21 別れ 旅立ち <挿絵入 地図>
「これは… なんとも壮大だな…」
その大きさな思わず声が溢れる。
目の前には広大な湖が水平線の彼方まで続いており、対岸を見ることは出来なかった。
集落を移動すること約一ヶ月、その移動距離は数百キロにも及んでいた。かなりの長旅であったが、彼らが森の民であること、また物資の移動をスキルで行い負担を軽減したことも幸いし、誰一人掛けること無く旅を続けることが出来ていた。
そして長い旅の末、たどり着いたのが目の前に広がっている湖である。
「まさか、ここまで大きな湖に出合うとは…。」
「ピィ!ピィ! 大っきいー! すごい! シュン! 大っきな川だよ!」
「ピピィ、これは川じゃなくって湖って言うんだよ。」
「ピィ? みずうみ?」
「そうだよ。湖にはね、お魚さんたちが、いっぱーーい居るんだよ。両手で抱えきれないぐらい沢山いるんだ。」
「ピィ!! 川みたいにお魚が捕れるの?」
「うん、沢山捕れるよ。ピピィも川でお魚さんを取ったことあると思うけど、湖はね、そんな川とね繋がっているんだよ。だから湖にはいろんな種類のお魚さんの住処になってるんだ。」
「ピィ! すごい! みずうみって凄いね、シュン!」
「うん、そうだね。」
事実、凄い大きさである。
湖の右側、遥か遠くに大きな山脈見える。延々と連なっているその山は、山脈というに相応しい雄大さがある、正確な標高を測ることは出来ないが、かなり大きそうである。5000mは優に超えてるだろ。そんな微かに見える山脈の麓まで湖は繋がっているようだ。そして湖の左側に至っては水平線が続くのみで、湖の他に何も見えなかった。
元いた世界の日本では、晴れた日には東京から富士山を見ることが出来たが、東京から富士山までの距離はおよそ130キロメートルだったと記憶している、
山脈までの距離は少なく見ても100キロメートル以上離れていると思われる。そうなると、その麓まで続いている湖は相当な大きさだろう。確実に琵琶湖より大きい。まさかカスピ海並とまでは行かないと思うが…。あの規模の湖がそう安々と存在するとは思えない。
「本当大きな湖ね。向こう岸が全然見えないわ。」
ミミもその大きさに思わず唸っている。身体の小さな彼女からしたら尚更大きく感じるだろう。
湖の大きさに面食らってしまったが、こうして湖を発見することが出来たのは僥倖だ。
湖には様々な恵みがある。ここを生活の拠点とすれば、飢えることなく安心して生活していけるだろう。
しかしすぐさま住むことが出来ると言うわけではない。
居住を移すため為には様々なことをしなければならない。
その一つとして確認しなければならない事がある。
安全面の確認である。
もしこの湖周辺に凶悪なモンスターなどがいた場合、住むのには適していない。新たな場所を探す必要がある。生き物にとって水とは無くてはならない生命線だ。なので水辺周辺には多様な生き物が多く存在する。恵みと同じ様に危険も存在するのだ。
そして気をつけなければならない問題は他にもある。
先住民の存在だ。
先も話した通り、水は生きていく上で無くてはならない。元にこの周辺に住居を構えられないかを考えている。つまり他にも水辺周辺に根を下ろしている種族がいる可能性もあるのだ。もしそういった種族がいた場合、彼らのテリトリーを侵してしまう事になる。縄張り争いだ。できればそういったいざこざは回避していきたい。侵略するためにこの地に来たわけではないのだ。
こういった懸念を回避する為に周辺を調べなければならない。そしてそれらの問題を解決出来た後住居を構えることになる。
ゴブリンたちにその事を話し、周辺を探索することにした。
ただ全員で探索するのでは無駄が多いので、数を分けての探索となる。
主に狩りを行うことの出来る大人ゴブリンを中心としたメンバー分けである。ただ動ける人員の全てを探索に回してしまうと、もし群れに何かあった場合守ろことが出来ないので。一行を守る人数を残しての探索だ。
基本二人一組ので行動し、ペアを10組ほど作ることにした。自分もその探索メンバーに加わることにした。しかし自分の場合はまだ上手く言葉を伝えることが出来ないので、メンバーにピピィを加えた三人編成での探索である。
今回の探索でなにも問題がなければこの地に集落を移すことにする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
探索を開始して二週間ほど経過したが、付近に危険な生物が生息している痕跡は見つからなかった。大型肉食獣などは存在していたが、それらは森で暮らしていく上で普通に存在してするものなので、そこまで危険という程でも。無論もりの中一人で遭遇したら危なくはあるのだが、複数人で対応すれば、いくらでも対処できる。それは元の集落でも同じであった。
