65 急襲
「はふはふ 美味しいねぇっ!」
「ピピィ、美味しいのはわかったからもう少しゆっくり食べようね。」
「ぴぃ!」
「モグモグ 確かにシュンの作る料理はどれも美味しいからね。ピピィの気持ちもわからなくはないさ。」
「本当ですよね。シュンの料理って、お店で食べる料理より美味しい。」
「コクコク」
皆各々が美味しそうに料理を口にしており、それを眺めるだけでも作ったかいがあるというものだ。
この世界の料理は、元の世界の料理と比べて味気ないものが多い。不味いという訳ではないのだが、やはり元の世界のようなありとあらゆる調味料を際限なく使えるというわけにはいかない。食材にしても、品種改良などが世間一般に広まっているわけでもないので、どうしてもそれらの面で一歩遅れてしまうのだ。
だからといって全てが劣っているかと言うとそういうわけではない。自然の恵みなどは変わりなく確かな味わいを感じることが出来る。
現に今も山の幸をふんだんに盛り込んだ山菜の炒め物をライ麦パンで挟んだサンドイッチもどきを皆で食べている。本当は小麦を使用したパンを用いたかったか、この世界では小麦はまだ一般層が気軽に入手出来るほど広まってはおらず、比較的安価で入手できるライ麦を用いた黒パンでの代用である。
黒パンは固くそのままでは食べることが出来ないと思われているが、流通しているものはそれほど酷いものではない。噂通り食べるのに苦労するほど硬いものも中には存在するが、それも種類によってまちまちであり、今食べているのはそのまま普通に食べることができる程度の硬さである。この程度であれば色々と使いみちがあり、こうして三菜炒めとの合せで食べることも出来るのだ。
「シュン! シュン!」
マメが大きな声を上げながら近寄ってくる。その顔は満面の笑みを浮かべ、何かを期待するかのような表情をしている。
「ちょっとまっててね____よし、ちゃんと火が通ったかな。はいマメ。」
タレに漬け込んでいた肉を火で炒め、良い匂いが辺りに漂い食欲をそそる。ヨダレを垂らして待ての姿勢をしていたマメに、炒め終えた肉を先程炒めた山菜と一緒パンに挟んで手渡してあげる。待ちわびていたマメはヨダレが飛び散るのを気にせず勢いよく齧りつく。
肉好きには追加で肉を、野菜好きには山菜の盛り合わせを、それぞれ好みに合わせて作っていく。なお、アセナやスクォンクはタレに漬け込んでいない調味料少なめの肉を焼いて器に盛り付けて食べさせている。心配ないとは思うのだが、どうしても味の濃いものをあげるのは気が引けてしまう。見た目が犬そのものであるので、どうしても元の世界の感覚が抜けきっていないのだ。
ではマメやヤァコには与えて平気なのかという話にはなるのだが、この二人は、というか特にマメだが、一度味付けの無いものを勧めたら、それはもう、この世の終わりかというぐらい残念そうな顔をこれでもかと見せつけてくるので、皆と同じように調理したものを一緒に食べさせているのだ。
これまで特に問題はなたっから大丈夫だとは思うのだが、もし体調などが崩れるようなら食事に対して少し考え直さなければならないだろう。しかし、当の本人はそんなことお構いなしに、それはもう幸せそうに食事をしている。うちの子らは食べるのが大好きな子が多いので、できれば皆同じように気持ちよく食べてもらいたいと思うが作る側の想いではある。
「……」
「ミミ、どうかしたの?」
皆がそれそれ食事をしている中、ミミが森の奥の向こう側を見つめるように眺めている。
「……ううん、何でもないわ。」
「___そう? ならいいけど…」
何かが気になるのか、今も森の向こうを見つめている。
森の中に何か気になる事でもあったのだろうか。しかし、マップを見て確認しても、何か問題があるようにはみえない。このマップは周囲数キロにわたって敵勢の有無をかなり正確に把握することが出来る。それは森の中でも町の中でも変わらない。これはミミの精霊としての感知能力を共有することで知り得ることの出来る情報である。
