42 不穏な気配
「ぴぃっ! ぴぃっ!」
髪の毛を掴まれ、涙目になり腕を振り解こうとするが、強く掴まれている為解くことが出来ないでいる。
『なんだ、変な形しやがって。テメェも__』
尚も汚い言葉を吐きかける男が、次の言葉を告げることはなかった。
ピピィを掴んでいた腕を思いっきり捻られ背中へと回され、足を払われそのまま勢いよく地面へと叩きつけられる。わざと顔が地面にぶつかるように組み伏せられたために、強く鼻を打ち付け大量の鼻血を出している。
「おまえ、何してんだよ?」
日本語で言っても男に伝わるはずもなく、しかしそんなことはお構いなしに男に問いかける。それほどまでに頭にきていた。小さな子に対して乱暴を働くなど、この馬鹿は何を考えているんだ。
鼻から血を流し、腕を決められている男は苦悶の表情を浮かべている。そんな男の腕を決めながらも、頭の中では次に行うべきことを冷静に判断していた。
素早く男の腕を離し横に転がるようにして移動する。すぐさま立ち上がり後ろの男に対して襟元を掴み上げる。
常にマップを表示確認しているので、後ろから近寄ってくる男の存在には当然のごとく気が付いている。
後ろから近寄ったのにまるで見えているかのように動いてみせる動きに、男は驚いたような表情をみせる。そんなマヌケにも棒立ちのままの男を襟を引き絞り体勢を崩させ、腰を払いそのまま勢いよく地面へと投げつける。
背中から強烈に投げつけられた男はその衝撃により一時的に呼吸ができなくなり苦しそうにもがいている。
急に始まった荒事に周りがざわつき始めるが、そんなもの気にする必要もない。
地面に寝転がっている男二人を無視し、ピピィの近くに駆け寄る。
「ピピィ、大丈夫か?」
「ピィ! ピィ!」
目に涙を溜め鼻を赤くして抱きついてくる。そんな彼女の頭を優しくなでていく。掴まれたことでグシャグシャになっていた髪の毛をとかすようにゆっくりと丁寧に、綺麗に髪を整えてあげる。
「もう大丈夫だからね。」
「グスッ」
鼻血を出して寝転がっている男は、未だに顔を打ち付けたダメージが抜けきっていないのかフラフラとしている。背中を打ち付け、もがいていた男の方は、少しは回復したのだろう、息を荒げながらこちらを睨みつけてくる。
『てめー、ぶっ殺すぞコラ。』
少々危険な角度につり上がった目は血走っており、ひどく興奮している。随分と沸点が低い男だ。この世界の人間族はみな沸点が低すぎやしないか。
そんなことを考えつつも、ピピィを背中へと隠し男との間に割って入る。
男が懐から何かを取り出そうとしている。興奮したチンピラが取る行動など一つしかないだろう。しかしこんな町中でそんなことしようとするなんて、本当に考えなしのマヌケなのかもしれない。しかしそんなマヌケは周りの目など意に介さぬと言わんばかりにそれを取り出___
『おやめささい!』
今まさに、懐からナイフを取り出そうとせんばかりの男に、静止するように声を掛ける人物が男に近寄り行動を嗜める。
『何をしているのですか。こんな往来で揉め事をするように命令した覚えはありませんよ。』
『ち、ちげえよ旦那。このクソ犬野郎がいきなり襲いかかってきたんだよ!』
『だからといって騒ぎを起こしていい理由にはなりません。それにこんな町中で武器を取り出そうなどと…。私に迷惑をかけるおつもりですか。』
『ちっ、違っ…!』
『ならとっととその手にしているものをしまって御者席にお戻りなさい。そこで倒れている彼も一緒に連れていきなさい。』
『…、わかりやした…。』
武器を取り出そうとしていた男は、こちらを忌々しげに睨みつけながら、倒れている男を抱えて立ち去ってゆく。
『この度は、私共の従業員が貴方様に対し多大なるご迷惑をお掛けして、大変申し訳ありませんでした。』
目の前の男は丁寧な口調で深々とお辞儀をした。
先どの男たちは、見るからにゴロツキといった風貌であったが、この男はそんな奴らとは装いからして異なっていた。仕立ての良い服を綺麗に着こなし、身に付けている装飾品はそのどれもが大変価値のある物だとひと目見て判るほどだ。小柄な身長ではあるが、重さを感じさせるその腹がこの男が普段から衣食には困っていないということを物語っている。
商人。一言で表すならば、そんな言葉がぴったりである。
『あんたが謝罪する必要はない。』
少々きつい言い方になってしまうが、別にこの男に謝ってもらう必要はない。問題を起こしたのはあのガラの悪い男で彼ではないのだ。無論雇用主として下の者の不手際は上の責任と取れなくもないが、あの素行の悪さは個人の問題だろう。
『あまり素行の良くない人間を雇うのはあなたの不利益になるのでは。雇用を見直したほうがいい。』