そして先住民についてだが、湖畔にそって探索を行っていたら、そこで先住民と遭遇したのである。そこに住んでいたのはネズミのような姿形をしていた亜人でネズミ族だという。ただネズミとはいってもハツカネズミのような姿ではなくもっと大型の、たとえばビーバーに近い姿をしていた。そのずんぐりした体型はなんとも愛嬌がある。
この湖の畔とそこから流れる川付近で生活をしており、水と共にある種族らしい。彼らは家族単位の群れで行動し、そこで見かけた殆どが家族だという。彼らの縄張り意識は強く、最初接触した時は警戒心を顕にしていた。しかしこちらに争う意思は無く、またテリトリーを侵略する意図はないと伝えると、少し警戒を緩めてくれた。
彼らの話によると、この付近ではビーバー族の群れが幾つか存在し、お互い距離を保ちつつ生活しているのだという。群れの中へ侵入すると排除するが、テリトリーの外ながら基本無関心らしい。
彼らが侵略的な種族で無いことに安堵し、この先の麓に居を構えることになるかもしれないという話を伝えると、興味ないとの事。ここからゴブリン達の所までおよそ60キロメートル程離れているので、お互い接触することはないだろう。
彼らから話を聞くと、この湖の近くでは幾つかの種族がやはり存在しているという。しかし彼らの縄張りから距離が離れているため、あまりいざこざは起きていないらしい。
あまり長く彼らのテリトリー内にいると、いらぬ争いが起きるとも限らないのでその場を後にした。
そこから更に数日、湖付近を探索したが、種族間の争いや危険生物などは、確認出来なかった。これらの探索結果のもと、ゴブリン一行はこの湖の近くに集落を構えることに決定した。
集落の場所を決定したが、やることはまだ沢山ある。まずは家を建て直さなければならない。まずは家の元となる地面を軽く掘り起こす。そこまで深くは掘らず、数十センチ程度だ。広さはおよそ半径5メートル程度である。そして掘った地面を踏み固める。
これらの下準備が終わったら家の基礎となる木々を収納から取り出し、手分けして組み立てる。本来ならば森から木を切り倒し、それを加工して組み立てなければならないが、今回は収納された木々があるので、それを組み立てるだけだ。そして組み上がった基礎に藁などを被せて屋根をつくる。元から材料が確保されているので、かなり時間を短縮して家々を建てることができ、全ての家を作るのに一週間と掛からなかった。
家を建て終えたら次に行うのが食料への対策だ。
今回の集落移転の旅をする上で、集落にいた家畜の全てを伴っての移動は不可能であった為、家畜の大半をしめたのだ。しめた家畜は解体しアイテムとして収納している。その収納されている肉を取り出さなければならない。
しかし、ただ出しただけではそれらは直に傷んでしまい、食べられなくなってしまう。この世界に冷蔵庫などは存在しないのだ。
そこで考えたのが干し肉や燻製に加工して保存食にするという方法だ。これならば処理を施していない生肉などよ傷みにくく、りかなり長期に渡って保存することが出来る。ただ大量の塩を使用するることが出来ないので元の世界のそれらよりは保存に向かないが、それでもやらないよりマシである。
こうした食料加工を数日にわたって行い、すべての肉を加工していった。
こうした移転に伴い行わなければならなかった、幾つかの事柄をこなしていき、集落のゴブリン達も安定した生活をおくれるようになっていった。
こうして安定した日々を過ごせるようになってきた集落を見て、以前考えていた事をそろそろ実行するべきだと思い至る。
旅立ちだ。
自分がこの集落に対してできることはもうなにもない。彼らは自分の手助けなど借りなくても何も問題ないだろう。
その日の夜、ドルイドゴブリンに数日内に旅立つ旨を伝えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ◇
次の日、集落をあげての送別会が行われた。
無論この世界に送別会などという言葉は存在しない。なので厳密に言えば送別会などではない。しかし自分の為に皆で食事を取り歌や踊りなので楽しく過ごすその様は、そうとらえても問題ないように思える。
「ピッピピ~~~♪」
『ギャッギャウギャ~~♪』
自分が教えた歌を大勢で合唱したり、逆にゴブリン達の歌を教えてもらってそれを合唱したりと、随分にぎやかな合唱大会である。
子供たちの中には、自分が教えた遊びで楽しく遊んでいる者もいる。
じゃんけんやあっち向いてホイなどは、簡単に行える遊びのうえ、ルールも簡単なので、すぐに浸透していった。またにらめっこなどは、小道具を使った熟練者まで現れ大いに盛り上がった。
石を投げて相手の石を互いに押し出し合うカーリングもどきな遊びは意外と大人たちに受け入れられた。狩りの要領で行えるので、白熱する熱い戦いへとなっていった。
