29 救助
怒りの感情を爆発させ、咆哮をあげるクー・シー。
そのすぐ後ろには、血まみれの犬が瀕死の状態で横たわっていた。
突然クー・シーが走り出したのは恐らくこれが原因だ。
今にも襲いかかろうと威嚇するクー・シー、その周りを囲むようにして警戒している者たち。一触即発の雰囲気だ。
「エインセル、木の陰に隠れていて。」
エインセルをその場に止め、クー・シーの傍まで近寄り声を掛ける。その間常に警戒は怠らない。目線は常に相手を捉える。
『クー・シー、何が起きた』
「ガルルル ガルゥゥ ガルガル」
後ろで倒れている犬に目を向ける。
傷だらけで瀕死の状態にみえるが、まだ息があるようで胸が微かだが動いている。
だがその傷は決して楽観視できるのもではない。
「ᨕᨚᨕᨗ… ᨀᨑᨕᨗᨀᨑᨕᨗ ᨊᨊᨉᨈᨙᨊᨉᨐᨚ」
クー・シーを包囲している集団の一人が声をあげる。
しかし、その言葉は聞き取ることが出来ない。
だがその言葉に聞き覚えがある。
オークを襲った人間達が、話していた言葉に似ている。
これは人間語なのだろうか。いや、もしかしたら、ドルイドゴブリンが言っていた人間が独自に使っている大陸語というやつなのかもしれない。しかし、自分には区別をすることが出来ない。
『お前たち いったい 何だ』
共通語で人間たちに話しかける。すると、驚いたような表情をし、その後顔をしかめる。
「ᨀᨚᨈᨚᨈᨘᨕᨘᨔᨗᨊᨕᨗ ᨉᨚᨀᨚᨊᨚᨅᨊᨔᨚᨀᨘ」
集団の中の一人が、あからさまに侮蔑の表情を浮かべながら口を開く。
『どこのバカか知らないが、人間様の言葉ぐらい覚えておけってんだよ。』
別の男が共通語を使い悪態をつく。こちらが人間の言葉を話すことができないと理解したのだろう、共通語へと切り替え言葉を口にする。
『おまえたち 何だ 』
あらためて目の前の男たちを確認する。
数は全部で5つ。最初に気がついた時、マーカーは6つであった。後ろの倒れている犬も含めての数だっただろう。不規則にパーカーが動いていたのは、この犬を追っていたからなのか__。 マップで確認するが、他にマーカーは表示されていないので、近くに隠れている仲間がいるということは無いようだ。ただ、隠匿などで表示されていない可能性もゼロではないので、警戒は怠らない。
目の前の男たちは、使い古された防具を身にまとい、各々が別の武器を手にしている。以前遭遇した人間族は鉄の鎧を身に着けていたが、こいつらは全員レザーアーマーを装備している。種類も共通ではなく各々違う装備だ。まとまりがない。
前回の人間達が軍属の兵士だとしたら、こいつらは雇われ傭兵、そんな雰囲気がある。
『貴様には関係ない。』
両手で扱う、1Mほどの長さの剣を正眼で構えたまま、クー・シーと相対している男がこちらの問いに応える。
『何故、 傷つける。』
『それこそ貴様に関係ない。』
応える気は無いと言わんばかりに、否定の意を強く出してくる。
何故こいつらはこの犬を傷つけている。
目的はいったい何だ。
今はまだ、お互いに距離を取っているが、いつ衝突してもおかしくない。
ホルスターに手を添える。
いつでも抜ける構えだ。
『そんな小さな子を痛めつけて、キミたちはいったい何をしようとしているんだい。』
緊迫した空気の中、その場に似つかわしくない幼い声が後ろから聞こえてくる。
「エインセル! 何故出てきた!」
後ろで隠れているはずのエインセルがゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「すまないねシュン。こんな小さな子が傷ついているのに、隠れているなんで出来ないよ。」
エインセルは犬の傍に近寄ると、その場にしゃがみ、優しく犬をなでる。
「大丈夫かい、頑張るんだよ。すぐ楽にしてあげるからね。」
『こんな森の中に小さな子供だと…!?』
エインセルの姿を見た人間が驚きの声を上げる。端から見れば、ただの小さい子にしか見えない。驚くのも無理からぬ話だ。
『その者は妖精だ。』
男たちの方から声が聞こえる。
声を発した人物はエインセルは妖精だと気がついているようだ。
その声がした方に目線を向ける。
最初その人物を目にした時は、思わず我が目を疑った。
何故そのような者がこの場に。
何故人間と一緒にいるのか。
そこにいた人物は人間ではなかった。
くすんだ黒色の毛で全身を覆われており、顔にも毛が生えている。
