25 妖精の住まう家
「ピィッ!! エインセルのお家! ピィ! 行く!」
こんな顔だった。
エインセルと話した翌日、ピピィにエインセルの家のことを伝えるととても興奮した様子で翼をはためかせている。
「ピィ! おうち。 おうち。 ピィ! ピィ!」
小さな子供がお友達の家に遊びに行く時、きっとこんな感じになるのだろう。身体全身を使って喜びを表現している。
翼を広げ身体を小刻みに動かし、お尻をフリフリと横に振っている。
「ピピィ、嬉しいのは判るけど、今は大人しくしてなさい。ほら、こっちにおいで。朝ごはんにするよ。」
いつまでも喜びの舞を踊っているピピィを窘めこちらに来るように促す。
それで我に返ったピピィはトテトテと近寄ってくる。
「ピィ。シュン、ごはんー!」
「はいこれ。ゆっくりよく噛んでお食べ。」
「ピィ!」
ストックから朝食の果実と干し肉を一切れ取り出す。
彼女はそれを器用に翼て掴み、美味しそうに啄む。
本当はサンドイッチなどが朝食には合うと思うのだが、この世界では柔らかいパンは入手するのが難しく、また手に入るとしても、それは小麦ではなくライ麦などの別の麦から作られる硬いパンである。よく言われている通称黒パンだ。ただ、ライ麦などから作るパンが全て黒くなるかというとそうではなく、あれは全粒粉や、皮や胚芽を含む精製度の低い粉を使用するためだと言われている。なので精製度の高い粉を使うと黒くはならないといわれている。
そんな黒パンであるが、実は少しではあるがゴブリン達から頂いていたりする。彼らも生きていく上で必要だろうに、それらを譲ってくれたのだ。そんな彼らに感謝し、黒パンも食事のバリエーションに加わったのだが、やはり数は少なく、気軽に出す事はできない。なのでたまに出す程度である。
ストックから更に朝食を取り出す。
『エインセル。 朝食』
取り出した物をエインセルへと手渡す。彼女はそれを受け取るとニッコリと微笑む。
『いいのかい? ありがとう。 美味しく頂くよ。』
自分たちが朝食を摂っているのに彼女だけ何もなしというのは流石に気が引ける。食料のストックはまだ十分に残りがあるので彼女に分け与えたとしても何も問題はない。
ふと、妖精は肉とか食べても大丈夫なのか__とも考えたが、彼女の方を見てみると、どうやら問題ないようだ。
「ミミも、はいこれ。」
「ありがとう。」
彼女にも同じように朝食を手渡す。しかし彼女の場合は身体が小さいのでそのまま渡すと大きすぎるので小さくカットしたものを渡す。彼女はそれを受け取るとモグモグと食べ始める。
「さて、俺も頂くとするかな。」
全員に食事を手渡したこと確認してから食事にありつく。質素な味わいではあるが、食事にありつけるだけでも有り難いものだ。この世界に転移したてのころは、ろくに食事も取ることができなかったのだ。それと比べれば、今はこうして食べ物を口にすることが出来る。そしてなにより共に食事をする仲間がいる。この状況に感謝しなければ罰が当たるというものだ。
朝食を食べ終え、出立する準備を整える。とはいえ何か特別なことをする訳ではない。焚き火後に残された灰を集めそれを麻布の袋の中に入れる。灰は色々と有効活用が出来るのでできるだけ回収するようにしている。そして、今回は出なかったが、燃え残った炭などはツボの中に入れるようにしておく。火消し壺だ。これはゴブリンから譲り受けたものだ。炭は次の焚き火でも利用することができるので回収するようにしている。
焚き火の処理をしたら、あとはそれぞれの荷物をまとめ収納するだけである。荷は収納することが出来るので基本身軽な旅である。
「さてっと。じゃあ出発するか。」
「ピィ!」
『エインセル 家 案内お願い。』
『うん。それじゃあ案内するね。 ついてきてよ。』
エインセルの案内のもと彼女家へと足を運んでいく。
森の中ゆっくりとした歩みで進む中、ピピィは今日も元気よく歌を歌う。
朝のハイキングは彼女のお気に入りだ。
朝の森は薄っすらと霧が立ち込め、日が完全に登っていないので肌寒くもあるのだが、それがかえって心地よいぐらいだ。
『面白い音を奏でているね。』
