22 森の中、遭遇
ゴブリン達の集落を新天地へと移転し、生活も安定してきたことで、もう自分が手助け出来ることはない。その思いから集落を出て旅をすることにした。
この旅にはミミとピピィがついて来てくれることになった。行く先でどうなるかわからないが、彼女達と一緒なら、どんな旅でも楽しくやっていけるだろう。
森の中を移動中、これまでは沢山のゴブリンを伴っての移動をであったが、今はたったの三人、ずいぶん寂しい人数になってしまったな。そんなことを考えていた。
「ピィピィ♪」
そんなセンチな考えどこ吹く風、ピピィは今日も元気よく歌を歌っている。
彼女の歌声はどこまでも透き通る。心地よいいつまでも聴いていたくなる唄だ。木々のざわめきも今では彼女の歌声をより引き立てるコーラスとなり自然のオーケストラーとなっている。
「ピピィは本当に歌を歌うのが好きなんだね。」
「ピィっ!歌うのとっても楽しいの!」
お尻をフリフリと左右に揺らしながら喜びの舞を踊り体全体で楽しさを表現している。彼女はいつだって幸せそうだ。
「こういうのを幸せって言うのかしらね。」
そう口ずさむのは、自分の頭の上で、その大きなお腹を慈しむように撫でながら幸せそうな顔で横になっている妊婦さん… ではなく大食漢精霊ミミである。
彼女はレーションを食べた後、心地よい歌声を聴きながら横になって身体を休めていた。こちらはこちらで平常運転である。
綺麗な歌声を聴きな歩く、なんとも長閑なハイキングであるが、何も考えず無防備に歩いているわけではない。ミニマップを目の端でとらえ、危険がないか警戒を怠らない。いくら長閑そうにみえてもここは森の中、いつどんな危険が迫ってくるのか判らない。人にとって森は決して優しいものだけではないのだ。
ゴブリン達との移動中でも、幾度となく大型肉食獣の影を捉えることがあった。もちろんそれら全ての肉食獣が襲って来たわけではない。こちらは何十という大人数、警戒して寄って来ない肉食獣も多い。しかしそんな大人数にも関わらず襲ってこようとしてきたやつらも少なからずいたのだ。もし無警戒の中襲われたら大きな被害が出ていただろう。しかし、このマップという反則に近い捜索能力のおかげで奇襲されることはなく、逆にこちらが先制を仕掛けることも可能となっている。敵の位置を特定出来るというのはやはりかなりのアドバンテージである。
だからといってこの機能だけに頼りっきりというのは、もしもという時足元を救われかねない。目や耳といった五感を使った警戒も怠らないよう気をつけなければ。
そんな警戒などどこ吹く風、ピピィは今日も楽しそうに歌を歌う。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
流れのゆるやかな川のほとり、水面に陽の光が反射し辺りはキラキラと光を放っている。
「ピィ!ピピ! ピュイ!」
そんなキラキラと陽を反射させている川岸の浅瀬で、ピピィは気持ちよさそうに水浴びをしている。ピィ!ピィ!っと陽気にダンスするように水辺をパシャパシャと歩いたり、翼を広げバシャバシャと水浴びをしたり、とても気持ちが良さそうだ。
烏の行水
そんな言葉が頭をよぎる。
しかし、烏の行水の意味は、素早い入浴とかそんなんだった気がする。
ピピィは水浴びが好きなようで、しばらくの間そうしている。あれは行水というより水遊びといった方が正しいのかもしれない。彼女の行水は時間がかかるらしい。
ピピィの陽気な歌声を横で聴きながら、同じ様に水浴びをする。とはいっても、ピピィのように水遊びをするわけではなく、身体を綺麗にするためだ。流石に元日本人として、何日もお風呂に入らないのは結構辛いものがあるので、こうして定期的に水浴びをしている。
この世界にきてもう結構な日数が経っているが、一度もお風呂に入れていない。この世界にお風呂という文化があるのかどうかはわからないが、いつかは入りたいものだ。
布で身体を擦り身綺麗にしていく。何度か繰り返しさっぱりした後、布を絞り身体を拭いていく。天気もいいし川での行水も案外気持ちが良いものだ。
