27 侵入者
『いやぁ、恥ずかしい所を見せてしまったね。』
エインセルは恥ずかしそうに頬を掻いている。
『キミがくれたレーション、あれは不思議な食べ物だね。あんな体験は初めてだよ。精霊のミミが熱を上げるのも判る気がするね。』
「あら、私はあなたみたいに取り乱したりはしないわよ。」
いや、ミミの方が酷いからね?
ハムスター精霊だからね?
『はは、以後気をつけるよ。』
お茶を飲みビスケットを口にする。
『それにしても、不思議な効力もそうだけど、それを抜きにしてもレーションは本当に美味しいね。これはどうやって作っているんだい?』
エインセルはレーションの作り方に興味を持ったようだ。
『レーション 作り方…』
エインセルには申し訳ないが、残念だが教えることはでいない。というより作り方など知らないといった方が正しい。普通の保存食であれば、水分を抜き乾燥させた後、真空パックする方法や、瓶や缶の物は煮沸して消毒して作る方法がある。しかし軍用レーションの作り方など知る由もない。
それにこれは自分が作ったのではなく、能力で具現化したものだ。ゼロから完成品が手に入るので、工程など判らない。
『… すまない。 教える できない。』
『ああ、気にしないで欲しい。ちょっと興味をもっただけだからね。無理強いするつもりはないんだ。すまないね。』
エインセルは何でもないといった風で応える。追求してこないでくれるので助かる。
少々ゴタゴタしてしまったが、その後はゆっくりとしたティータイムを満喫することが出来た。
森の中、ひっそり営業している隠れた喫茶店。
そんなフレーズが似合う心地よい空間である。
出されるお茶は癖のない風味と味で、ほんのり甘いお茶請けにとても合う。それに彼らの家も、自然の香りに包まれた癒し空間であり、都会で暮らしていた自分からするとちょっとした憧れさえある。
『良い家 落ち着く。』
『フフ、気に入ってくれて嬉しいよ。』
『うむ。』
「ピィ! お家素敵!」
『ありがとうピピィ。』
「ピィ。エインセル、フェノーとずっと一緒に暮らしてるの?」
『フェノーとかい?』
フェノートエインセルは同じ妖精ではあるが、系統はまったく異なるように見える。小柄なエインセルに対しフェノーはかなりの躯体である。そんな二人が一緒に暮らしているのが気になったのだろうか。
『そうだね…。フェノーと一緒に暮らすようになってから__どれぐらいになるんだろう。フェノー覚えているかい?』
『エリーが家に来てから70年ぐらいになる。』
『おや、まだそのぐらいしか経っていなかったのか。もう随分一緒に暮らしている気がするよ。』
どうやらこの家は元はフェノーの家で、後からエインセルが住み着いたようである。
それにしても…。年数の単位が数十年とは、やはり妖精という種は、予想はしていたがかなり長寿のようである。本当に精霊に近い存在なんだと改めて思い知らされる。
「ピィ。このお家、フェノーのお家だったの?」
『うん。もともとはフェノーが一人で暮らしていたらしいんだけど、ボクがお邪魔する形になったんだ。』
『一緒 何故 なろうと?』
『この家を見つけたのは偶然でね、そしたらそこで暮らしている妖精がなにやら面白いことをしているじゃないか。それで興味をもったのさ。』
エインセルは飲んでいるお茶を持ってみせた。
『森の中ではこうした飲み物やお菓子はなかなか手に入らないからね。それに自家栽培もなかなかどうして、観察してみると面白くてね。気がついたら一緒に暮らしていたのさ。』
フェノーの生活が好奇心旺盛な彼女の琴線に触れたのか、それで一緒に暮らすことになったようだ。家に押しかけるエインセルもそうだが、それを簡単に受け入れるフェノーもずいぶんである。妖精とは結構自由な種族なのだろう。
『一緒といえば、ふと気になったのだけど、キミたちはどのような経緯で一緒になったんだい。』
エインセルは自分とミミを交互に見ながら質問してきた。
『ピピィとの出会いは以前聞かせてもらったけど、シュンと精霊であるミミはその前から一緒にいたようだし、二人はどのように出会ったんだい?』
確かにピピィとの出会いは、前にエインセルに話した事があった。オークの村のことを説明した時だ。しかしミミとの出会いはそれ以前だったので話していなかった。
『ミミと 出会い…』
当時の事を思い出す。まだ数ヶ月と経っていないのに、随分昔のように感じる。きっとこの世界にきてから色々な事が立て続けに起こったからだろう。
『洞窟 何かいる気配 感じた。 注意する 目の前 ミミ いた。』
「そういえばそうだったわねー。」
ミミも当時のことを思い出したようだ。
「私と初めて会った時、シュンったらびぇんびぇん泣いていたっけ。」
「……はぁ?」
あの時、確かに気が参っていたが、そのように泣いていたつもりはない。