尖った耳が頭から生えており、鋭い瞳はその瞳孔が縦に細められている。短く小さい鼻に鋭い牙を生やした口。背後には長い尻尾のような物が見受けられる。
猫
目の前の人物はまさに猫そのものであった。
いや、正確に言えば猫の姿をした人__獣人と呼ばれる存在なのかもしれない。
自分のような狼のスキンで姿が変化した偽物などではなく、本物の獣人がそこにはいた。
『妖精だと!?』
目の前に現れた小さな子供が妖精だと知らされ、人間たちから驚きの声が聞こえてくる。
『なぜ妖精がこんな所に現れる。それに…この眼の前の化け犬もだ。』
『その巨大な犬も、妖精の類だ。』
『何!?』
猫の獣人はクー・シーも妖精だと人間達に伝える。伝えられた人間は顔をしかめる。
『妖精が複数だと…。面倒だな。』
そしてこちらに目線を移すと、睨みつけるように顔を見る。
『___こっちの犬野郎も妖精などの類か?』
『いや__そいつは妖精ではない。』
猫獣人はこちらの様子を伺う。そして何かを考えるような素振りを見せる。
しかしそれも一瞬で、すぐさま元の表情に戻る。
『こいつが妖精だろうが獣人だろうが、俺には関係ない。』
剣を構えた男が油断なく、警戒しながらも距離を縮めてくる。
他の男たちも、ゆっくりとだが、にじり寄ってくる。
そんな男たちを余所に、猫獣人は武器を構えることなく、エインセルや自分たちを見据えた後、後ろを振り向きそのまま森の中を引き返していく。
「ᨕᨚ ᨕᨚᨕᨗ!!」
『ガルス! 貴様何処に行く!』
猫獣人__ガルスと呼ばれた男は立ち止まり、男達の方へ振り向く。
『俺の仕事は森の中を案内する、そういう契約のはずだ。』
『貴様…、獲物を前にして引くのか。』
『それは俺の仕事ではない。貴様らの仕事だ。それに…。』
ガルスはこちらを一瞥する。
『妖精と事を構えるつもりはない。貴様らで勝手にすればいい。』
やるべき事は終えたと言わんばかりに森の中を引き返していく。
『ちっ…』
未だ剣を構えている男が舌打ちをし、ガルスの後ろ姿を睨む。
そこに別の人間がその男に近寄る。
『クソ猫風情が…。 グイル、どうする。』
剣を構えた男__グイルはこちらを警戒したまま、この状況をどうするか考えているようだ。そして、短かい時間思考したのち、男にはなしかける。
『一旦、この場を離れる。』
『なっ…。 何故だ! 数はこちらの方が有利だ。問題ないだろう!』
『いや、不確定要素が大きすぎる。コイツらが何者かもわからん。下手に妖精に手を出して問題を大きくするのは好ましくない。』
『手を引くというのか!?』
『いや違う。 一旦引いて、形勢を立て直す。』
グイルはクー・シーへと目線を向ける。
『それにこちらの装備も万全ではない。無駄に被害を増やす必要はない。』
『…わかった。 クソッ、あの猫野郎。』
人間たちはこちらを警戒しながら、少しずつ下がっていく。
グイルが仲間の一人に声をかけ、小声で何かを伝えている。
その男はこちらを一瞥した後、その場から立ち去る。
人間達は、そのまま後ろに下がり、そして森の中へ消えていく。
「グルルゥ ガウグルガルガルゥゥ___」
「クー・シー!」
人間たちに襲いかかろうとする既の所でエインセルがそれを止める。
振り返るクー・シー、その目線の先には、傷ついた犬が横たわってる。
「…ガルル 」
人間を逃したくはないが、今はそれどころではないと理解したのだろう。
――――――――――――
「ガルルゥ ガルガルガルゥ。」
「…あまり良くはないね。怪我もそうだけど、出血がひどい。」
「グルルゥ。」
「ここでは無理だね。一度フェノーの所に戻らなければ。家に行けば薬草なども栽培しているから、治療することが出来るけど…。」
犬を優しく撫でる。少しでも痛みを紛らわせてあげようとしているのだろう。
「この傷だと、急いで運ぶことは難しい。下手をすると容態が悪化してしまう。」
「ガルル…」
「ゆっくりと、負担をかけずに運ぶしか無いよ…。それまでこの子には頑張ってもらうしかない…。」
エインセルは優しく犬を抱きかかえる。少しでも負担をかけさせないよう慎重に。
クー・シーはその場でしゃがみ込み、二人を背中に犬を乗せようとする。
このまま家に連れて行くのは最善なのか。
もし容態が悪化したら、最悪の場合間に合わないかもしれない。
ならば___
「エインセル」
