28 クー・シーの怒り
『人間族 侵入_?』
森に人間族が現れた。
クー・シーが言うには幾つかの人間族の気配をこの森の中で感じ取ったらしい。この森には人間族の村などは存在していないという話しだったと思っていたが、そんな人間の気配を感じたということは、その者たちは外部から現れたということになる。
『エインセル、この森 人の集団 いない 聞いた。』
『うん。ボクの知る限りではそう認識しているよ。もちろんボクが知らないだけで絶対にいないとは断言出来ないけどね。』
『そんな 人間 森の中 現れた。』
『そうみたいだね。 でも…』
エインセルは疑問の色をその顔に浮かべている。
『クー・シー、人間の気配を感じ取ったって言っているけど、それは別におかしい事でもなんじゃないかい。今までにも何度か人間がこの森に入って来た事が有ったと思うけど。』
そう、前に聞いた話では、少ないとはいえ、人間がこの森に入ってきたことがあると言っていた。森の恵みを求め狩りや採集をしたとしても別に不思議な事ではない。人間だって、それらの事は生きていくうえで必要なことである。
「ガルルゥガルルル ガルガルゥゥ」
『ではどうして__』
「ガルガルガル」
エインセルがピクリと反応した。
「ガルガルゥ ガルガウゥウ」
何かを聞かされたエインセルの表情が、険しいものへと変わっていく。先程までとは明らかに違う、困惑の表情だ。
『エインセル 何が あった』
クー・シーから何を伝えられたのかを確認するため、彼女に話しかける。
『シュン…。 クー・シーは___様々な感情を嗅ぎ取ることができるのさ。』
『感情 ?』
『うん。 彼は匂いに敏感でね。そういったものを嗅ぎ分けられるのさ。 そんな彼が人間族の感情を嗅ぎ取ったのだけど…。 あまりよろしくない物だったらしい。』
嫌な感情をもった人間がこの森に侵入してきた__これはあまり良いことではないだろう。
『人間 何をしに 森に』
『残念だけど、そこまでは判らないよ』
「ガルル ガルガルゥゥ」
クー・シーは人間が何故森に侵入してきたのかを調べに行くという。そのことを伝える為にフェノーの元へ来たのだろう。
「ガルルルガルル グルゥゥガルゥル」
『うむ…。 気をつけておこう。』
フェノーのと会話をすませると、クー・シーは森の中へ駆け出そうとする。
『クー・シー!!』
彼の名を呼び足を止めさせる。
「ガゥ ガルルルグゥ ガグゥガル」
『自分 一緒に 付いてく。』
「ガル?」
眉をひそめこちらを伺う。
『人間 何故 森に 知りたい。 もし問題 あった クー・シー 手貸す。』
もし人間が何か理由があってこの森に入ってきたのならその理由が知りたい。これは興味本位などではなく、その理由が解れば、何か対処が出来のではと考えたからだ。
オークの村が襲われた。
あのような痛ましい出来事は避けなければならない。
それにもしかしたら、移転したゴブリンの集落に危険が迫るかもしれない。
それを見過ごすことは出来なかった。
『お願い 一緒 行く。 』
クー・シーに迫り説得する。自分はどうしても行かなければならない。
『クー・シー、彼も一緒に行かせてやってくれないかい。』
「ガルルゥウル__」
『彼にも色々事情があってね。人間族の動向が気になるのさ。それに、自分の為ではなく、他者の為に動ける人物だよ彼はね。だからこそ知りたいのさ。』
「グルルルゥ…」
こちらの瞳を覗き込むように、顔を近づけてくる。巨大な顔が目の前に迫ってくる。しかし、ここで顔をそむけてはならない。自分の意思を伝える為にまっすぐ目を見据える。
「グルル… ガルルゥ。」
クー・シーは小さく唸ると、身体を反転させ離れていく。
言葉は判らないが、認めてくれたのだろう。
『ありがとう。』
彼に感謝し、後をついて行くことにする。
「ピピィ、これから森の中に入っていく。ここで少し待っていて欲しい。」
「ピィ。 シュン森の中 行く?」
「うん。だからピピィはここで待っててね。」
「ピピィ、一緒に行く!」
ピピィがこちらにしがみついてきた。だが、残念だが連れて行くことは出来ない。