ピピィの歌に興味を持ったのかエインセルは彼女に話しかける。
「ピィ! シュンにいっぱい、お歌教えてもらったの!」
『へぇ、そうなのかい。』
ピピィの歌に感化されたのか、エインセルも一緒になって歌を口ずさみはじめた。
エインセルの歌は透明感があり透き通った声ををしていた。
彼女の歌はピピィとはまた違う美しい音色であった。
妖精というのは歌が上手いものだと関心していると、頭の上をペチペチと叩かれる。
「…ミミ、 俺の頭は太鼓じゃないんだよ? 毎回毎回叩かないで欲しいんだけど。」
「シュン、判っているわね?」
「判っているって何が…?」
何が_と言ったが、実は何のことか判っている。だがあえてとぼけてみる。
彼女がこんな態度を取るなんて一つしか無い。
「何_って、とぼけないでよね。アレよアレ。」
ミミは声を潜めて喋りかけてくる。
アレって…。 なんて言い方するんだ彼女は。 そんなコソコソしないでも…。
身を小さくし、ひっそりと語りかけるその様子はヤクの売人もしくは常習者のソレである。間違っても精霊のソレではない。
「今ならあの子に見つからずに…。後は判るわよね。」
駄目だコイツ…、早くなんとかしないと…。
などなど冗談はさておき、もういい加減頭を叩かれすぎて感覚が麻痺しても困るので、ストックからレーションを取り出し彼女に手渡す。彼女は渡されたレーションを神速の動きで身体で隠すようにして抱える。素早い…。
実はいつも通り朝食の後にレーションを渡そうとしたら、彼女に目で制されたのだ。 「 今はまだマズイ、時期を見て受け取る 」と。 何が時期だよ。
恐らくレーションの存在をエインセルに見つかるのを良しとしなかったのだろう。レーションには限りがあるので、エインセルにあげてしまうとミミの分が減ってしまうと彼女は考えたのだろう。
なんともセコい…。
別にエインセルにあげても問題ないと思うのだが、頭を叩かれすぎてバカになるのも嫌だったので、取り敢えず今まで様子を見ていたのだ。
レーションを受け取ったミミはいつもの定位置に付き両腕でレーションを抱え、ハムスターのように頬を膨らませながら食している。
「ねぇミミ、もっとゆっくり味わって食べなよ? 誰もとったりしないよ。」
「モグモグ」
「…ミミ?」
「モグモグ」
どうやら本当にハムスターになってしまったようだ。
まぁ、これで頭を叩かれる心配はなくなったし、しばらくこのままにしておこう。
森の中を暫く歩いている中、少し疑問に思ったことがあったので、エインセルに聞いてみた。
『エインセル、 家 一人 暮らす?』
『ボクかい? いや、友人と二人で暮らしているよ。』
『友人? その人物 妖精?』
『うん、彼も妖精さ。でもボクとはすこし系統が違うかな。』
『系統 ?』
エインセルはその家で別の妖精と暮らしているという。
別の妖精とはいったどのような妖精なのだろう。
やはり彼女の様に中性的な美しい顔立ちをしているのだろうか。
エインセルもそいうだが、精霊であるミミもとても綺麗な顔をしているし、精霊や妖精といった存在は誰もが整った顔立ちをしていのだろうか。
気がつくとエインセルがこちらを伺っている。
『エインセル どうした_?』
『いやね、キミが急に黙ったからさ、どうかしたのかなと。』
『ああ_ 少し 考えてた すまない。』
『いや、気にしなくてもいいさ。 それより… 彼女はどうかしたのかい?』
エインセルはこちらの頭の上に視線を向けている。頭の上ではミミが背を向け座ってる。ちょうどエインセルからレーションが見えない形になっているのだ。
『… 気にしない 問題 ない』
『そうかい? ならいいんだけど…』
エインセルは小首を傾げ不思議そうな顔をしている。彼女の疑問は当然かもしれない。しかし、身内の痴態をわざわざ言う必要はない。しばらく放っておいてもらいたい。
「ピィ! ミミはね、あれが大好きなんだよ!」
あ…
ここに純粋な子がいることを忘れていた。
ピピィはなんの疑問も持たずにエインセルの質問に応えた。
『おや、あれとは_?』
「ピィ! あれはね、シュンがくれるんだよ! 私もあれ大好き!」
