31 謎
「あれだけ言っても考えを変えない…か。」
物言わぬ死体となった男を足元に見下ろす。
敵対するな。
もしこちらの言葉に従ったならば、開放することもやぶさかではなかった。しかし、実際はそうではなかった。いくら口で敵対しないと言っていても、それらはすべて嘘であり、敵対心を無くしてはいなかった。
マップに表示されている男のマーカーは最後の最後まで赤色であった。
この赤色は敵対マークであり、例外は存在しない。
いくら敵ではないと言っていても、その場から逃げるためのでまかせでしかない。
今逃した所で、後に攻撃してくることは目に見えている。
そんな敵意丸出しの相手を見逃す程バカでもお人好しでもない。
ゲームであれば舐めプレイをする奴もいるかも知れないが、これは現実である。
敵は全て排除する。
「それにしても…。無抵抗の人間を殺したって言うのに、やっぱり罪悪感などが湧いてこないな…。」
判っていたことだが、やはり敵に対してはなんの罪の意識を感じない。ゲームと同じように対処しただけである。
「まぁ、ここで変に罪悪感に苛まれて苦しむより全然マシか。そこら辺はこうなってくれて感謝かな。」
己の変化に感謝しつつ、目の前の男の持ち物を探り何か有益な情報が無いか調べる。
何か作戦に関わるようなメモなどがあるか期待したのだが、残念ながらそういった類のものは発見出来なかった。男の身元が判るようなものも所持しておらず、装備品や食料、金銭などの必要最低限のものだけだ。
「そういえば、この世界に身分証明書みたいな物ってあるのか?」
創作などではよく冒険者組合などが登場するが、この世界ではどうなのだろう。
この男は傭兵らしいが、傭兵ギルドなどは存在しているのだろうか。
そんな創作に登場するようなギルドは存在していなくても、それに類似するような組織は存在していてもおかしくはない。実際の歴史で組合などは古くから存在していた。
「まぁ、この男がそれらの組織に加入していたかどうかは知らないけど…。そのうちそれらについても調べた方がいいかな。」
取り敢えず調べられる事はもう無さそうなので、男の所持品を全て収納する。
男の亡骸に手を合わせ、それを終えるとその場から立ち去る。
「今回はその人間を埋葬しないの?」
立ち去って、しばらくしてからミミが疑問に思ったことをこちらに訪ねてきた。
「今回はしないよ。というか、そんなことをしている暇はないからね。」
以前は人間たちを埋葬していたが、今回は埋葬している余裕はない。今はクー・シーの家へと移動している途中であり、あまり時間を掛けることは出来ない。
その事を伝えると、納得した様子をみせ、頭の上で大人しく座っている。
「ミミはさ。」
「なに?」
「俺が人間を殺すことについては、何も言わないんだね。」
以前ゴブリンにナイフを向けた時は、自分を止めてくれたが、人間を攻撃する時はそのような事はしなかった。精霊は人間に対してはどうのような認識なのだろう。
「まぁ、あれだけ敵意を出していれば、止めようとはしないわよ。こっちを攻撃してくる相手に対して何もするなって、流石のミミさんもそこまで精霊出来てないわよ。」
「ああ、そうか。 ミミとは共有してるから、相手が敵かどうか判るのか。」
「そういう事になるわね。以前はなんとなく程度しか相手の意思を感じることが出来なかったけど、シュンと意識を共有してからはかなり明確に感じ取れるようになったみたい。 ___あの男、あとでこちらを裏切る気満々だったわよ。」
お互いの意識を共有したことによって、ミミの感性が鋭くなったのかは判らないが、敵意に関しては同じ意見のようだ。自分の場合は、相手のマーカーを見て判断しているのだが。いや、もしかしたらミミの意識がマーカーに反映されているのかもしれない。
「さて、ここであまり時間を消費しても仕方がない。二人の元に戻ろう。」
「そうね。」
____________
「やぁ、おかえり。」
二人の元に戻り、何か変わったことは無かったか確認するが、何も問題はないようだ。
