだ。
虎人の素早い動きに対応するように、銃を体に密着した状態で射撃できるC.A.R.システムの構えを取る。先のガルムとの戦いで学んだ経験から超至近距離戦闘への対策である。
よりコンパクトに構えた事により射線に虎人の姿を捉える。側面から回り込むように接近してくる虎人は射撃の瞬間さらに身を屈め地面スレスレまで姿勢を低くする。それにより一瞬視界から虎人の姿が消え去る。
(さっきのはコレかっ!!)
咄嗟に腕と膝で体を守るように抱える。次の瞬間、先程と同じような衝撃が体に襲いかかる。虎人の強力な後ろ蹴り。体を屈め視界から消えた瞬間にコレを喰らえば確かに何をされたかわからないだろう。しかし、先程と違い今回は腕と膝でガードしているので、致命傷を回避することが出来た。
「ぐぅっ…!!」
しかし、それでもなお衝撃を全て吸収することが出来ず後ろへと吹き飛ばされてしまう。ガードした手足からミシミシと嫌な音が聞こえてくるが、なんとか受け止める事が出来た。
すぐに銃を構え直し反撃を行う。今度は明確に狙いをつけて弾を放つ。それを予測していた虎人は華麗に身を翻し射線からその身を反らす。虎人はその身体能力を活かし、銃弾を躱しながら攻撃を繰り出してくる。
虎人の鋭い爪が迫りくる。まともに喰らえば首から上が確実に吹き飛ばされるであろう横からの薙ぎ払いを上半身を屈めて攻撃を反らす。頭の上を轟音と共に鋭い爪が毛先を切り裂いていく。
横薙ぎの勢いそをそのまま回転力とし、裏肘を屈んた頭部へと繰り出してくる。肘を上体を上げることによって回避しバックステップして距離を離そうとするが、しかし虎人は前方へステップしさらに距離を詰める。
勢いをそのままに肩からの体当たりで体ごと吹き飛ばされバランスを崩される。その隙きを虎人は見逃さす、上段からの強烈な一撃を繰り出す。体勢が崩された状態では躱すのが難しく、たとえ銃を撃ったとしてもこの勢いを止めることが出来ないだろう。
銃を手放し素早くストックからマチェットを取り出す。そしてマチェットを上段に構え反対の腕でマチェットを支えるようにして虎人の上段の攻撃を受け止める。
刃を上向きに構えたマチェットが虎人の腕に食い込むが、それをものともせず虎人はさらに圧力をかけてくる。上からの圧にさらに体勢を崩され地面に膝を着く。
その圧力のまま虎人はマチェットを刃の上からでもお構いなしに掴み上げる。まるで万力で挟まれたかと錯覚してしまう程の力で押さえ込まれ、全く動かすことが出来ない。虎人は掴んだマチェットをその有無を言わせぬ膂力で己の方へと引きずり込む。
そのままではマズイ。既のところでマチェットを手放し、そして再び銃を構え間を置かずに連続で弾を撃ち込む。しかしそれを予期していた虎人は奪い取ったマチェットを射線へと割り込ませその銃弾を反らしていく。耳をつんざくような高音が幾度となく鳴り響く。
(マジかよっ!! ありえないだろっっ!! クソッ!!!)
