55 意識の違い
「んんーーーーーーーっ!!」
ネルエルザが手を前にかざし、集中した様子でじっと目の前の空間を見つめている。見つめるというより睨みつけるといった方が正しいのかもしれない。三つの瞳は真剣な眼差しで、ネルエルザの本気度が伺える。
じっと動かず、集中して何もない空間を見つめていたが、時間が経つに連れ次第に額から汗が流れ、そして注意力も散漫になり、やがてぺたりとその場に座り込んでしまう。
「ぷはぁーーーっ。 もうだめぇぇーー。」
地べたに座り込み、顔を上に向け深い溜め息を漏らす。
「やっぱり難しすぎるよぉ…。」
「でも、理論としては間違っていないと思うんだよなぁ。実際に水が操れるんだから、目の前に水が無いとしても、生み出すことができるはずなんだよ。」
「シュンはそう言うけど…。んーー、やっぱり原子とか分子とか元素とかいまいちよく解らない……。目で見えないのに理解するなんて難し過ぎます…。」
「最初は無理に理解しなくてもいいんだよ。少しずつ基礎を学んでいけばいい。今は現象を想像して、それを再現できるようにイメージする。焦らずゆっくりやっていこう。」
「うぅぅーー。 私には難しすぎ……。」
ネルエルザは塞ぎ込むように俯く。科学の基礎を学ぶ機会がなかったネルエルザにとっては、やはり基礎的なこととは言え、それらを理解するのに苦しんでいるのであった。
「今日はもうお終いにする?」
あまり根を詰め過ぎても良くないだろう。そう思い特訓の終了を提案すると、俯きながらも顔を横に振り拒否してくる。
「早く習得できるようになりたい…。もっとシュンの役に立ちたいんだもん…。」
小さい頬をプクッと膨らませ、若干すねたような態度でそんなことを口にする。そんなネルエルザの態度に思わず笑ってしまう。
「ああーーっ!! 笑った!! どうせ私のこと子供っぽいって思っているんでしょ!!」
立ち上がり両手を上げてポカポカと胸のあたりを殴ってくる。その子供っぽい仕草に、さらに笑みを浮かべてしまう。
「ああ!!またーー!!」
頭をグリグリと押しつけ、さらに強く胸を叩いてくる。顔を押し付けてくることでその表情は伺えないが、耳まで真っ赤になっている様子から、少々からかい過ぎたと反省する。
「ごめんごめんっ! 別に子供っぽくて笑ったわけじゃないからっ! ただ微笑ましかっただけだよ! 」
確かに最初の笑いはそうかもしれないが、後半の笑いは明らかに子供っぽい仕草に笑ってしまったもだった。しかし、そんなことはおくびにも出さないで言い訳をする。
「……本当に?」
「本当だって!! だからもう怒らないで。 ね?」
「うん……」
振り上げた腕を下ろし、頭をコテンと預けてくる。その頭を手で撫でてやると、怒りが収まり落ち着いてきたのか、気持ちよさそうな声が微かに聞こえてくる。
そんなネルエルザの様子に苦笑しながらも、そんな姿が微笑ましく思えた。出会った頃よりだいぶ懐いてくれるようようになったものだと。そんな事を考えていた。
最初に出会った時、ネルエルザは妹を必死に守ろうと無理をしていた。そこに子供らしさはあまり感じられなかった。どこか構えていて、それでいて本来の自分を抑え___いや、素の自分を出すのを、子供である面を出すのを恐れていたのだ。子供のままではでは妹を守れない。そうやって生きてきたのだろう。
そんなネルエルザの心をどうにか救ってやりたい。そして本来の自分を取り戻してほしかった。子供は子供らしく、心からの笑顔で生を楽しんでほしかった。
それからというもの、どうにか心を開いてもらえるよう、せめて一緒に居る時だけでも自分らしくいても大丈夫なんだと。そう思えるよう、安心してもらえるように接してきた。
そんな生活を一ヶ月近く過ごしてきたおかげで,少しずつではあるが、今では気負いなく接してくれるまでには距離が縮まったと思えるようになった。
また、パーティーを組んだことも心を開いてくれた一つの要因であると思われた。これから一緒に皆で生活していく上で、やはりコミュニケーションはとても重要になってくると思われた。やはりあのままで共通語での会話は言葉の壁があり、スムーズにやり取りをするのが難しいと感じたのだ。慣れない共通語ではどうしても言いたいことを上手く伝える事が出来ず、また魔法についてあれこれと専門的な用語を伝えるのは難しいと思えたのだ。そういった事から、こちらの意思をスムーズに伝える為にも、また皆を守りやすくするという為にも、子供たちにパーティーを組むことを勧めたのだ。