「ピピィ、大丈夫。心配ないよ。すぐ戻ってくる。ちょっと偵察に行くだけだからね。」
優しく声をかけ、諭すように頭を撫でる。
「… ピィ… すぐ戻ってくる?」
「ああ。すぐピピィの元に戻ってくるよ。」
ピピィが強く抱きついてくる。 そして直に離れていく。
「ピィ! シュンすぐ戻ってきてね!」
彼女の言葉に笑顔で返す。
「ガルル! ガルガルゥ!!」
クー・シーが勢いよく森の中へと駆けて行く。
それに遅れないように自分も森の中へと足を踏み入れるのだった。
―――――――――――――――
『あと、 どれぐらい かかる』
「ガルルゥ ガルルル ガルゥガル」
『このまま行けば、もうす着くみたいだね。』
『そう か』
フェノーの家を出てからすでに1時間以上走っている。マップを確認して距離を測ってみるが10km以上は移動しただろう。森の中での移動と考えればかなりのハイスピードだ。普通ならばこの距離を移動するのは難しい。これも異世界転移による身体への変化の影響なのだろ。
『気 ひきしめる 』
『大丈夫、警戒は怠っていないさ。』
クー・シーの背中にまたがっているエインセルは笑顔で、しかし油断ない瞳で応える。
エインセルは自分たちと一緒に森の中を移動している。
フェノーの家から、クー・シーの後を追い森の中に入ると、エインセルがクー・シーの背中に跨っていたのだ。何故付いてきた_そう問うと『ボクがいなきゃキミはクー・シーと話せないじゃないか。だから一緒に行くのさ。』と言ってきたのだ。
確かにクー・シーの言葉を理解することは出来ない。だからといってエインセルを危険に巻き込むわけにはいかない。だが、クー・シーは既に歩みを進めてしまったので仕方なく同行を認めたのだ。しかし、何が起こるかわからないので、危険を察知したら必ず自分の後ろに構えることを約束させた。
『 !? 止まる!』
突然の声にクー・シーとエインセルが驚いた様子でこちらを見てくる。
「グルルガルル」
『マップ__ 人間の反応 みつけた。』
「ガル?」
『…、それは本当かい。』
『ああ』
移動中もマップを目で確認していたのだが、そのマップの索敵範囲にマーカーが表示されたのだ。ここからおよそ2km先に複数のマーカーが表示されている。
「ミミ、これって人間で間違いないかな。」
「どうかしらね。ただ気配を感じるってだけで、特定の種族を嗅ぎ分けられるって訳ではないから。もしかしたら違う種族かもしれないわよ。」
このマーカー表示はミミの索敵能力をマップで共有したものだ。探索範囲はものすごく広いが、個人を個別表示はすることはできない。
マーカーを確認する。その数は6つ。森の中を不規則に移動している。
『 慎重 移動 する』
常にマーカーの動向を気にしながらの移動となる。もし不審な行動があったら直に対応出来るようにしなければならない。
『シュンは、相手が何処にいるのかを把握することが出来るんだね。』
エインセルはこちらに近寄り、小声で尋ねてくる。
慎重に行動する為、また何かあった時、直に行動出来るようクー・シーから降りて徒歩での移動に切り替えたのだ。エインセルを乗せたままではクー・シーが素早く動くことが出来ないからである。
『把握、出来る。 でも 誰 わからない。』
『へぇ。 それにしても、随分遠くまで判るんだね。』
マーカーの現在の様子は細かく皆に伝えている。常に情報をチームで共有するのはゲームでの基礎である。この共有が出来るか出来ないかで勝率は大きく変わっていくのだ。
敵が何処にいるのか。その敵に対してどう行動すれば良いのか。チームでどのように動くのが最適なのか。常に考えながら行動しなければならない。そして情報の共有は敵を倒す為だけに行うものではない。仲間が今どんな状況なのか、大丈夫なのか、カバーは必要なのか。素早く助けるためにも必要なのである。
チーム
今回の探索メンバーはミミ、エインセル、クー・シーに自分を加えた四人編成である。
クー・シーはその巨体とそれに見合うだけの身体能力を有しており高い戦闘能力をもっているだろう。ミミはその精霊という存在から相手に見つかる危険がないので安全である。
