57 成功と失敗、ほろ苦い経験
「………うそ…」
そうポツリと言葉を漏らす。
ネルエルザの目の前には、拳大ほどの水の塊が水球となって浮かび上がっている。それを行ったのはネルエルザ本人である。しかし、それでも驚かずにはいられなかったのだろう。
「ほらっ。出来たじゃないか! すごいぞネルエルザ!」
かざしていた手を下ろし魔法を中断する。宙に浮いていた水は バシャッ と音を立てて地面へと広立っていく。
手のひらをじっと見つめていたネルエルザは、その視線を上へと向ける。
「……シュン、これっ……。」
「もともと下地はあったんだよ。ネルエルザは水を操れていたんだから、後はそれを活かすだけさ。最初出来なかったのは、上手く認識出来ていなかっただけ。でも今は違う。ちゃんと水というものを認識していた。目に見えなくってもね。だから出来たんだ。ネルエルザ、もう一回やってみて。」
ネルエルザはコクリと頷き、手をかざしもう一度魔法を唱える。
先ほどより明らかに短い時間で水は出現した。
明らかに能力が向上している。しかし、技術そのものが上達ているわけではないだろう。技術というものはそんなすぐに身につくものではない。これは理解力といってもいい。水という物質に対しての理解度。その違い今回の結果に繋がったのだ。
「おおっ! さっきより断然早くなってる! 凄いじゃない_____」
突然ネルエルザが抱きついてきた。それは物凄い勢いでタックルとってもいいほどの衝撃であった。
「ネルエルザ?」
声をかけると、ネルエルザが顔を上げてこちらを見つめてくる。目は見開かれ、頬は紅潮し、鼻息も荒くなっている。
「_____っ凄い! 出来た! 出来たよシュン!!! 」
「お、おお……。」
そのあまりの興奮っぷりに思わずたじろいてしまう。こちらの様子などお構いなしに、ネルエルザの興奮は収まることを知らなかった。普段冷静でお淑やかな彼女からは想像出来ないほどの乱れっぷりである。
「凄い! 見てくれました!? 私っ! 魔法で水を出現させることが出来たんです!! 熟練者じゃなきゃ出来ないって言われてたのに! 村でも魔力の扱いに長けた大人の人しか出来なかったのに!! 私出来ました!」
「お…、う、うん! 見てたよ。ちゃんと出来たね。凄いぞネルエルザ。」
抱きついてくるネルエルザの頭を撫でてあげると、彼女は嬉しそうに笑っている。エヘっ エヘヘっ と若干おかしな笑い方をしているが、おそらく興奮しているからだろう。 そんな奇妙な笑い方をしているネルエルザの頭をなで続けることしばらく。そろそろ落ち着いてきたであろう彼女は、ゆっくりと離れていく。
「もう一回やってみますね。感覚を忘れないうちにもっと練習しなくちゃ!」
それからネルエルザは何度も水を浮かび上がらせては消すということを繰り返していく。何度も繰り返すうちに、出現させられる水の量は増え、時間も比例するかのように短くなっていった。
どれほどの時間そうしていたであろう。途中で集中力が途切れることもなく、何度も繰り返し魔法を唱える。最後の方になると、その出現させる水の量は両手で抱える程にもなっていた。その量は明らかにガーゼに含まれた水のそれを上回っている。これは空気中の水分を、それも広範囲から集めなければ不可能であろう。
ネルエルザは自身を中心に十歩程度、半径七メートル前後の範囲でしか水を操れないと言っていた。しかし、その範囲内の水蒸気だけでは、この水の量はまかなえない。つまり、今回の魔法では、ネルエルザ自身が限界といっていた範囲の外まで魔法の影響が及んでいたと思われる。ネルエルザ自身それに気がづいているかは分からないが。
浮かび上がる大量の水は、ネルエルザが腕を下ろすと同時に地面へと拡散していく。魔法を唱えるのを止めたネルエルザは額に汗を浮かべ、そしてその場に座り込んでしまう。