『いやはや、これは面目ない。しかし、旅では何かと体力が必要な事もありますゆえ、ああいった体力が有り余っている者も必要になって来ますので。難しい問題ではありますな。』
乾いた笑いをとりながら男が理由を説明する。なるほど、あの荷馬車は旅の途中であったか。であれば、ある程度の荒ごとにも対応できる者が必要になってくるのだろう。
男はこちらに近寄ってくると、こちらの手を取るように握手をしてくる。しかしその違和感に思わず顔をしかめる。握手を離した手にはいくらかの硬貨が握られていた。
『これは僅かばかりの迷惑料です。どうかお納め下さい。』
『…必要ない。』
『しかし、それではこちらの_』
『必要ない。どうしてもと言うのであれば、あの男たちの治療費にでも当ててやったらどうだ。』
『…わかりました。』
商人の男は、納得してはいないが、しぶしぶとい言った表情で返された硬貨を懐に仕舞う。
『それにしても、随分お強いのですね。あの者たちも、そこそこ腕は立つ方なのですが…。それほどの腕前、なかなかどうして、素晴らしいですね。傭兵でもやられていらっしゃるのですか?』
男は感心した素振りをみせてこちらを伺う。
『…いや、ただの旅の者だ。』
『なるほどなるほど。そうでしたか。』
一瞬、男の目が鋭くなるが、それもほんの短い時間で、今はもとの表情に戻っている。
『どうですか、もしよろしかったら、私共の旅の護衛として雇われてみては。お代は勉強させて頂きます。』
何を思ったか、男は護衛として雇いたいと申し出てきた。確かに旅では何が起こるかわからない。不測の事態に備えで腕利きの護衛を雇うというのは至極まっとうなことのように思える。商人ならば、尚更荷を守る必要があるのだ。だが…
『断る。』
しかし、この男の申し出を受け入れるつもりはない。商人の申し出を間を置かず固辞する。
『受けて下さりませぬか。それ相応の報酬を…。そうですね、相場の5倍でしたらお支払い致します。』
『断る。引き受けるつもりはない。』
口調を強めて、こちらに受ける意志がないことをはっきりと伝える。明らかな拒否に商人の男の脈なしと判断したのだろう。落胆の表情を見せる。
『そうですか…。わかりました。ですが、もし気が変わりましたら、その時は是非お声を掛けて下さいませ。』
男はしぶしぶといった感じで身を引いていく。
去り際、ふとこちらを振り返り、自分たちを見渡す。いや、自分というよりピピィに視線を向けている。
『そちらのハーピーのお嬢さん、随分と珍しいお姿をしていらっしゃいますね。ハーピー種とは少し異なるのですか?』
『あんたには関係ない。』
『はは、確かにそうですね。これは失礼いたしました。では後ほど再会できることを楽しみにしております。』
そう言葉を残すと、男は通りに停めてあった馬車へと乗り込んでいく。男が乗った馬車が動き出すと、その後を追従するようにして例の荷馬車も通りの向こうへと消えていく。
「ねぇ、あの男。」
「ああ、わかってる。」
走り去っていった馬車を遠くに見ながら、ミミが確認するかのように言葉をかけてくる。彼女も自分と同じ感情を抱いているようだ。
あの商人の男。一見穏やかな笑顔で温和そうにみえるが、その実、中身は全く違うものだ。
あの顔、あの笑顔の裏には、醜い欲望が渦巻いており、自分の欲を満たすためならばどんなに相手が不幸になろうと気にしない、醜く卑しい顔だ。そんな欲望を笑顔という殻で覆い隠し、相手に気付かれないようにして近づいて行く。表面上はあくまでも友好的に、敵ではなく味方だと平然と嘘を付く。そして相手を騙し、食いものにし、己の欲望を満たす。そんなクソのような顔だ。
あの笑顔は元の世界でも嫌というほど見てきた。
何度も、 何度も、 何度も。
そんなクソのような人物に異世界に来ても出合うとは。
やはりあのような人種は何処の世界にでも一定数いるものなのだろう。
あの手の人間は、決して簡単に諦めたりはしない。己の欲望を満たすため、いつまでも、いつまでもしつこくピラニアの様に食いついてくるのだ。
あの男、話の節々でピピィの事をチラ見していた。そして去り際の、あの視線。あのネットリと絡みつくような嫌らしい不快な視線。明らかにピピィのことを意識していた。本人は隠していたつもりなのだろうが、欲望が透けて見えていた。
このまま何事もなく引き下がるという事は無いだろう。
必ず何かしらのアクションを起こしてくるはずだ。
ピピィを抱き寄せる。
「大丈夫だよ。ピピィは俺が守るから。」
「ピィ ピィ」
何があろうと彼女には絶対に手出しさせない。
三章に入って、少しづつ物語が進んできて来ましたね。
この先どうなるのでしょうか。
少しでも気になったという方は、引き続きお付き合い下さりますと幸いです。
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