そのおかげで、今では不慣れな共通語ではなく、日本語で言葉を伝える事ができている。パーティーを組むことでお互いが違う言語で話していても問題なく意思疎通が出来るのだ。それらを初めて体験した子供たちは、最初は驚きそして困惑していた。が、それもすぐになれ、それからというもの目を輝かせて面白いと興奮していた。
そして後に気がついた事なのだが、どうやら今まで自分が話していた共通語は変に訛りがあり癖のある喋り方をしてたらしい。それを聞かされてひどく落ち込むという事があった。そして凹んでいた所を子供たちに慰められるという、さらなる落ち込みが重なるというなんとも情けない話しである。
しかし、そういった事も子供たちとの距離が縮まった要因だと思うと、必要な犠牲だったのだ___などと自分を言い聞かせていたのだった。
「どうかしたんですか?」
ネルエルザがこちらの顔を覗き込むようにして顔を向けている。どうやら少ばかり現実逃避をしてしまっていたようだ。
「いや、ちょとね…。変な喋り方だったって教えてもらった時の事を思い出してたんだ。」
「ああ。 クスッ。 確かにシュンは少し妙な癖がある話し方をしていましたね。でも、あれはあれで良かったと思いますよ? とっても可愛らしと思います。」
「……ぇ? 可愛らしい?」
「はい。」
ニコニコと笑みを浮かべ、その顔は嘘をついているようには見えなかった。
___女の子のカワイイは謎だ。
元の世界でも、女性が言うカワイイには謎な部分が多かったが、どうやらそれはこの異世界でも同じだったようだ。まったく理解出来ない。
「あ、でも___、 今のシュンの話し方の方が私は好きですよ。前の話し方は何というか、少し距離があるようなそんな感じがして。でも今はもっと違う、距離がとっても近くなったような、シュンの気持ちが伝わるような、そんな感じがするんです。だから私は、今の方が好きです。」
「そうかなぁ。 あ、でも伝えたい事が言いやすいってのはあるかも。やっぱり使い慣れてない言語より元の言葉の方が話しやすいしね。そういった意味では気持ちが伝わるってのも間違ってないのかも。」
「お姉ちゃーーーんーー!!」
二人でそんなやり取りをしている所に遠くから妹のウルエルザが駆け足て近寄ってくる。全身びしょ濡れで髪の毛からは水が滴り落ちている。
「もうっ! 全身びしょ濡れじゃないの! もう少し考えて遊びなさいよっ!」
「ええーー。それじゃ楽しくないもんっ! お姉ちゃんも一緒に遊ぼう! 」
「私はまだ特訓しているの!」
「えーーっ」
どうやらウルエルザは姉のネルエルザを遊びに誘いに来たようだ。丁度魔法の訓練を休んでいた所を目にしたのだろう。
ウルエルザが来た方向に目をやると、そこではピピィを含めた子供らが川岸で楽しそうに笑い声を上げ水浴びをして楽しんでいる。皆服を脱ぎ、濡れても平気な薄着に着替えている。初めはピピィを含め裸で水浴びをしていたのだが、ネルエルザとアネアは少し抵抗を持っていたため、皆に水浴びが出来るよう薄着の服を用意したのだ。今では皆それに着替え各々楽しんでいる。
とはいえ、当のネルエルザは魔法の練習であまり遊ぶことはせず、アネアに至ってはより積極的に修練に励んでおり遊ぶ暇がない現状である。
「ウルエルザ、今お姉ちゃんは練習してるからもう少しまってて。それで練習が終わったら、皆でお昼を食べような。」
「ご飯!!」
ウルエルザは満面の笑みを浮かべピョンピョンと飛び跳ねる。食べざかりの子供にとって美味しいものを食べるというのは何よりも楽しい事なのだ。
「わかったー! それじゃあもうちょっと遊んでくるね!!」
そう応えると、駆け足でピピィたちが居る方へと走っていく。
ふと何を思ったのか、ウルエルザがピタリと止まってこちらに振り返り、そして引き返してきた。
「えいっ!」
「え? きゃっ!!」
走ってきた勢いそのままに姉に抱きついてきた。驚いたネルエレザは短い悲鳴を上げてしまう。びしょ濡れのまま抱きついてきたので、抱きつかれたネルエルザは同じように水まみれになってしまった。
「えへへーっ」