「ネルエルザ?」
「うふふ…。ちょっと張り切り過ぎちゃいました…。」
水を操ることに夢中になってしまい、どうやら魔力を使い果たしてしまったようだ。頬は紅潮し、吐き出される息は荒いものになっている。
魔力がどういったものかは判らないが、その様子から体力やスタミナが無くなった時と同じように体に負担がかかっているのだろう。
「ほら、水でも飲んで落ち着いて。」
ストックから水袋を取り出しそれをネルエルザに手渡す。受け取ったネルエルザは、喉をならしながら水を飲んでいく。一息ついたネルエルザは何が面白かったのかクスクスと笑っている。
「ん、どうしたの?」
「いえ。あれだけ水を操っていたのに、今飲んでる水は別のものだなぁって思って。そう考えたらなんだかおかしくなっちゃって。」
そう言われて 「あっ確かにそうかも」 思ってしまった。
そんなネルエルザと顔を向け合うと、どちらからともなく笑い出してしまう。
ひとしきり笑いあった後、ネルエルザは立ち上がり、膝をパタパタとはたく。
「シュン、私、もっともっと、魔法を扱うの上手くなりたい!もっと色々な事を知って、沢山の事を学んで。誰にでも誇れるような! だから、これからも、いろんな事を教えて欲しいです!!」
拳を握り、己の決意を口にする。
「手助け出来ることであれば、幾らでも協力するよ。とはいっても魔法についてはド素人だけどね。あくまで一般的な知識しか教えられないけど。それでも役立てるよう努めるよ。一緒に頑張ろうね。」
「はいっ!!」
気持ちの良い返事で力強く応える。
きっとこの子はいろんな事を吸収し、立派に成長していくだろう。
そう感じさせる力強い瞳をしていた。
――――――――――――――――――――
川岸に設置された焚き火に串に刺された魚を地面に幾つも刺していく。
魚の焼ける香ばしい匂いは食欲をそそり、それに呼応するかのように腹が鳴き声を上げる。
「ワオーーンー!!」
腹だけでなく物理的に鳴く者も約一名いるが、それも仕方がないだろう。それほどこの匂いは魅力的だ。
「マメ、もうちょっとまっててね。もうすぐ焼けるから。」
焚き火の上に設置された台、そこに置かれた鍋からは、山菜や肉がふんだんに使われた栄養満点のスープがポコポコと湯気をたてている。灰汁を取りつつ味見をするが、なかなかのお味である。横目でちらりとマメの方を見ると、それはもう凄い顔になっている。「ボクは? ボクの分は?」 とでもいいたそうな目で、口からは大量のヨダレを延々と垂らしている。
そんなマメを落ち着かせ、その場でお座りするよう促す。もうほとんど犬である。
人数分の器を出し、それぞれにスープをよそう。
「よし、それじゃ皆でたべようか。いただきます。」
よそわれたスープを皆美味しそうに食べている。うちの子供たちは皆好き嫌いをしないので、とても作りがいがある。とはいえ、各自好みというものは当然あるのだが。
マメはその見た目通り肉が大好物で、肉であればなんでも来いという感じである。生で食べようとした時は流石に止めはしたが。___犬人って生肉は平気なのだろうか? 同じように、妖精犬であるアセナにも生肉を与えたことはなく、常に何かしら調理したものを与えていた。別に生でも問題ないようだが、彼女ひとりだけ生を与えるのは、なんだか申し訳ない気がして、最低でも火を通して与えていた。アセナ自身別段それに対して文句を言うでもなく、いつも美味しそうに食べているのでそれで良いのだろう。
ネルエルザとウルエルザは姉妹揃って野菜が好みで、いつも嬉しそうに食べている。特に姉のネルエルザはサラダ系に類される食材の味が生かされたものを、妹のウルエルザはしっかりと味付けされた料理が好みのようだ。もちろんそれ以外の方法で調理されたものも二人は別け隔てなく美味しそうに食べている。いつかドレッシングやマヨネーズを使ったものを食べさせてあげたいものだ。きっと二人とも喜んでくれるだろう。