川岸の岩の上に脱いであった上着を取り羽織っていく。今日は天気も良いし服を濯いでも良かったかなと考えるが、まぁそのうちやればいいかと思い直す。
「ピィッ! シュンーー!」
水遊びに満足したのかピピィかこちらに向かってチョンチョンと駆け寄ってくる。
「みてみてー!綺麗になったー!」
「うん、綺麗になったね。ほらこっちおいで。拭いてあげる。」
「ピィ!♪」
ピピィは嬉しそうに近寄ってく来て。元気よくクルリと回り背中を向け、翼を大きく広げてくる。元気よく水浴びしていたので身体中がビショビショだ。そんな水濡れな彼女の身体を絞った布で軽く拭いていく。腕や肩、首や背中を優しく拭いてあげると、彼女は嬉しそうに声を出しながら身体を揺らしている。
「ピィ♪ ピィ♪ ピィ♪」
彼女はその腕の構造上あまり上手く身体を拭くことが出来ないので、こうして手伝っているのだ。彼女はそれを気持ちよさそうに受け入れる。一人の時はどうしていたのかと言うと、そのまま自然乾燥か、もしくはビショビショのまま服を着てしまっていたという。濡れたまま服を着るのはあまり良くないと伝えると、「じゃぁシュン拭いてー。」とこちらに丸投げしてきたのだ。
最初は戸惑ったが、しつこく迫ってくるのでこちらが折れる形となったのだ。
そうして水浴びの後身体を拭いてあげたのだが、それが心地よかったのか今ではすっかり拭く係が定着してしまった。しかし気持ちよさそうな彼女の姿を見ていると、そんな無理に断らなくてもいいかなと思い今ではすっかり板についてしまった。
身体を拭き終わったら次は髪の毛を拭いてあげる。彼女は髪の毛を拭かれるのが好きなようでこちらに背中を預けてより楽しそうに歌を口ずさむ。
「ピィ♪ ピィピィ♪ ピィィ♪」
「あ、こら。身体揺すったら上手く拭けないでしょ。じっとして。」
「ピィ♪ ピィ♪」
より上機嫌になり身体をフリフリと動かしてしまい拭くのに一苦労してしまう。だが彼女も悪気があって動いている訳ではなく、楽しくって身体が動いてしまうのだ。止めろとキツく言うことは出来ない。それに楽しいのは悪いことではないので、それを止めることはしたくない。
喜びの舞を踊る中髪の毛を乾かすという大変な行為を終えると、側に置いてある彼女の服を着させる。これも彼女の手が翼の為着るのが面倒なので着やすいように手を貸す。
しかし彼女の行動をよく観察してみるとわかった事なのだが、彼女の翼は実は器用に動かすことが出来るのである。もちろん普通の人の手のように繊細に動かすのは難しいのだが、物を掴んだり離したりすることは普通に行える。こうしてみるとハーピー種,(厳密には八咫烏なのだが)は意外と翼を手のように使えるのだなと関心してしまう。とはいえやはり面倒なことは面倒なようであるが…。
「よし、これで終わり!」
「ピィ! シュンありがとう♪」
着替えを終えると、頭をこちらに擦りつつけてくる。今度は拭いてほしいのではなく、頭を撫でて欲しいのだろう。なのでリクエストに応え頭をなでる。彼女は目を細めて気持ちよさそうにしている。
ふと昔の事を思い出す。
日本にいた時のことだ。
当時まだ幼かった女の子、檜山美希もたまにこうして頭を撫でてあげると嬉しそうに目を細めていたな、と。彼女が大きくなっていく頃には、頭を撫でる事は無くなっていったのだが、流石に高校生にもなった彼女の頭を不用意に撫でる行為はよろしくないだろう。すこし寂しい気もするが、それが大人になっていくって事なのかなと。そんなことを考えていた。
この世界に転移してしばらくたったが、日本は今どうなっているのかな。彼女は今も元気にしているだろうか。シゲは相変わらずゲームしているのかな。まぁアイツはそれが仕事でもあるのだからある意味仕事熱心なのかな。
そんなこと考えていたらピピィがこちらを見上げていた。
「あっと、ごめん。手が止まってた?」
ピピィは顔を横に振る。
「シュン…平気?」
「え?」
「シュンかなしい顔してた…。寂しそうだった。」
ピピィは翼を広げ抱きついてきた。