イタズラが成功したウルエルザは、にんまりと笑い顔を作り、そのまま勢いよく走って行ってしまう。
「もーーっ! ウルったら!!」
びしょ濡れになってしまったネルエルザは逃げていった妹に怒りの声を上げる。遠くから「あははーっ」と笑い声が聞こえてくる。
「もうー。本当にしょうがないんだからー。」
怒り、そしてため息をつきながらも、その顔はどこか嬉しそうであった。妹が楽しそうにしている姿を見て、姉としてはやはり嬉しいのだろう。
姉のネルエルザもそうだが、妹のウルエルザもずいぶんと明るくなったものだ。今では他の子供と同じように屈託無い笑顔で笑えるようになってきた。このままいつまでも笑顔を絶やさないで欲しいと願うばかりだ。
いや、彼女達が笑顔でいられるように守らなければならないのだ。
「ーーーー」
ネルエルザが自身の胸に手を置き、何事かに集中している。
「ネルエルザ?」
声をかけたその時、ネルエルザの体が僅かに震えたかに見えた。しかし震えたのは彼女ではなく、彼女を濡らしていた水であった。彼女の体や服を濡らしていた水が彼女から離れるように浮かび上がり、そして一つの球体へと形を変えていった。
「ーーーふぅ。」
「おおっ! そんな使い方も出来るのか。」
「はい。体にまとわりついていた水を操って移動させただけですからそこまで難しい事じゃないですよ。」
ネルエルザは笑顔でそう応える。彼女はなんでもないかのようにやって見せるが、これはこれで凄い事ではないだろうか。
これならば、例えばお風呂上がりにこの魔法を使えば、濡れた体を一瞬で乾かすという事も可能になってくる。それは物凄く便利ではなかろうか。
とはいえ、この世界では風呂はほとんど普及してはおらず、めったに入る事が
出来ないという現実があるのだが。
「......お風呂に入りたい。」
思わずそう独りごちる。しかしそれも仕方のないこと。今でこそ異世界という不思議な世界で生活しているが、元は現代の日本を生きてきた生粋の日本人なのだ。風呂に恋焦がれるのも必然というものである。
フェノーの家でお風呂に入ってから暫く経つが、あれを最後にお風呂に入る事が出来ないでいるのだ。残念なことに、訪れた町には風呂に入れる施設は存在しなかったのだ。ただ、そういった施設がまったく無いというわけではなく、サウナのような施設は存在していた。ただ、やはり日本人としては湯船にためられた温かいお湯に肩まで浸かりたいという欲求はなくすことが出来なかった。とはいえ、文句を言いつつもちゃっかりサウナには頻繁に足を運んでいるのである。それはそれ、これはこれである。
お風呂は無理にしても、このネルエルザの魔法はかなり便利えあるように思える。本当にこれはどういう理屈で動かしているのだろう。
初めて魔法を見せてもらった時は手ですくった水を操っていた。しかし今見たのは、手で直接触った水ではなく、びしょ濡れの体の水を操っていたのだ。つまり、直接手で触れていなくても操れるということである。
この違いは何なのだろう。
直接触れる___?
それだと理屈が通らない。
彼女は体にかかった水だけではなく、服についた水も操っていた。
では何が要因だ。
理解?
やはり本人がある程度理解、もしくは認識出来ているかの違いなのだろうか。だとしたら、何もない状態から水を生み出すのはやはり彼女には難しいのかもしれない。水の分子構造など今まで想像するこすらなかっただろう。
空気中には目には見えないだけで、水を形成する材料は無数に存在する。湿度が完全なるゼロなどあり得ないからだ。しかし、実際にはなにも無いように見えてしまう。これらが認識の違いなのだろう。
ではどうすればこの認識をあらためる事が出来るのだろうか。そこがクリアできればおそらく水を生み出すことは出来るはずなのである。正確には水を生むのではなく周りの空気から集めるだけなのだから。そう、体の周りの水を一箇所に集めた時のように___
「___あっ ひょっとして……」
あれこれ色々と思考していた時、ふとある考えが頭をよぎった。もしその考え通りであれば、もしかしたら____おそらくは。
「ネルエルザ、少し実験に付き合ったくれないかな。」
「え?」
さて、ここからどうアプローチしていくのでしょうか。
続きが気になるという方!
評価、感想、ブックマークお待ちしております!