「そんな彼を私が慰めてあげたら、シュンったら甘えちゃって私と一緒にいたいー!って泣きついてきちゃったのよね。それで突き放すのも可哀想だから一緒にいてあげることになったのよ。懐かしいわぁ。」
「勝手に過去を捏造するな!!」
「あら、私と一緒にいたいって言ってきたじゃない。あれ嘘だったの?」
「うっ…」
確かにあの時、どん底にいた自分にとって、ミミという存在と出会えてた事で救われたのは本当だ。彼女のお陰で立ち直ることが出来たのも事実である。
しかし…
しかし、だからといってびぇんびぇん泣いてなどは決してない。
「あの時のシュンは可愛らしかったのに、どうしてこんな天の邪鬼になっちゃったのかしらねぇ。もっとミミさんに素直になってもいいのよ?ほら、胸を貸してあげるわ。」
両手を広げて受け止める姿勢をとる。
甘えても良いよの?とドヤ顔で待ち構えている…
ガツンと言い返してやりたいが、彼女の言葉が全部ウソと言うわけでもないので、強く言うことも出来ない。
否定することも、強く言い返すことも出来ず。
ミミに顔を向けるのもあれなので、余所を向いて視線を合わせないようにする。
「あら、拗ねちゃって。」
ミミはこちらを、からかってみせた後、クスッと笑って優しい笑顔を見せる。
…彼女に良いように転がされている気がしなくもないが__だからといって彼女の事が嫌いになるわけではない。
なんとも歯がゆい気持ちでいると、ピピィがトコトコとこちらに近寄ってきた。
「シュン、泣いてた?」
どうやら先程の話を信じてしまったようだ。
「ピピィ、大丈夫だよ。泣いてないから。」
ピピィはそのままこちらに近づくと、ぴとっ身体を寄せてきた。
「ピィ。 シュン大丈夫だよ。ピピィ傍にいる。悲しくない。」
そのまま胸に顔をうずめてくる。
「シュン泣いても、ピピィなぐさめる。ピピィ一緒だよ。」
最近気がついた事なのだが、ピピィはこういった感情に対して、敏感に反応する。すごく心配してくれるのだ。
以前元の世界の事を思い出してナーバスになっていた時も、こうして寄り添ってくれていた。根が優しく彼女はこうして他人。
「ありがとうピピィ。大丈夫だよ。」
「本当?」
「あぁ。 ピピィのお陰でいつも元気だよ。」
いつものように優しく頭を撫でてあげる。
すると彼女も気持ちよさそうにして身体を預けてくる。
ピピィの優しさに触れていると、ミミがプカプカと顔の前に飛んで来て、そのままマズルの上に座りぴとっと顔面に張り付いてくる。
「ミィ。 シュン大丈夫だよ。ミミィ傍にいる。悲しくない。」
………
「ミミ、何やってるの…?」
「ミィ? ミミ、シュンと一緒だよ?」
「その悪ふざけやめないと怒るからね。」
「ミィ?」
首を傾げ顔を覗き込んでくる。端から見れば可愛らしい行動かもしれないが、残念ながら素直に受け取ることはできない。
「…もうレーションあげない。」ボソッ
「はぁぁぁあーー!!?」
跨いでいた足で思いっきりマズルを締め上げ瞼を引っ張り上げてくる。
「何よ! この美しくて可愛らしいミミさんが優しくしてあげてるのに、その態度はないんじゃないの!?」
「何が可愛らしいミミさんだ!! そんなもん知らん!!」
つまみ上げ引き離そうとするが、足でマズルにしがみついているので剥がすことができない。おまけに瞼が引っ張られて地味に痛い。
無駄な攻防で、負わなくてもいいダメージを負い、先程までの癒やしは完全に消え去ってしまった。
『キミたちは本当に仲が良いね。』
ミミとの低レベルな争いを横で眺めていたエインセルが何を思ったのか、ニコニコと笑いながら妙な事を口にする。
『…、これ 見て それ 思う?』
『ふふっ。 むしろなんでそう見えないと思うのかな。』
クスリと笑う彼女は本当にそう思っているようだ。この醜い争いでそう思えるのならどんなものでも仲良しに見えるのではないだろうか。
『それに、精霊がそんなにも感情的で主張が激しいなんて、ボクは知らなかったよ。普通、精霊は物事に対して素っ気ないもので、何かに対してそれほど興味を持つこともないと思っていたよ。』
エインセルは笑顔をこちらに向け話を続ける。
『それなのに、キミとミミとの関係はそれらとはまったく異なるものだ。キミ達には本当に驚かされてばかりだよ。』
エインセルによれば精霊とはもっと静かなる存在らしい。確かにイメージとしてはその方がしっくりくる。というか普通はそうなのだろう。
「他の精霊のことなんて知らないわよ。私は私のしたいようにするの。」
堂々たる佇まいで宙に浮かぶその姿は、お淑やかとはまるで逆である。
他の精霊がこうではないことを切に願おう。
―――――――――――――――
その後も他愛もない雑談をしなが、ゆっくりとした時間 (本当にゆっくりかどうかは疑問ではあるが…) を過ごしていると、突然フェノーが何かに気がついたような反応をする。
『フェノー どうした ?』
『クー・シーが、反応した。』
『クー・シー?』