しかし、エインセルはどうだ。
彼女はその子供のような小さな容姿から、とてもではないが、戦闘能力を有しているようには見えない。何か妖精の特殊能力でもあるのかもしれないが、戦闘向きとは到底思えない。そんな彼女を前線に連れて行っても良いのだろうか。
移動中ずっと考えていた。どうすれば彼女を危険から遠ざける事ができるのか、また、何かあった時、どう守れば良いのか。
その事から、一つの案が頭を過ぎっていた。
しかし、それは安易には行うことが躊躇われた。
こちらの能力をバラしてしまうことになるからだ。
この世界に転移していくつか考えてきた事がある。
この世界では魔法という不思議な力が発達しているという。
その魔法を使えば様々な力を発揮することができる。
しかし、自分の能力は魔法とはかなり異なる力に思えた。
そんな異なる能力を不特定多数に知られるのはリスクが大きすぎると考えたのだ。
なのでこちらの能力は極力バレないようにしてきた。
だが、しかし…
もしそこで能力を出し渋って、それでエインセルを危険に晒してしまったら…。
そんなことを考えていた。
それならたとえ能力がバレてしまったとしても、その上で彼女を守ればよい。
それに、彼女にならば、能力を伝えてもいいのではないだろうか。
短い間ではあるが、彼女と接してきて、そう思えるまでになっていた。
『…エインセル』
『なんだい、シュン。』
エインセルの顔をまっすぐ見つめ、こちらの思いを伝える。
『パーティー 編成、 受けて 欲しい。』
『パーティー、 編成…?』
パーティー編成
味方同士パーティーを組むことで、様々な情報を共有することが出来る。
今回離れた相手の位置を正確にマップに表示出来るのも、ミミとパーティーを組んでいるからこそ出来るのである。精霊の探索能力をパーティー内で共有したのである。彼女とはゴブリンの集落に向かう途中にパーティー申請をしてから、これまでずっとパーティーを組んだままである。
また、彼女だけでなく実はピピィとも既にパーティーを組んでいる。ピピィとは湖を離れた時からのパーティーである。旅の途中、何か問題があった時、素早くピピィを守るためにだ。パーティーを組むことで、味方の位置を常にマップで把握することが出来る。
そして味方であれば、個人を認識することが出来るのである。今マップには複数のマーカーが表示されているが、個別に判る形で表記されているのはミミとピピィのみである。自分のすぐ横の位置にミミのマーカーが、そしてかなり離れた位置にピピィのマーカーが表示されている。本来であれば、これだけ距離が離れてしまっては範囲外となりマーカーは表示されない。しかしパーティーを組んでいるからこそ仲間として表記されるのだ。
そのパーティーをエインセルへと申請する決断をした。能力がバレたとしても、それでも彼女を守ることを優先したのだ。パーティーを組めば、常にエインセルの居場所を確認することが出来る。そうすれば、たとえ森で不測の事態が起こったとしても守りやすくなる。
何があっても、そんなに距離が離れていても、彼女を見失うことはなくなる。
『パーティー 招待 エインセル、仲間。 受けて ほしい。』
エインセルはこちらをまっすぐ見つめ、そしてにこやかに応える。
『パーティー編成がどういっったものかは、ボクには分からないけど、シュンがそう言うんだ。恐らく必要なんだろう__うん。 いいよ。 ボクは受け入れる。』
彼女の言葉を聞いた後、パーティーの申請を送る。
『今 申請した。 感じる 受けて ほしい』
エインセルは何でもいないかのような様子をみせ、疑問を口にする。
『ふむ…。とくに変わった様子はないみたいだけど…。申請とはどういった感じで__』
その時エインセルが何か感じ取ったような表情をする。
『今なにかを感じ…これが申請…この感覚… 受け止めればいいんだね… あっ__』
それまで互いの間にあった壁が綺麗に消え去り、不明瞭だったものがクリアになる感覚が訪れる。エインセルとの距離が無くなり、繋がったような、そんな感覚だ。
