56 アプローチ
魔法についてある考えが頭をよぎる。そしてそれを確かめる為にネルエルザを伴って検証を行う。
「まず確認なんだけど、ネルエルザは手で水を直接触らなくても水を操る事が出来るんだよね。」
「はい。あまり遠くまで離れていると操る事が出来なくなりますけど、ある程度でしたら。感覚としては、そうですね____コレぐらいの範囲ですかね。」
そういうとネルエルザは自身が操れるという範囲を歩いてみせた。自身を中心に十歩程度離、距離にしておおよそ半径七メートル前後であろう。その中であれば操れるとなれば結構なものだと思う。
「なるほど…。それと、もう一つ確認なんだけど、例えば離れた距離によって操れる水の量に違いはあるのかな。」
「それは…、どうでしょうか。今まで試した事がないのでなんとも言えないです。」
「そうか。それじゃあ、まずはそれを試してみようか。」
距離による操れる量に違いがでるか計測を開始する、
まずは二人で川岸に行き、そこで今現在ネルエルザが操れるであろう限界まで水を集めてもらう。ゆっくり焦らずにと注意を促し、大きな水の塊を作り出してもらう。そしてその集めた水を、ストックから取り出した樽に移してもらう。この樽は事前に用意して置いたものである。食料を貯蔵したり水などを蓄えられる樽は、無くてはならない必要品なので、結構な数を用意してある。そのうちの幾つかはすでに使用しているが、まだ使用していない空の樽も複数残っている。
そんな樽の中にネルエルザが操った水を移したことを確認し、その量を計測する。樽の中の水は、目算で半分程度まで満たされていた。この樽の容量はおよそ100Lなので、およそ50L。重量にして五十キロの重さの水を操れることになる。これはかなりの量である。
「結構な重さを操れるってことか…。これは凄いな。ネルエルザ本人が持ち上げるよりも沢山の量を操れるのか。」
ネルエルザはまだ小さな子供なので、五十キロの物を持ち上げるなど不可能である。そうなってくると、尚更魔法というものについて気になってくる。この運動エネルギーはいったいどこから___いや、今は考えるべきではない。やることは他にあるのだ。
「それじゃあ、今度は離れた距離からこの樽の中の水を持ち上げてみてくれないかな。」
樽を川岸から離れた距離まで持っていき、そこから十歩ほど離れた場所にネルエルザを立たせ、そこで魔法を発動してもらう。
しばらく集中した後、樽の中の水はゆっくりと持ち上がっていく。空の樽を隣に置き、その中に操った水を移し替えていく。そうして移された新たな樽の中を確認すると、そこには二、三割り程度まで水が満たされていた。目算なので正確な量は測れないが、およそ20-30L。操れる水の量は50Lなので、マックスの半分程度までなら、離れた距離からでも操れるということになる。
距離によって操れる量が減少するというのは、これは魔力によるものが原因なのか力量、技術によるもなのかは、今の段階では判断することは出来ない。これは少しづつ検証していくしか無いだろう。
「なるほど…。ということは、離れる距離によって操れる量は比例するのか? でもそうると、十歩以上離れると操れなくなるというのは納得できないな…。普通に考えれば徐々に魔力の及ぼす影響が減っていって、そしてやがてゼロになるはず。だったらもっと距離が離れていても問題ないはず。んー、ここらへんも色入と検証していきたいな。___でも今は他のことに集中しよう。」
前方の水であれば問題なく操れる。それはある程度距離が離れていても同じである。ならば自身の後方はどうであろう。それを確かめるために次に行ったのは、後方の水を操れるかという実験である。
ネルエルザの後ろに樽を置き、視線はまっすぐ前を見たままで行う。これはネルエルザが水を直視しないでも操れるか確かめるためである。一度樽を確認したネルエルザは、その後前を向き、集中した様子で魔法を唱えていく。
いくらかの時間が経過していく。
直接水に触れるよりも長い時間を要し、そしてそれは起こった。
ネルエルザの後方に置いた樽のなかから水が浮かび上がっていったのだ。
ある程度の時間を要したことから、直接水を操るよりも難易度としては高いのだろう。しかし、それは今はあまり重要なことではない。
今回の実験でもっとも重要なこと___。
水を直接見ないでも、水そのものは操れるということだ。
これは水という存在を目で確認しないでも、そこに水という物があれば操れるということだ。
水という存在はいったい何か。
水、つまりH2O__酸素と水素が結合したもの。それが水だ。そしてそれは、どんなに大量にあろうと、一滴であろうと、水であることには変わらない。
今ネルエルザは後方の水を操った。水という存在を目で確認していなくてもだ。
つまり、視認することは魔法を操ることにとってさほど重要では無いということを意味する。つまり見えなくても操れるということである。
そう、見えなくても操れるのだ。
空気中には無数には見えない水が水蒸気として無数に存在する。これは決して無くなることはない。どんなに荒れ果てた砂漠でも存在するのだ。そして、大気には水を構成するために必要な原子、酸素と水素が存在している。
もちろんこの異世界の大気が地球と全く同じであるとは断言出来ないが、近い成分であるとは思われる。
水という物を視認しないでも操る事は確認できた。であるならば、たとえ目の前に水がなくても操る事が出来るはずである。
水がなくても水はあるのだ。