ピピィの言葉にさらに疑問を頭に浮かべるエインセル。
あれとはいったい__ そんな表情である。
エインセルが疑問に思っているその時、頭の上のミミに動きが見られた。
どうやらレーションを食べ終わったらしい。
レーションを食べ終わったミミは、ゆっくりと姿勢を正し前へ向き直る。
その表情は穏やかで優しく微笑んでおり、とても幸せそうである。
「うふふ…。」
とてもうっとりとした表情でどこか艶かしくもあるそれは、しかし慈愛にみちた表情をしている。そして慈しみをもってそのお腹をさする。
『おや、ミミ、どうしたんだい。なんだかとっても嬉しそうな表…じょ う… 』
エインセルが固まった。
発した言葉は最後まで言い終えることなく、二の句が継げないでいた。
その表情は、驚愕とも、戸惑いとも、呆然とも取れるような、しかしそうでないよな、言いようのないものであった。
「*… ミミ、 ******… **… **… ** ***… 」
あまりの驚きから素の言葉に戻ってしまっているが、エインセルはその事に気がついていない様子である。妖精語なので、何を言っているのかは判らないが、なんとなくは理解できる。
まぁ、そうだよな。
ビックリするよね。
精霊があんなことになるなんて。
ミミのお腹はポコリと膨らんでおり、まさに妊婦さんのそれそのものである。
妊婦精霊の再再々爆誕である。
毎日朝食の後にレーションをあげているが、毎回こうなるわけではない。
普段はゆっくりと味わって噛みしめるように少しずつ食べているので、お腹は膨れないのだが、今回の様に大量に、一気にむさぼるように食すと、こうなるのだ。
まるで誰にも取られたくないかのように、その栄養をひとかけらも漏らさぬかのように。貪欲にレーションを取り込む姿は精霊の幻想を一瞬にして吹き飛ばすものである。むしろハムスターの精とでも言われた方が納得できるというものだ。
「****… *************…」
未だに驚きから抜け出せていないエインセルはブツブツと何かをつぶやいている。
…いくら何でも驚き過ぎではないだろうか。
「**… ********** **********************… *****…」
まだ何事かをつぶやいている。
いや、驚くにしても何か変だ。
なんだか怪しくなってきた。
「ミミ…*******…」
エインセルの言葉に反応したのか、ミミが優し声で、幸せを噛みしめるかのように話し始める。
「うふふ。これはね。 幸せのかたちなの…。」
うっとりとした表情でお腹を優しくさする。
まるで慈しむかのように。
うん、違うよ?
そのなかに入っているのは食べ過ぎたレーションだからね?
満腹による満足感でトリップしちゃってるよね?
まぁ彼女の気持ちもわからなくはない。
自分も柔道をやっていた時、練習の後腹が減って減って、何でもいいからお腹いっぱい食べたいとなった時に、美味しい食事を思いっきり掻き込んだ時は、同じ様に幸せな気持ちになったものだ。そのまま横に寝転がって腹をさすると気持ちがいいのだ。
慈しみの表情っぽいけど、それたんなる満腹くんだよね。
そんなどうしようもないことを考えていると、エインセルがを見つめてくる。
その表情は優しく、そして温かい眼差しである。
『おめでとうシュウ。キミたちの奇跡、きっとかわいい子になるだろうね。』
この子は何を言っているんだろう。
エインセルは何かを悟ったような顔をしており、それでいて全てを祝福するかのような笑顔を見せてくる。その表情に思わずありがとうと言いそうになるが、何もありがたくない。
『エインセル、 勘違い してる ないか_? 不安_。』
彼女の思い違いを正してあげたいが、上手く言葉をつげられない。ここにきて不慣れな共通語に苦戦する。こちらの言葉が伝わればよいのだが、妖精の彼女には伝わらないのだ。
そんな苦労をよそにエインセルは首を横に振る。
『フフ。大丈夫、判っているよ。 心配なんだよね。 でも大丈夫だよ。 ボクも協力するよ。 キミたちの幸せを、傍で見守らせてくれないか。』
うん、何も判ってないよね?