『この感覚、なんだか不思議だね…。シュンがすぐ近くにいるような…。心が繋がったような、言葉では表せない不思議な感覚。』
エインセルも同じ様な感覚を覚えたようだ。
そしてそれを感じ取ったのはエインセルだけではなかった。
「複数人と繋がるのってやっぱり変な感覚よね。」
エインセルがパーティーを受諾したことにより、パーティー全体での共有になったからだろう、ミミがそんな言葉を口にする。彼女も感じ取ったのだろう。
彼女はこれで、ピピィと自分、そしてエインセルの三人とつながっていることになる。
「…えっ__!?」
エインセルが驚いた表情でミミを凝視している。その顔は今まで見た中で一番驚いているようでに見える。
「いったいどういう… 精霊の言葉がハッキリと聞こえている…。」
エインセルは今なんと___
精霊の言葉がわかると言わなかっただろうか。
いや、それよりも…
彼女が発した言葉を理解できた。
驚いたエインセルは共通語ではなく妖精の言葉で話していた。なのに彼女の話した言葉を聞き取ることが出来たのだ。これはいったい…。
もしかしたら
「エインセル。 今俺が喋ってる言葉、理解することが出来るか?」
『シュン、それよりも、 今精霊の言葉がボクにも____』
そこでハッとした表情を浮かべこちらに顔を向ける。
「キミも… キミのその言葉も理解出来ている…?」
こちらが共通語ではなく日本語で話していることに気がついたのだろう、その事実に気が付きエインセルは驚愕、そして困惑の表情をみせる。
「これはいったい、 どういうことなんだい…。 急にキミやミミの言葉が聞き取れるようになるなんて…。」
「わからない。だけどこうなった理由はわかる。おそらくこれもパーティー編成でもたらされる恩恵の一つなんだと思う。」
「それは、どういう事だい…?」
「パーティーを組むことで、色々なことが共有されるんだ。仲間の位置を知ることが出来るとかね。そして、これもその共有の一つじゃないかと。お互い、言葉の壁に関係なく意思疎通が出来るようになっているんだと思う。」
「それで精霊とも話せるようになったと…。」
恐らくだがそこまで荒唐無稽な話ではないと思う。この能力については、自分でも全てを理解しているわけではないので、断言は出来ないが、しかし今は検証している場合ではない。やるべきことが他にある。
「ガルルゥ ガルガルゥ」
先を歩いていたクー・シーが振り返り行動するように促す。
驚きのあまり歩みが止まってしまっていたのだ。
「ああ、ごめんよ。今行く。」
『すまない』
再び歩き始める。
今は人間の動向を知ることが先だ。
気になることがあれば、その後検証していけばいい。
―――――――――――
マーカーとの距離があと数百メートルという所まで接近した時、何か異変を感じ取ったのか、クー・シーの顔色が変化する。
「クー・シー、どうかしたのかい。」
エインセルが彼に尋ねるが、何か様子がおかしい。
「……!? ガルル… グガァアアア!!」
クー・シーが突如感情を爆発させた。
物凄い勢いで森の中を疾走する。
「!? エインセル! 彼にいったい何が!?」
「わからない! 何かを感じ取ったように見えたけど、いったい…。」
「クソっ! 急いで彼のあとを追うぞ!」
クー・シーに引き離されないよう急いで後を追う。
彼が駆け出した先、決まってる。マーカーの場所だ。
彼は何かに気が付き、そして急いでその場所に向かったのだ。
「くっ…! めちゃくちゃ嫌な予感がする。」
心にざわつきを覚えながら、急いでその場所へと走っていく。
―――――――――――――――
そこは切迫した空気に支配されていた。
クー・シーはその場で威圧するようにして周りの人物たちを威嚇している。
その場には数人の男たちが、一定の距離を保ちつつ、クー・シーを警戒している。
かなり緊迫した状態だ。
「ガルゥゥ ガルガルゥゥ!」
クー・シーが怒りを爆発させ咆哮をあげる。
今にも飛び出し噛み殺さん勢いだ。
その後ろ
傷だらけの犬が血まみれで横に倒れていた。
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