背中に乗ろうとする彼女を手で制する。
「シュン!?」
焦りと驚きから目を見開く。
その瞳には疑問の色が浮かんでいる。
事態は刻一刻と迫っている、今はゆっくりしている時間はないのだ。
「ガルル ガルゥゥ!」
クー・シーも声を荒げて催促する。
「エインセル、その子を地面に下ろしてくれ。」
犬は瀕死の状態だ。早く治療しなければ助からないかもしれない。
フェノーの家までは距離がある。もしかしたら間に合わないかもしれない。
ならばこの場で出来ることをするべきだ。
こちらの意思を伝える為、エインセルの瞳を見つめる。
エインセルはその真意を確かめる様に、こちらの瞳をまっすぐ見つめ返す。
「…シュンに任せて良いんだね…?」
エインセルは抱えていた犬を地面にゆっくりと下ろす。
未だ呼吸は浅く、血も止まっていない。
「ガルゥル!! ガルルゥガルガル!」
「クー・シー、落ち着いて。ここはシュンに任せて。」
「ガル!?」
焦り、苛立つクー・シーをエインセルがなだめる。
今は信用してもらうしかない。
「今治してやるからな。」
頭を撫で優しく声を掛ける。こちらがやろうとしていることを理解しているのか、いや、傷で動くことが出来ないのだろう、逃げること無くこちらをその目で捉えている。
ストックから救急セットを取り出し、その中から注射器をとりだす。以前ピピィとゴブリンに使用した物で、その時は効果があった。なので今回もこれを使用し治療しようと試みる。犬の首の後ろ辺りに注射器をもっていきそのまま注射する。打たれた犬はビクリと反応するが、それほど抵抗はしなかった。
次に行うのは傷口の処理だ。犬の身体には無数の切創がある。これは人間に刃物で傷つけられたものだろう。浅いものからかなり深いものまである。しかし幸いなことに酷い裂傷は見当たらなかった。これならば処置はしやすい。創傷部にコンバットガーゼを当て出血を止める。そしてその上から伸縮性のある包帯をしっかりと巻く。他の部位も同様に処置していく。処置していて気がついたのだが、怪我に対して出血が少ないように感じた。これは注射の効果が効き始め止血してきたのか、それともすでに手遅れなほど血を流しすぎて流れてこなくなったのか…。いや、考えていても仕方がない。今出来ることをしなければ…。
―――――――――――
幾つもの傷口に処置を施し、出来る限り手を尽くし、応急処置を終える。
処置をしたことで血だらけになった手を、収納していた水袋の中の水で洗い流す。
「そうだ、お前水飲めるか。」
手を皿のようにして水を受け止め、それを犬の口元にもっていく。
犬はこちらを一瞥した後、舌ですくうようにして水を飲み始める。
やはり喉が渇いていたようだ。
途中何度か咳き込んでいたが、それもだいぶ収まってきた。
水袋と同じ様にストックからレーションを取り出す。
「ほら、これも食べな。栄養満点だから身体にいいぞ。」
傷を負ったことにより、かなり体力を消耗してるはずだ。栄養のあるものをたくさん食べて体力を回復する必要がある。ゲームでもレーションを摂取することで体力が回復していたので、もしかしたらその効果も期待できるかもしれない。その効果が無くても、レーションは栄養価が高く、またフェノーによれば力の源であるらしい。食べていて損はないはずだ。
レーションは本来人間用に作られているので、犬にとって美味しい物かはわからないが、不味くはないはずである。人間用を犬に食べさせて良いのかという問題はあるが…。
差し出したレーションを訝しむようにして観察し、こちらの顔を伺う。
「大丈夫、食べても平気だよ。 ほらっ。」
レーションを一口噛り安全をアピールする。
それを見て納得したのか、ゆっくりとレーションを口にする。
口にした瞬間、驚いたような顔を見せるが、それも直におさまり、後は黙々とレーションを食べていく。あまりがっついた様子がみられないのは、あまり美味しくないからか、それとも元気よく食べる体力が無いのかはわからない。しかし食べるのをやめないということは、少なくとも不味くはないのだろう。
差し出したレーションを綺麗に食べ終える。レーションだけだと喉が渇くと思ったので、手で水をすくってやると、ペロペロと飲み始めた。心做しか、少し元気になったような気がする。
手の水を飲み終えた犬は、こちらを伺うように、ゆっくりと顔を向けてくる。