そのミミが何かを感じ取ったのか森の中に気を向けているが、現在マップにはそれらしき表記はされていない。例え敵勢でなくても、何者かが潜んでいれば、それはマップに映し出される。
「…」
「ミミ、本当にどうしたの?」
「……なんか、森の中で何か気配みたいなのを感じた気がするんだけど……。 ううん、やっぱり気のせいみたいね」
「気配……」
森の奥で気配を感じたというが、やはりマップにはなにも写っていない。
「アネア、何か感じる?」
「__いえ、何も感じない」
アラクネ族は狩人として優れた能力を有している。しかしそんなアネアもやはり何も感じないようだ。
「念の為確認しに行ってみる?」
「いえ、そこまでする必要ないわよ。それにもし何かあれば自然が教えてくれるわ。」
そう言うとミミは食事を再開する。彼女がそういうのならば大丈夫なのだろう。しかし、念の為いつでも動けるよう心構えをしておく。用心に越したことはない。アネアも同じ考えに至ったのか、周りを気を配りながら食しをしているようだ。
それからしばらく、皆で普段通り食事をしていたが、何ら問題が起こることもなく時間が過ぎていった。
「ふあぁぁ」
食事をして満腹になったことで、眠気が訪れたのか欠伸をする子供らに、座敷を取り出し横になるスペースを確保する。するとすぐさまマメとヤァコは横になり丸くなる。この二人は本当に寝るのが好きなようだ。
ウルエルザも目を細め眠たそうにしている。そんな彼女の背中に手を添えるようにして座敷へといざない、休むように促す。
「ネルエルザも休んだらどうだい。」
「いえ、まだ片付けが残っていますので。」
食事の後の片付けをネルエルザはいつも率先して行ってくれている。彼女の水魔法はこうした事にもすごく役立っているのだ。例え近くに水場がなくても彼女の魔法があれば洗浄なども難なくこなすことが出きており、彼女のおかげで生活がかなり改善されているのだ。
「いつも手伝いありがとうね。」
「いえ、私に出来ることをしているだけですから。」
笑顔でそう応え、洗い物を再開する。本当にしっかりとした子である。
ネルエルザの頭を優しくなで、その後一緒になって後片付けをする。
片付けを終え、食後のお茶を取り出し、それを皆に手渡しゆっくりとした時間を過ごす。日差しが暖かく、とても気持ちがよい。
「午後は狩りの特訓だけど、今日は皆で行ってみようか。」
普段狩りはアネアやマメを中心として訓練を行っているが、たまに他の子らも交えて行う時もある。確かに勉強は大切だが、それだけでは生きていけない。そのため他の事もこうして訓練して学ばせているのだ。
特に弓やクロスボウなどといった技術を必要とする物は、こうした実践をしなければ上達することはない。なのでそういった意味もこめて狩りを行うのだ。
「そうですね。ウルも勉強ばかりよりも、適度に体を動かした方がやる気がでるでしょうし。あの子は勉強はあまり好きではないですからね。」
「頭から煙が出てたしね。」
午前のことを思い出し、思わず二人して笑ってしまう。
笑われた本人であるウルエルザは、マメやヤァコと一緒に今も気持ちよさそうに寝ている。もし笑われたとわかったら口を膨らませて拗ねている所だろう。
「さてっと。 もう少ししたら皆を起こし__」
「!!?」
頭の上で寝っ転がっていたミミが勢いよく起き上がり、そして驚いた表情を浮かべる。
「なんでっ!?」
「ミミ? いたいどうし__」
そう言葉を発しようとした時、思わず息をのむ。
これはいったいどういう事だ。
先程まで、マップには何も表示されていなかった。
周囲に何者かを示すマーカーは存在していなかった。
なのに何故___
__何故マップにマーカーが表示されている。
その表示は森の中、300Mほど離れた場所に確かに映し出されていた。
いったい何時から?
いや、そもそも何故今まで表示されていなかった?