『クー・シーはボクたちの友達さ。この森付近を縄張りにして住んでいるいるんだよ。』
フェノーはゆっくりと立ち上がると、扉の方に向かいそのまま家の外に出て行く。
『クー・シーは自分の縄張りで何かあった時、こちらに教えてくれるのさ。__確かに先程の声はクー・シーのものだったけど… 森で何か起きたのかな。』
エインセルもフェノーに続いて家の外へと出て行く。
「クー・シーって確か…」
記憶が間違っていないのであれば、クー・シーは北欧の伝承で登場する妖精だと記憶している。クー(犬)・シー(妖精)であり、ケット・シーと同じ様な存在だとされている。ただケット・シーは二足歩行の猫といった容姿であるのに対しクー・シーはより犬に近い姿だとされている。クー・シーは妖精の森の番人と言われており、危険を知らせたり、また敵を自ら排除したりもするという。
そのクー・シーがこの森にいた事に驚きではあるが、今はそれどころではない。
クー・シーが何かに反応したとフェノーは言っていた。
いったい何に反応したのだろうか…
嫌な予感がする。
二人を追うようにして、自分たちも外へと足を運ぶ。
家の外にでると、そこには雄牛並の大きさの犬が佇んでいた。
身体は緑の毛で覆われており、長く背中まで届くであろう尾は渦のように巻かれている。伝承に言い伝えられるクー・シーが正に目の前に存在していた。
そんな伝承で伝えられる存在である大きな犬クー・シーは、フェノーと何事かを話しているようである。クー・シーは妖精であるのだから、同じ妖精であるフェノーと会話をしていてもなんら不思議ではないのだが、それでもやはり目の前の光景には驚いてしまう。
彼らの会話は恐らく妖精語を使用しているのだろう__その為、聞き取る事が出来ない。しかし、様子から察するにあまり良い話は、していなさそうだ。
『エインセル 彼ら 何て』
状況を説明してもらおうと、近くにいたエインセルに話しかける。
『シュン。 彼は…』
「ガルルゥゥ」
エインセルが説明をしようと口を開いたその時、クー・シーが唸り声をあげながら間に割って入ってきた。
「グルルゥ」
クー・シーは牙をむき出し、唸り声をあげる。
「ガルルゥ グルルゥ グルルゥ」
警戒心を隠そうともせず唸り声を上げ威嚇してくる。何を言っているのか判らないが歓迎されていないことだけは確かだろう。
「ガルルゥガルガルゥゥ ガルゥゥ」
その巨体で迫ってくる姿は、かなりの威圧感があり、思わず後ずさりしてしまいそうになる。
「**** ******** **** ****」
エインセルがクー・シーとの間に入り言葉をかける。小さな体で巨大な犬の前に飛び出す光景は危険に見えてしまうが、彼女はクー・シーと知り合いのようだし、自分よりも遥かに安全なのだろう。
事実、エインセルがクー・シーの前に出たことで、彼の警戒心が和らいだようにみえる。
「ガル、 ガルル? ガルガルルゥゥ」
「*** ******* *******?」
「ガゥ ガルルル ガルルゥ… 」
「***** ******** ** *****」
「ガルゥル」
クー・シーは驚きの表情を浮かべる。そんな仕草に、場違いながら犬の顔でも表情が判るもんだなとなんともマヌケな事を思ってしまう。
エインセルと会話をしていたクー・シーはこちらを、正確いうのならば自分とミミを見比べているようだ。
視線を向けられたミミは何故かシャドーボクシングのマネごとをしており、拳を前に突き出し口で シュッ、シュッ と言っている。
クー・シーに対して牽制でもしているのだろうか…。
「…ガルゥ ガルウゥウガル ガルガルゥ」
ミミの牽制が効いた__わけではなくエインセルの説得が効いたのだろう。
クー・シーはその警戒心を解いて牙を収める。
「ガル、ガルゥガルガルガルゥゥ ガルガルガル。」
「**** ***** *******」
「ガル? ガルウゥ ガゥル…」
『シュン、クー・シーが、驚かせてすまないって言ってるよ。 彼は悪い奴じゃないんだ、許してやってくれないか。』
先程の言葉、どうやら威嚇したことに対して謝罪していたらしい。
『かまわない。 気に、 していない。』
「ガルルガルゥルガル ガルガルウ」
クー・シーは頭を下げるような姿勢をこちらに行う。犬の姿でそのような仕草をするのでなんとも愛嬌がある。
『ありがとうだってさ。』
クスリと笑いながらエインセルがクー・シーの言葉を訳す。
いきなりの威嚇にどうなることかと思ったが、誤解が解けてなによりである。
『それで、話し 戻す。 何 あったのか?』
誤解も解けたことなので、話しを戻し先ほどのフェノーとクー・シーの会話のことを尋ねる。
『あぁ、そのことについて話す所だったね。』
一呼吸置いて、エインセルは言葉を続けた。
『この森に侵入者__人間族が入り込んだらしい。』
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