犬の様子を見てみると、すやすやと静かに寝息を立てている。
「今のところ、大丈夫みたいだな。」
「シュンの治療が効いてるみたいだからね。このままならもう心配なさそうだよ。」
犬の頭を優しく撫でる。とても気持ちが良さそうに寝ている。
「ガルルガルゥ ガルゥガル」
「ああ、そうだな。行こう」
クー・シーはゆっくりと立ち上がり、そして移動を再開する。
一瞬後方に視線を送ったが、直に目線を戻し何も言わずに森の中を歩いてく。
おそらく、クー・シーは、尾行している人間のことに気が付いていたと思う。しかし、それについて、こちらに何があったかを聞いてくることはなかった。
エインセルも同じように、こちらを問いただすことはしなかった。エインセルとは意識を共有しているので、何が行われたのか気が付いているはずだ。
必要な時が来ればその時にあらためて話せばいい。
今は何も言わず森の中を移動するだけだ。
__________
「ピィ! シュンおかえり!! ピィ! ピィ!」
家へと帰ってきた自分たちをピピィが嬉しそうに出迎える。
ピピィに続きフェノーも家から出てくる。
『エリー、おかえり。 クー・シーとシュンも。 それで、人間の様子は___エリー、その子はどうした。』
出迎えたフェノーはクー・シーの背中に乗せられている犬に気が付き、何事があったのかを聞いてくる。
「フェノー、この子は人間に襲われていていたんだ。人間たちはこの子を狩るために森に来たみたいだ。」
『…いったい、どういうことだ。』
「詳しくはわからないけど…。それよりも今はこの子を安静にしてあげなきゃ。フェノー、この子を家に上げるけど構わないね。」
『ああ、構わない。 寝床を用意しよう。』
__________
部屋の一室、用意された寝床で犬は安らかに眠っている。
ピピィが寝ている犬を心配そうに見つめていて、時折顔をペロペロと舐めている。
犬の容態をフェノーも診察したが、おそらくこのままで大丈夫だろうと言うことだ。念の為、犬が起きた時にペースト状にした薬草を食事と一緒に与えるらしい。
『それで、なぜこのようになったのか、説明してほしい。』
『わかった。 説明 する。』
そこで、先程捕らえた人間が、話していたことを三人に話す。
この犬を狩る事を依頼された事。
そのために人間が集められた事。
依頼人などについては知らされていない事。
人間たちはこの犬を狩るように依頼されたと言っていた。
そこで一つの疑問が生じる。
この犬はいったい何なのか。
何故この犬を捕獲する必要があったのか。
『 この犬 何か あるのか?』
それらの疑問からこの犬について皆に質問する。もしこの犬に何かしらの秘密があるのだとしたら、それによって対処の仕方が変わってくるかもしれない。
「この子に何かあるのか…。そういわれても、ボクには普通の子にしか見えないけど。クー・シーはどうだい?」
「ガルゥ… ガルガルゥガルガルゥゥグルゥガルガルゥガル」
「そうだよね。んー、どういう事なんだろう。」
二人の意見としては、どうやらこの犬に、特別な何かがあるという事ではないようだ。では、どうしてこの犬は狙わてたのか。
いや、もしかしたら自分と二人では普通の定義は違うのかもしれない。
それに、普通の犬と思っていたが、もしかしたらこの犬は__
『この犬 妖精 なのか。』
この発言にエインセルが、おや?__という反応をしてみせた。
「シュンも気が付いていると思ったんだけど…。このこはクー・シーと似たような存在だよ。」
やはりそうであったか。しかし、それで納得である。だからクー・シーはあれほど激昂していたのだろう。
クー・シーは妖精犬ある。それと同じ___
『だから 狙う ?』
「…どういうことだい。」
『この犬 妖精。 人間 そういった存在 狙う 』
「人間が妖精を狙ったということかい?」
「ガルルガルルルゥ」
何故人間が妖精の犬を狙うのかは、今はまだわからない。何か妖精を狙う理由があるのか。__いや、妖精だから狙うと言うわけでは無い?妖精そのものではなく、それに類似した存在を狙っている…?