「うん、どうした?」
「 …… クゥゥン」
何かを訴えかけるように小さく唸る。どこかおねだりするような、そんな鳴き声にきこえてくる、。
「もしかして、もっと食べたいのか?」
「… クゥゥン 」
上目遣いで、餌をねだるような視線だ。
「そうか、食欲があるってのは回復には良いことだ。ほら、お食べ。」
追加でレーションを与える。すると先程よりも若干ではあるが、勢いよく食べ始める。
レーションを食べている様子を横で眺めながら、頭を撫でる。
「ちゃんと食べられてるし、なんとか大丈夫そうだな。」
動物なんかでは、餌を食べなくなったら危ない、と言われているが、この様子だとその心配もなさそうだ。
都合三つのレーションを食べた犬は、それで満足したのだろう。ゆっくりと目を閉じ、静かな寝息を立て始めた。その様子を一緒に眺めていたエインセルがほっとした様子で息を吐く。
「ふぅ。もう大丈夫そうだね。」
「ああ、なんとか持ちこたえたみたいだ。」
「本当だね。シュンに任せてよかったよ。」
「とはいえ、まだ完全に治ったとはいえないし、安全な所に連れて行こう。」
「そうだね。フェノーの家でゆっくり休ませてあげよう。」
犬をゆっくりと抱きかかえ、クー・シーの背中に乗せる。犬が背中から落ちないようにエインセルが一緒に抱きながら背中に乗っている。
『クー・シー、 お願い』
「ガルルゥゥ」
背中に乗せた二人が落ちないよう注意を払いながらゆっくりと歩き出す。
「 …ガルルゥ」
クー・シーは振り返り、感謝の言葉をのべるとまた歩き出していく。
――――――――――
「もう大丈夫よ、安心なさい。」
これまで黙って様子を見守っていたミミが、そんな言葉をもらした。
「本当に?」
「私たち精霊は力の流れを見ることができるのよ。あの子の力の流れはもう安定しているわ。余程のことがない限り大丈夫よ。」
「そうか…。助かってよかった…。ありがとうミミ。」
「私は何もしてないわよ。」
「そんな事ないよ。」
ストックからレーションを取り出し、頭の上に座っているミミに差し出す。
「はいコレ。 あの犬にレーション食べさせてた時、わがままを言わず我慢してくれてたじゃないか。」
「なによ、私だって時と場合を選ぶわよ。」
そう言いながらも、しっかりとレーションを受け取り抱きかかえる。
その様子に思わず笑ってしまう。やはりミミはミミである。
――――――――――
「もぐもぐ___ それはそうと、シュン。」
ミミは確認するようにこちらに話しかける。
「ああ、 わかってる。」
「そう、ならいいわ。 もぐもぐ___それで、どうするの?」
「とりあえずは、こっちが気付いてるとバレないように、かな。」
「もぐもぐ___ 家まで連れて行く気?」
「いや、その前に対処するよ。家まで戻って犬を安静にさせたいけど、拠点の場所を相手に知られたくはないからね。」
「前の二人には知らせなくていいの? モグモグ」
「変に動いて勘づかれたくないからね。状況をみて、確実に処理する。」
「そう…。 まぁ、あれだけ真っ赤っ赤なら仕方ないかしらね…。 もぐもぐ」
マップを確認、そこには一つのマーカーがこちらを尾行するように、常に一定の距離を保ちつつ、こちらの後ろをついて来ている。そのマーカーは赤色で表示されている。
赤___敵対表示だ。
最初人間たちと遭遇した時、マーカーの色は赤ではなかった。こちらを警戒していたが敵ではなかった。
あの時はまだ敵ではなかった。
だから無理に戦おうとはせず、銃も抜くことはなかった。
しかし、今は完全に敵対表示、こちらを敵と認識したのだ。
こちらとの別れ際、人間の男_グイルが仲間に指示を出していた。
その時マーカーが赤に変わったのだ。
その時こちらを敵と認識し、行動を開始したのだろう。
後ろを付いてきている奴は、おそらく偵察兵だろう。あの時グイルに指示を受けていた人間なのかもしれない。こちらを尾行し行動を観察、そして拠点などを確認したらそれを仲間に報告するのだろう。
__残念だが報告される前に処理させてもらう。
無駄な争いはしたくないが、敵を前に見逃すという選択肢はない。
近くに表示されているマーカーは追ってきている一人のみ。
他の人間たちは、遠く離れている。
攻撃したとしても、援護される心配はない。
排除させてもらう。
感想 評価 ブックマークよろしくお願いいたします!