狐人のヤァコはマメと同じく肉類を好んで食べるのだが、それよりも大の好物なのが果物であった。食事の後に果物を与えると、それはもうニコニコと美味しそうにモキュモキュと食べるのだ。本人的には果物さえあれば他に何も無くても問題ないというが、それだと栄養面で偏りが出来てしまうので、他の皆と同じようにバランスよく食事を与えている。ただ、食後に果物をねだりにトコトコと近寄ってくるのがなんとも愛らしい。普通であれば果物類は足がつきやすく常備するのは難しい。しかしこちらにはストックがあるので、常に新鮮な食材を頂くことが出来る。ヤァコはそれが大層気に入っていた。
アネアは狩猟民族ということもあり、肉が好物なのかと思っていたが、意外なことに彼女は穀物が好物なのだという。とうもろこしは言うに及ばず、豆類なども口元に笑みを浮かべながら食べていた。この異世界ではまだ大豆を目にしたことがないのだが、アネアによるときちんと存在しているようだ。その話を聞いた時、年甲斐もなく胸が高鳴ったものだ。大豆があれば様々な料理に使うことが出来る。納豆や豆腐、そして味噌汁である。しばらく食べていない日本食にどうしても恋い焦がれてしまうのも仕方がないだろう。穀物好きのアネアもきっと気に入ってくれるだろう。
「ぴぃ ほふっ ほふっ」
ピピィが串に刺さった焼き魚を両の翼で器用に掴んで美味しそうについばんでいる。本当器用に食べるものだといつも感心してしまう。
「ああ、ほら。 ピピィ、ほっぺにいっぱいくっついてるよ。」
「ピィ?」
口周りについた魚の身を拭いとってやる。
「もう少しゆっくり食べようね。ご飯は逃げたりしないよ。」
「ピィ! でもね! これすっごく美味しいんだよ! シュンも一緒に食べよう!美味しいよ!」
「うん、そうだね、美味しいね。 だからゆっくり。 ね?」
「ピィ!」
ほむほむと、美味しそうに頬張っていく。
……その、まぁ幸せそうに食べてくれるならそれでいいのかもしれない。
皆食べ盛りということで、刺していた魚がすぐに無くなってしまった。一応ひとり一匹ずつ用意したのだが、皆物足りなさそうにしている。
「しょうがない。追加で焼くか。」
ストックから魚を追加で取り出し、一つづつ串に刺していく。ちなみに血抜きや内臓の取り出しといった下ごしらえは既に終えている。ストック内の物は腐ることもないので、ある程度の処理は出来るときにまとめて行っているのだ。
「早く焼けないかなぁ。」
ウルエルザが体を左右に揺らしそわそわしている。
「川魚には、寄生虫なんかがついてるかもしれないから、ちゃんと火を通さないと食べられないよ。だから早く食べたくてもしっかりと焼かなきゃね。」
うーっと唸るように口を尖らせ魚を睨んでいる。そしてふと何かを思いついたような顔をする。
「そうだ! 火でいっぱい焼けばすぐに食べられるよ!!」
それは名案だと顔に笑みを浮かべ、そして手を前へとかざし、その大きな一つ眼に力が入る。
「んーーーーっ! えいっ!!!!!」
「え、あっ! ちょっとたんま…!!」
ボワッ!!
「あー、うん。 ウルエルザも少しづつ魔法の制御を覚えていこうね。」
「ううぅぅ……」
これも良い経験である。
ポロポロと涙を流すウルエルザの頭に手を置く。
涙とともに食べた魚は、彼女にとってほろ苦いものとなった。
第三章もそろそろ終わりが近づいて来ています!
そして次章では、怒涛の展開が__!
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