「シュン大丈夫、ピピィ側にいる。シュンから離れない。だから寂しくないよ?」
どうやら自分は悲しそうな表情をしていたらしい。昔を思い出していた事で、それが表情に表れてしまっていたようだ。確かに彼らに会えないのは寂しいし。会って話がしたい。日本にも帰りたい、未だ未練は断ち切れていない。だからといって目の前の小さな子に心配をかけさせて良いという理由にはならない。気持ちを切り替え彼女に対面する。
「うん、ありがとう。ピピィのおかげで寂しくないよ。ピピィと一緒にいると楽しいから全然悲しくないよ。」
「ピィ、本当?」
「ああ。」
少し強めに頭をなでる。
彼女は笑顔でそれを受け止める。
確かに寂しさはある。
しかしそれだけではない。
この世界での喜びや楽しみもある。
元の世界の寂しさはこの世界の楽しさで補えば良い。
彼女の満面の笑みをみると、そんなふうに思える。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
焚き火に追加の枝を放り込み、火を絶やさぬようにする。
パキッと木が弾ける音が暗い森の中こだまする。
火の明かりが森の一部を淡いオレンジ色に染め上げる。
焚き火で温められるように設置した鍋の中に、少量の塩を加える。
塩は貴重なのであくまで少しである。
塩を加えた鍋を木のスプーンでゆっくりとかき混ぜる。
スープには森で採れた山菜やキノコなどが入っている。
狩りでとれた肉も入っているので栄養としては申し分ない。
こうして完成したスープを木の器に移す。
「よし、これで完成っと。ミミ、ピピィ、ご飯にしよう。」
「ピィ♪」
「まったく、あまり待たせないでよね。」
今日の晩御飯は自然の食材を活かした山菜スープである。
まぁ基本自然の食材を活かした料理しかないのだが。
出来上がったスープをスプーンですくいフーフーと冷ます。
「ピピィ、はい。」
「ピィ!はぅはふぅ」
差し出されたスプーンをパクっと咥えると、はふはふと熱そうにしながら食べる。
質素な味であるがピピィは美味しそうにしている。
こういった温かい料理は翼では食べにくいのでこうして食べさせてあげている。パンや干し肉の場合は翼でも掴んで食べられるのだが、スープ系はやはり食べにくいのだ。ピピィに食べさせた後に自分も一口食べ、その後またピピィにといった順番を繰り返しながら食事をしていく。
ミミは彼女用によそった小さな器で器用に食べている。
普通精霊はこういった食事をとったりはしないのだが、彼女いわく仲間はずれは嫌らしい。食べてみると案外いけるようで、いまでは普通の食事も平気に食べている。ではレーションはもういらないのかというと、それはソレで別に食べている。普通に考えれば食べすぎな気もするが、精霊って太ったりはしないのだろうか…。
火を囲みながら三人で食事をとっている中、マップを確認すると、いつもと違う動きが見られた。
「… 近づいて来ているな。」
マップには一つのマーカーが表示されていたのだが、それが少しづつ近づいてくるのだ。
近づいてくるマーカーなのだが、実はかなり前から存在は確認出来ていた。何をするでもなく、常に一定の距離を保っており、こちらに近づいてこなかったので無視していたのだ。しかし、今マップを見ると、そのマーカーは確かにこちらに近づいてくる。
今になって何故?
近づいてくるマーカーを警戒する。マーカーの色は白で、敵対や危険を示す赤色ではない。しかしだからといって警戒を解くわけにはいかない。
「ピピィ、ミミ」
「ピィ?」
ピピィは何?って表情を見せ首をかしげる。ミミはというと、マーカーの方に視線を向けている。やはりミミも気がついているみたいだ。
器を地面に下ろし、いつでも銃を抜けるようホルスターに手をそえる。
そうした警戒の中、ソレは警戒心などまるで気にしないかのような声で話しかけてきた。
「やぁ、ずいぶん美味しそうな匂いをさせているね。よかったらボクにも食べさせてくれないかな。」
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