何も伝わってないってことは判ったよ。
「ピィ! シュン、心配? だいじょうぶ! ピピィもそばに居るよ!」
『フフ、ピピィは優しい子だね。 そうだね。一緒に彼らの傍にいてあげようね。』
「ピィ! みんないっしょ! ピピィ嬉しい! ピィ!」
うん。
どうしようこれ
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『アハハハハ!クゥ… プクススス アーッハハハハ』
森の中、大きな笑い声が鳴り響く。
自然には似つかわしくないその笑い声は、これまた似つかわしくない人物から発せられている。その美しく整ったその中性的な顔は、今では涙を浮かべて破顔している。そんな大声で笑ったら、綺麗な顔が台無しになるのではと思われたが、実際は、素材がいいとそんな顔ですら絵になるようだ。
妖精がこんなにも声を上げて笑う様は珍しいのではないだろうか。
「ピィ! ピィピィ! ピィー♪」
こちらも機嫌よさそうに笑っている。
ピピィはいつも通り楽しそうである。
きっと彼女の場合は笑っているエインセルを見て自分も楽しくなってきたのだろう。
『アハハ… ハハ ヒィ… フゥ…。 クスス 』
ようやく笑いが収まってきたようだ。未だ目に涙を浮かべているが、呼吸は整ってきている。肩で息をしているが、次第にそれも落ち着いてくる。
『ふぅ…。 いや、すまないね。笑うつもりはなかったんだよ。』
「まったく、妖精がこんな品がないとは思わなかったわよ。」
ミミが責めるような視線をエインセルに向ける。
『いや、本当にすまないと思っているよ。しかし、まさか精霊がそんなことになるなんて。』
ミミのぽっこりお腹を見たエインセルはまた笑いがこみ上げてきたのかクススと声を漏らす。そんなエインセルにミミはご立腹の様子である。
「あなたね。人のこと見て笑うなんて妖精失格よ!」
腰に手を当て仁王立ちの姿で、エインセルを嗜める。堂々佇まいかもしれないが、ぽっこりお腹を突き出しているようにしか見えない。
そんな姿を見たエインセルはまたもや笑いがぶりかえしてきたのか、ヒィヒィいっている。
「はいはい。ミミさんや、もうその辺でゆるしてあげようね。それで大人しく頭の上で座っててね。精霊はお淑やかにしてなきゃ駄目だよ。」
「なによ。精霊が淑やかなんて誰か決めたのよ。」
渋々ながらもミミは怒りを収めゆっくりと頭の上に座る。
『エインセルも、 そのへん もう 終わり』
『ふぅ。こんなに笑ったのなんて初めてかもしれないよ。本当にキミたちは面白いね。』
やっと落ち着きを取り戻したエインセルは、息を整え目に浮かぶ涙を拭う。
『しかし、彼女がそんなになるほど、愛してやまないレーションとは、いったいどれほどの物なんだろうね。少し興味があるよ。』
「私のレーションを奪うつもり? そんなことさせやしないんだから!」
ミミが鼻息荒く威嚇していく。
もう本当に精霊のイメージがガタガタである。
「みみ、別にレーション全部がミミのものじゃないんだから、もう少し大人しくしようね。」
「私の取り分が減っちゃうでしょ!」
「減らないよ。ミミにはいつも同じ量のレーション上げてるでしょ。それでも文句言うんだったらもう上げないよ?」
この発言に、ミミはこの世の終わりとでもいうかのような表情をしている。
レーションごときでこの世が終わってたまるものか。
『エインセル、 今 ミミ 興奮してる。 今度エインセル レーション あげる。 』
『フフ、 期待して待ってるよ。』
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森の中を歩いて結構な時間が過ぎ、あと何時間かすれば日が暮れるであろう時刻、エインセルはもうすぐ近くまで来たことを告げる。
『もうすぐ家に着くよ』
「結構家から離れていたんだな。」
自分たちがエインセルと出会った場所はここから結構な距離が離れていた。よく自分たちを見つけられたものだ。それとも妖精のなにかしらの能力で発見したのだろうか。
そこから少し進んだ先。
そこは切り取られたかのように森が開けていて、そこにポツンと家が建てられていた。
エインセルに案内され森の中歩くこと数時間、ようやく彼女の住まいに辿り着いた。
家の作りは森の木を利用したのだろう、木造作りで外観はログハウスのように見える。平屋の家は、質素ながらしっかりした作りのようだ。
『ここが エインセル 家か』
『うん。 ようこそ我が家へ。 歓迎するよ。』
エインセルはくるりとその場で回ってみせ、こちらを向くと優雅にお辞儀をする。
『さあ、おいでよ。ボクの友も紹介するよ。』
友__ エインセルは別の妖精と一緒に住んでいると言っていた。
その友がこの家に居るのだろう。
「****、***********」
エインセルが家の中にいるであろう友人に声を掛ける。すると、家の中からゆっくりとした、落ち着きがある声が聞こえてきた。
「*****。 *******…?」
「**。 *********。 **********。」
家の中でゴソゴソと物音が聞こえてきる。声の主が家の中を移動しているのだろう。
エインセルと妖精語で会話をしているので、何を言っているのかわからないが、状況からエインセルが友人にこちらを紹介しているようである、
家の中から聞こえてくる足音が扉の前でとまり、ゆっくと扉が開かれる。
『みんなに紹介するよ。 彼がボクの友人のフェノーさ。』
フェノーと紹介された友人は扉からゆっくりと姿を表す。
妖精と聞いて、エインセルのような小さく可愛らしい妖精だと思っていたが、扉から現れたソレはエインセルとはまったく違った容姿をしていた。
ソレは全身を緑の毛のようなもので覆われていた。
そして、とても大きな体躯をしていた。
その大きくて不思議なソレはその身体に相応しい低く静かな声で言葉を発する。
「**、***。 ********。****。」
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