超至近距離からの弾丸を刃物一つで弾き反らすといか、どんな化け物だ。
その曲芸じみた行動に焦りと苛立ちがつのる。理不尽にも程がある。
弾丸を撃ち尽くした事で、ハンドガンがホールドオープンとなる。
すぐさま銃を手放し次のマチェットを取り出し虎人の顔めがけ投擲。虎人はわずかに顔を反らすだけでそれを難なく躱す。その間に素早く後方へステップし間合いを広げ、さらなるマチェットを取り出し半身になって構える。
「___ふぅ」
大きく息を吐き出す。
出された空気を取り込むように深く息を吸い込む。
ほんの一呼吸の間の出来事であるにも関わらす、全身から滝のような汗が吹き出す。心臓はうるさいほどに悲鳴をあげ、呼吸するのにも苦労するほど心拍数が上昇している。
ほんの少しの時間にも関わらすひどく長く感じてしまう。
明らかにマズイ状況。
たった数度手合わせしただけで分かる。
自分よりも圧倒的強者だと。
その存在を前にして、完全にのまれてしまっている。
そしてその事に気がついてしまっている自分がいることに。
それが何よりもまずかった。
未だに止まることのない汗に、そして恐れからくる不安や焦り、それらを相手に気付かれないよう必死に冷静をよそおう。
こちらのそんな内情を知ってか知らずか、虎人はこの状況が愉快だと言わんばかりに、隠そうともぜず顔を歪んめながら笑い声をあげる。
『ククク、クッハッハ!! あの攻撃を受け無傷で切り抜けるか!そればかりかワシの攻撃を受けて、猶も反撃して来ようとは!!』
獰猛な笑いは、それだけで他を威圧する。
その威圧に対抗するべく心を強く持たなければ、潰されてしまいそうだ。
『魔道具使いなど、どれも練度が低い未熟者ばかりだと思っていたが、貴様のような奴がいようとはなっ! その魔道具、遠距離を主体とした物だろう。にもかかわらず、ワシに間を詰められ接近を許しても、猶状況を切り抜ける貴様のその確かな技術、見事としか言いようがない。』
こちらから奪い取ったマチェットを眺めるように手にし、その口角を上げる。
『近接戦闘も悪くない。久しぶりにひりつく感覚を味あわせてもらったぞ。 ククク、世の中面白い奴がまだまだいるものだ。』
今なお笑い声を上げている虎人を警戒しながら、静かに行動を起こす。
撃ち尽くしていた銃をスロットから再装填し、そして武器スロットの項目をP226xからM500xへと切り替えておく。P226xハンドガンで使用する9mm弾では虎人に僅かなダメージしか負わす事が出来なかったが、M500xで使用するのは、50口径という規格外の破壊力をもつ弾薬だ。その運動エネルギーは桁違いである。こればらな深手を負わすことができるだろう。
視線は虎人から決して離さず。そして確かにホルスターにM500xが装備されているのを静かに確認する。
『だが……』
これまで笑っていた虎人であるが、纏っていた空気が一変する。
そこには、顔に笑みを浮かべているものの、その瞳にはより鋭さが増していた。
『お遊びはそろそろ終わりにしなければなるまい。』
その大きな体をゆっくりと沈ませ腰を落とす。
虎人から発せられる圧力はさらに強まり、息苦しさが増していく。
張り詰めた空気が場を支配するの中、虎人はゆっくりと口を開く。
『_____簡単には死んでくれるなよ。』
虎人の足元が爆ぜる。その圧倒的な脚力により地面がえぐられ土が舞い上がる。
圧倒的な暴力が瞬き一つの間に目の前にまで迫りくる。
ホルスターから銃を抜くと同時に弾を撃ち出す。
虎人は弾丸の軌道にすでにマチェットを滑り込ませて___
ガキィン!!!