エインセルがあの場に現れた時、人間たちは彼女が妖精だと知って驚いていたが、彼女に対して何か特別な感情を持っているようには見えなかった。妖精を狙うというのであれば、彼女は格好の獲物であったはずだ。しかし実際は違っていた。
ではクー・シーが現れた時はどうだ。
人間たちは、クー・シーに対して警戒を示していた。
そこは別におかしくはない。森の中、巨大な犬が現れればだれであろうと警戒する。
しかし、その後、人間たちがその場を立ち去る時、リーダーの男、名をグイルといっていたか、そいつは離れ際、クー・シーの方を見ていなかっただろうか…。
「ガルル ガルゥガルガウガゥ ガルルルゥ、 ガウゥガゥ ガルルゥグルルゥル。」
クー・シーからしたら同じ仲間が傷つけられるようなもので、それを見逃すことはできないのだろう。
『理由 わからない。 でも 警戒 していた方 いい。』
「…そうだね。」
『うむ…。』
「ピィ!!」
突然ピピィが大声を上げたので、何事かとそちらに視線を向ける。
どうやら犬が目覚めたようだ。
犬に近づき様子を見るが、大怪我をしていたというのに、苦しそうな様子はみられない。 どうやら問題なく救急キットが効いたようである。
フェノーも犬に近寄り、その様子を伺う。怪我の具合を確かめる為だろう、身体を撫で様子を確認している。
『うむ。もう大丈夫なようだな。大な怪我をしていたようであったが、すでに傷口も塞がっている。もう心配ないだろう。』
フェノーは用意してた薬草を食べ物と一緒に犬に食べさせている。しかし薬草はあまり美味しくないのだろう、それほど勢いよくは食べていない。
「すっかり良くなったみたいだね。あれだけ傷ついていたのに、シュンは不思議な力をもっているんだね。」
「俺の力というわけじゃないよ。救急キット… 治療の道具が良く効いただけさ。」
「それも含めてシュンの力さ。」
これらの能力については、なぜ使うことが出来るのか未だに不明だが、それでも、こうして命を救うことが出来るのだから有り難い。
薬草を食べ終えたのだろう、犬がゆっくりと立ち上がりこちらに近寄ってくる。
「ん、どうした?」
「クゥゥン」
甘えるような声をだしてこちらの顔を舐めてくる。
「ハハっ、どうしたそんな甘えた声をだして。助けてもらった事に感謝しているのか?」
「クゥウン」
「おいおい、どうし___」
「クゥゥンン」
「……」
「クゥゥンン」
「お前…」
ストックからレーションを取り出し、それを犬に見せる。
「クゥゥウンーー! クゥウゥウウンーー! クゥゥウン!」
より一層甘えるような声をだし、しまいにはお腹を上にして床に寝転がっている。
こいつレーションをねだってやがった…。
「元気になったからって…、意外と現金なやつだな…。」
先程まで生きるか死ぬかの瀬戸際であったはずなのに…。
なんともたくましい奴である。
しかし、これだけ元気ならばもう案思しても良さそうだ。
このままでは仕方がないので、レーションを一口サイズに分けそれを犬に与える。
与えられるや否や素早い動きでレーションを頬張る。余程気に入ったのか、無我夢中である。そういえば、レーションは妖精には効きすぎるといっていたが、もしかしたらこの犬も同じなのかもしれない。
頭の上ではミミによる単独リサイタルが公演されている。
演目は太鼓で楽器は頭だ。
その独特なリズムが頭に鳴り響く。
物理的に。
「… さっきあげたよね?」
「その子にもさっきあげたわよね。しかも沢山。」
よくばり精霊はやっぱりよくばり精霊であった。
仕方がないので、ミミにも一口サイズに分けたレーションを差し出す。
「何よ、なんでこれっぽっちなの!?」
「今日はもう何個も食べただろ。それで我慢して。それが嫌だったらもう知らない。それもあげない。」