マップの索敵範囲は数キロメートルは優に超えている。なのにこのマーカーの存在はこの距離まで索敵されることなく近寄ったというのか。
背中にゾワリとした感覚が流れる。
「エリィ! すぐに子供らを起こして! アセナはネルエルザを、アネアはウルエルザを抱えて移動! 避難場所は拠点B! 全員退避!! 急げ!!」
突然のことで皆驚いた様子であったが、それも一瞬で皆すぐに行動を開始する。
何かしらの緊急事態が起こった時に、すぐさま行動ができるように、普段から避難するための訓練を行っており、今回もそれと同じように素早く行動に移る。
この世界は元の世界とは比べ物にならないぐらい物騒である。その為こうした緊急時にすぐに動けるように事前に行動を起こせるよう入念に準備をしていたのだ。
足の遅い子らはアセナとアネアが抱え素早く移動する。そして手の空いた獣人であるマメとヤァコが周りを警戒しながら拠点へ退避する手はずである。
あらかじめ用意していた避難場所をいくつか設け、状況によって使い分け、そして避難する。そして、子供らを守りながら移動、もしくはしんがりをして安全に移動出来るようにするのが自分の役目である。
子供らは訓練通り迅速に行動する。
それを確認しながら再びマップに視線を移し____
「!!?」
先程までマーカーの場所はここより300Mほど離れていた。
それからほとんど時間は経過してない。
マーカーはすぐ後方にまで接近していた。
マーカーとの距離はわずか数メートル。
すぐさま振り向き銃を構える。
そこには何か巨大なものが物凄い速度で迫り___
瞬間それは一瞬視界から消えた。
「なっ___」
ドゴォッツ!!!!!
物凄い衝撃が体を貫いた。
その衝撃は凄まじく、かなりの勢いで後方へと吹き飛ばされる。
何かが砕ける音が体中を駆け巡る。
何が起こったか一瞬理解できなかった。
直前に構えていた銃を、後方に吹き飛ばされながらも、元いた場所に数発発砲する。これは意識して撃ったというよりも、ほぼ反射に近いものであった。
数メートルは吹き飛ばされたであろう体は、その勢いのまま地面を転がり続ける。何度も体を地面に打ち付け、やがて勢いをなくし停止する。
いったい何が起きたのか。
どうなった?
霞がかったような意識の中、ぼやけた頭は少しの間をおいて意識を取り戻していく。
「ガハッっ…! ゴボッ ごほっ!」
胃に溜め込んでいたものが勢いよく逆流し吐き出される。その吐瀉物には、おびただしい量の血が混じっていた。吐き出した血が地面を赤く塗りつぶす。
胃の中身を全て吐き出しても、苦しさが変わることがなく、呼吸をすることが出来ない。
まるで肺を押し潰されたかのように息を吸い込むことが出来なかった。
いや、実際潰れているのかも知れない。
吐き出した血の量をみても、内臓が傷ついているのは確実だ。
口から漏れる血の泡から、恐らく肺も傷つき血が溜まっているのだろう。
全身を襲う痛みと、呼吸困難からくる苦しみが体を支配する中、しかしながらうずくまっている暇はない。
痛みを無視し、動かない体を無理やり動かしすぐさまやるべきことを行う。
ストックから応急救護セットを取り出し素早く処置を施す。治療が進むにつれ次第に痛みが引いていき息を吸い込む事が出来るようになってくる。
「___っっ!! がはっ はっ! はっ!」
肺に不足していた酸素を吸い込み、荒い息使いを必死になって整えてく。
数度の深呼吸を繰り返し、ようやく乱れた息が収まっていく。
その間顔は吹き飛ばされた後方を常に見据えていた。
そこでようやく起こった出来事を理解していくことが出来た。
応急救護セットで治療したが全快するまでには至らず、未だに体を鈍い痛みが支配する。動きが鈍くなった体にムチを打ち、しかしけっしてそれを顔には出さす、後方をにらみつける。
「___手応えから確かに致命傷を与えたはずだったのだがな。」
大きな体躯の虎の姿をした男が、途方も無い威圧感を放ちながらそこに立っていた。
感想 評価 ブックマークお待ちしております。