先程ネルエルザは、水を生み出すことは出来なかった。しかし水を構成する物は周囲に存在してる。
やはり、これは認識の違いなのかもしれない。ネルエルザは目に見えない水を認識できていないのだ。ならば、この認識を変えてやることができれば__。
「ネルエルザ、次はこれを操ってみて。」
ストックから不繊維ガーゼをネルエルザの前に取り出す。そしてそのガーゼに水を大量に吸わせる。
「その布に染みた水を操ればいいんですね。」
「うん。」
ネルエルザは魔法を唱える。短い時間、一呼吸しないうちにガーゼから水が分離する。集められた水が球となって浮かび上がる。
「うん、問題なく操れるね。どう、感覚として難しいと感じた?」
「いえ、それほど難しくはありません。」
「そう。それじゃあ、次も同じようにやってみて。」
先ほどを同じようにガーゼを水で濡らし目の前に持って行く。そしてネルエルザが魔法を唱えようとしたその瞬間、ガーゼを パンッ! とはためかせる。
洗濯物を干す前に服をはためかせるように、同じような事をガーゼでする。ガーゼに含まれた水は勢いよくガーゼから離れ、水しぶき__水蒸気となって霧散していく。
「……え?」
いきなりの行動にネルエルザがびっくりし、唱えていた魔法を中断してしまった。
「あっ! ゴメン! 先に言っておけばよかった。 もう一回同じようにするから、この布に付いていた水を操ってみて。出来そう?」
「え…? あ はい。 多分出来ると思います。」
ネルエルザに確認してから、もう一度先ほどと同じようにガーゼをはためかせ、辺りに水しぶきを撒き散らす。
先ほどと違い、事前に魔法を準備していたネルエルザは若干の時間がかかったものの、問題なく水球を浮かび上がらせていった。
「おおー。本当に出来た!」
「えっと……。これが何か?」
「えっとさ、今ネルエルザは水を操ったよね。どうやったの?」
「え? えっと、布に付いていた水を操っただけですけど…。」
「そう、普通に操ったんだよね? この布に付いていた水を。」
「はい、そうですけど……」
「でもさ、目の前に水は無かったよね?」
「え?」
「ネルエルザが水を操った時、目の前に水は無かったよね。」
「いえ、布にかかっていた水が___」
「そう、布には水が染みていた。でもさ、その水は操る瞬間目では視認出来ていなかったよね。霧状になっていたから目には映らなかったはずだよね。でもネルエルザは操れた。水というものを認識していたから、目に見えなくても操れたんだ。」
ネルエルザは困惑した様子をしている。彼は何を言っているのだろう。目の前に有るのだから当然だ。そう言いたいのだろう。
「そう、操れたんだ。認識出来ていたからね。それで、思い出して欲しいんだ。ネルエルザは最初、何も無いところから水を生み出すことが出来なかった。でもさ、よく考えて。さっきは操れたよね水を。視認できなくても操れた。でも最初は操れなかった。でも、それって不思議じゃないかな。最初と今とで、何が違うのかな。両方とも水を視認できていなかったのに。」
ガーゼに水を含ませ、それを先ほどを同じようにはためかせ水を霧散させる。そしてしばらの間を置き、ネルエルザに問う。
「周りをよく見て。観察して。最初の時と状況__条件は一緒なんだよ。」
ネルエルザは困惑しながらも、状況を思い出し、そして色々と考えているようだ。そして、しばらく思考していて、そしてしだいに目を大きく見開き、何かに気がついたような様子を見せる。
「え、でも……、それって…」
「そう。 目の前に水が無くっても、水というものは、存在しているんだ。」
再び水で濡らしたガーゼをはためかせ、水蒸気をつくる。それは霧散しやがて完全に見えなくなった。
「今、目の前に水は無いよね。でもさ、このガーゼに含まれていた水はどこに行ったのかな。 そう、どこにも行ってないんだ。見えないだけで、確かに存在しているんだ。」
ネルエルザは、大きく目を見開き、そして何かを確かめるかのように、手を目の前にかざす。そして集中していく。
「意識して、ネルエルザ。今ネルエルザの周りには無数の水が存在しているんだ。ただ見えないだけ。小さな小さな粒となって存在しているんだ。その小さな粒を集めるだけ。いつもやっている水操作と同じ。ただ水の粒が小さいだけだよ。意識して。周りに水はある。沢山あるんだ。それを意識して。」
小さな水の粒___水蒸気。突き詰めればそれはH2Oとい物の集合体でしかない。たとえH2Oというものを知らなくても。理解出来ていなくても、小さな水の粒が集まって水となるということをネルエルザは認識出来たはずだ。
それならば___
長い時間。
どれだけ集中していたであろうか。ネルエルザは何も無い空間に手を向け、魔力を流し魔法を唱えている。いや、何も無い空間ではない。そこに確かにある、水というものに魔力を流しているのだ。
今考えていることを、それを確かめるかのように。
ネルエルザはただひたすら試行を繰り返していく。
出来なかった事を行うのは物凄く大変なことである。それは何を行うにしても同じだ。しかし、一度行うことが出来たものは、次は意外とすんなり出来てしまう事もある。ようはコツを掴むというやつである。
出来る下地はすでに整っている。であるならば___
「………うそ…」
ネルエルザの目の前。
手をかざしたその先に、水の塊が水球となって浮かび上がっていた。
少しずつ実験していくネルエルザたち。
彼女はどう成長していくんでしょうかね。
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