何か言いたげな目を向けてくるが、しぶしぶ納得して小さなレーションにかぶりつく。
…本当あんな小さな身体のどこにあれだけの量のレーションが入るんだか。
心配していた犬の怪我も無事治療出来たことで、取り敢えずやるべき事は終えた。
マップを確認する。
ここから離れた位置に、4つのマーカーが表示されている。
あの時に会った人間たちだ。
彼らのマーカーの殆どが赤色に染まっている。
やはり一度赤になると、色が戻るということは無いらしい。
偵察に送り出した人間から情報を得た後、こちらを襲うつもりだろう。
偵察の男はすでに倒しているので、奴らに情報が渡ることはない。
しかし、いつまでも男が戻ってこない事に疑問を持つはずだ。
そして男の身に何かあったと察し警戒するだろう。
そうなる前に行動を起こす。
相手がまだ何も警戒していないうちに。
メイン画面を開き時刻を確認する。
もう良い時間であり、暫くすると太陽は沈み夜になる。
闇夜に紛れて行動すれば、数の不利をカバーできるだろう。
そこで確実に
始末する。
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日は沈み、辺りは闇に覆われている。
あれから体調の良くなった犬の様子を見ながら、フェノーに食事を振る舞われ、和やかな夕食タイムとなり、食事を取り終わると、ピピィは犬と一緒にスヤスヤと寝入ってしまった。彼女はあまり夜ふかしは得意ではなく、夕食をとった後はすぐ寝てしまうのだ。
そんな彼女の寝顔を眺め、このまま穏やかに寝ていてほしいと願いつつ、部屋から出ていく。そして玄関の扉の前まで行くと、そこにエインセルが壁を背にして立っていた。
「… いくのかい。」
「ああ。」
「何もキミの方から仕掛けなくても___いや、それじゃあ駄目なんだね。」
「皆を危険に晒すわけにはいかないからね。」
「この共有ってのは、ある意味厄介だね。相手が明確に敵だと分かってしまう…。敵意がある相手に対して何もしないってのは難しいね…。」
「大丈夫だよ。例え敵意を向けられても、俺が皆を守る。」
エインセルの近くへ寄り彼女の頭を優しくなでる。
少しだけくすぐったそうにして、それからこちらを見上げてくる。
「… だからってキミが危険を冒す必要はないさ。」
「__受け身では守れない時もあるんだよ。」
「まるで見てきたかのように言うんだね。」
「色々と__ね。」
ふと昔の事を思い出す。
この世界に転移する前の事だ。
あの時は今みたいに相手の敵意など知ることは出来なかった。
だからどうしても後手に回ってしまい、それが結果として彼女を危険な目に…
___いや、今は昔のことを思い出している時ではない。
思考を切り替え、目の前の事に専念する。
「それじゃあ、行ってくるよ。」
「うん…。 無理はしないでおくれよ。」
「ああ、分かってるよ。」
玄関から外へ出ると、そこにはクー・シーが待ち構えていた。
「ガルゥガウガル」
どうやら一緒に行くと行っているようだ。
だが万が一の事を考えると、彼にはここに留まって皆を守っていて欲しい。
『クー・シー、 一緒 行かない 皆 守って。』
「ガルゥ ガルルゥ ガルルガル ガルガウゥ」
こちらの言葉を無視してクー・シーは足早に森の奥へと走り去ってしまった。
「あっ、ちょっと!! …ああ、もう。 仕方がないなぁ…。」
急いで彼の後を追って森の中へと入っていく。
こうなっては仕方がない。
クー・シーと一緒になんとかやっていくしかないだろう。
「…俺、クー・シーの喋る言葉解らないんだけど…」
さて、どうしたものか…。
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