至近距離から発射されたマグナム弾はその鉄の刀身を貫く。
更に二発三発と弾を撃ち込む。
その度に弾丸はマチェットのその刀身を貫き削り取っていく。
そして四発目にしてマチェットは限界を迎え刀身の半ばから砕け散る。
それでも虎人の歩みは止まらない。
手にした武器が砕けたというのに何一つ変わらず、顔色一つ変えずに突き進む。
止まらぬ虎人へと更に弾丸を撃ち込む。
放たれた弾丸は砕けたマチェットでは防ぐことは出来ず、その弾は虎人の左肩へと着弾し、その肉を打ち破る。弾は肉深くへとめり込み血の花を咲かせる。
同時に自身の右腕に凄まじい衝撃が襲い、そして間を置かずに激痛が走る。
視線を移すとそこには刀身半ばから砕けたマチェットが深々と突き刺さっていた。
それが虎人が放ったマチェットだと理解した時___
既に遅かった。
「がはっっ!!」
『___捕まえたぞ。』
虎人の腕が、この身に届いていた。
その腕が、その大きな手が、喉元を掴み上げていた。
万力のような握力によって、首をギリギリと絞め上げていく。
「…っっ! …ぅぅ…っぐ! ガハッ……」
首を絞められ、気道を塞がれ息を吸うことが出来ず苦悶の表情をうかべる。
このままでは窒息__いや、首をへし折られてしまう。
『今の攻撃、これまでとは全くの別物であった。よもやあれ程のものとはな。だが、ワシの命を刈り取るには今一歩足りなかったようだな。』
虎人は己の撃ち抜かれた肩を目で示す。
マグナム弾は確かにその肉を貫いた。
しかし、それでも致命傷には至らなかった。
左手でM9xバヨネットナイフを取り出し虎人の顔めがけ突き刺す。
しかし繰り出したナイフは虎人の鋭い牙によって受け止められる。
さらに強く首を締め上げられ、ミシミシと嫌な音が首から聞こえてくる。
「……ッッ… …っぐぅ……」
虎人は口で受け止めていたナイフを吐き出し、そして口を開く。
『さて、それでは終わりとしよう。』
締め上げる腕にさらに力が加わる。
(……っつ! っざけるなよ…!!)
意識が飛びそうになるのを必死に耐え、左腕で虎人の腕を掴む。そのまま虎人の腕に飛びつくようにして体を持ち上げ、両の足を虎人の首へと巻きつける。
三角絞め
相手の肩と自分の脚を利用して相手の頸動脈を絞める技である。
『っ!?』
絞め技など食らった事などないのだろう、虎人の表情が僅かに崩れる。
そんな虎人に対し、さらに力を込め強く絞め上げる。
しかし虎人の手は、喉から外されることはなく、未だに首を絞め続ける。
両者が互いに相手を絞め上げる展開となっているが、状況はこちらが圧倒的に不利である。相手の腕はこちらの首を完全に絞め上げていのに対し、こちらの絞めは不完全だ。本来ならば、三角絞めは絡めた相手の腕を横に流し、両手で相手の首を手前に引き付けなければ絞めは完全には決まらない。
しかし、こちらの右腕にははマチェットが深々と突き刺さっており、使える状態でない。そして流すべき相手の腕は未だ喉元にかかっている。
「…っぐ! ぐぁああ!」
左手で再びナイフを取り出し、こちらの喉を掴んでいる腕にその刃を突き立てるが、
しかしその硬い毛皮と強靭な筋肉によってナイフの刃は阻まれる。
薄れゆく意識のなかナイフを手放し、武器スロットを操作しM500xからP226xへと入れ替える。すでにリロードされているその銃を再びホルスターから抜き出し虎人の顔面面へと突き出す。
弾を撃ち出す瞬間、虎人が左腕を銃へと伸ばし銃を掴み上げる。射線を外された弾は空へと虚しく撃ち出される。
「……ぐっ ぉぉぉおおお!!!」
痛みを無視しマチェットが突き刺さった右腕を動かす。そして渾身の力を込め再びナイフを手にし虎人のその顔面へと突き刺そうとし___
ふと体に浮遊感が訪れる。
虎人の腕に支えられている体が、その腕一本で上へと持ち上げられる。
ニメートルを超える虎人のさらに上に持ち上げられた体は、かなりの高さにまで上がっている。
マズイ
今なお首元を掴まれ、片腕は怪我をし使い物にならない。
完全に体の自由が効かない状態だ。
この状態では____
虎人はその圧倒的な膂力をもって地面へとその腕を振り下ろす。
そこに掴んでいるものと一緒に。
凄まじい衝撃音が森の中に鳴り響き、大地が激しく揺れ動く。
揺れが収まり、辺りは静けさを取り戻す。
虎人は悠然と立ち上がる。
その足元には、男が意識なく横たわっていた。
圧倒的強者の前になすすべなく敗れてしまいました。
はたしてこの先どうなってしまうのでしょうか。
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