この世界のゴブリン達はみな優しく、穏やかで、何より一緒にいて楽しかった。この世界に転移して不安もいっぱいあったが、今ではそんな不安より楽しさ、面白さの方が上回っている。彼らと一緒に過ごせてよかった。彼らとの出会いは一緒の宝物である。
「彼らと出会えて本当によかったよ。」
「最初にゴブリンと遭遇した時は攻撃しようとしてたのに、随分と変わったわね。」
「その話はもうよしてくれよ…。あの時はまだこの世界のこと何も知らなかったんだから。本当に悪かったと思ってるし。」
「まぁ、これからは心を入れ替えて、正しく生きればいいのよ。そう、私にレーションを捧げるとかね。」
「え、それ関係なくない?」
「関係あるわよ!あなたのものは私の物、わたしのものは私の物よ」
「なにそのジャイアニズム怖いんですけど。」
「ピィ! ピピィのものはミミのものー!ミミのものはミミのものー!」
「こらピピィやめなさい! ほら、ミミが変なこと言うからピピィが真似しちゃうじゃないか! ピピィ、ミミの真似なんかしちゃ駄目だよ。ピピィはいい子なんだから。」
「ピィ? ピピィいい子?」
「うん。いい子いい子」
「ピィ!♪ ピィ♪」
頭を撫でてあげると気持ちよさそうに頭を擦りつけてくる。お尻を振りながら幸せの舞を踊る。彼女が上機嫌な時にする行動だ。
彼女ともずいぶん仲良くなれたものだ。最初はこちらを警戒し威嚇行為をしてきたのが、今ではこんなにも心を開いてくれている。彼女と出会えたことも良い思い出となるだろう。彼女と別れるのも寂しくなるな。そう思いながらいつもより多めに頭を撫でてあげる。撫でられた彼女もいつも以上に上機嫌になり音を口ずさんでいる。
こうした楽しい時間は夜が更けるまで続いていくのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、辺りはまだ薄暗く、朝霧が立ち込める中、集落を旅立つ。
集落の入り口では多くのゴブリン達が見送りに来てくれている。
「みんな、今まで本当にありがとう。いつかまたこの場所に戻ってくるよ。その時はまた一緒に楽しく歌ったり踊ったりしよう!」
『ギャウ! ギャガギャガウギャギャギャ!! グギャウギギギュギャ!!』
お互い通訳を介しながら別れの言葉を交わす。その言葉は、どこまでの明るく楽しいものだ。今生の別れではない。だから湿っぽくする必要はないのだ。
またの再会を約束をし、ゴブリン達に見送られながら集落を後にした。
これから新しい旅立ちだ。
「この先どんな旅になるのか。今はまだ想像も出来ないけど、ミミと一緒ならどんな事も乗り切れると思ってる。ついて来てくれて本当に感謝してるよ。不甲斐ない時もあるかもしれないけど、これからもよろしくね、ミミ」
「ピィ!」
「こちらこそ。楽しい旅になるといいわね。」
「ピィッ!」
「ああ、きっと楽しい旅になると思うよ。」
「ピィッ!♪」
「ピピィも楽しみにしてるみたいね。」
「ピィ!わくわく。 シュン、旅楽しいね!」
「そうだねピピィ。」
……ん?
「ってピピィ!!???」
「ピィ?」
「何よ、いきなり大声だして、ビックリするじゃないの!」
「いやピィ?って… なんでピピィここにいるの??」
「何でって、最初から居たじゃない。何言ってのよ。」
「ピィ、シュン、どうしたの?」
「え、何 理解出来てないの俺だけ?」
ピピィ不思議がるように小首を傾げてこちらの顔を覗き込んでくる。
あまりにも自然と会話していて気が付かなかった。
何故彼女がここにいる。集落に残っているのではなかったのか。
「何故って、彼女も一緒に旅をするからに決まってるじゃない。何で一緒に旅をするのに別行動するのよ。逆に意味わからないわ。」
なんと、いつの間にか一緒に旅をすることが決定していたのだ。
そんな話は一度もしたことがなかったのだが。
彼女は元はオークの村で生活していた。そしてそこからゴブリンの集落に移動したのだ。 だからそのままゴブリンの集落で生活するのだと思っていたのだが…。
「あきれた…、あなたそんなにピピィを突き放したかったの?なんて薄情なのかしら。ピピィ、そんな薄情男の側になんていちゃ駄目よ、こっちに来なさい。お姉さんが守ってあげるから。」
「ピィ?」
ピピィがこちらを見上げてくる。
「ピィ…。 シュン、わたしのことキライになっちゃったの?」
悲しそうな表情で語りかけてくる。
「いやいやいや! そんなこと無いって! そんな顔しないで!」
純粋な瞳でそんなこと言われると心にくるものがある。精神的ダメージが酷い。
「ピピィの事は大好きだよ。でもピピィ、この旅はまだ目的もはっきりしていないし、この先どうなるのかも判らないんだ。もしかしたら大変なものになるかもしれない。」
そう、先の見えない旅だ。絶対に安全だ、とは言い切れないのだ。
「そんな旅になるかもしれないけど、ピピィはそれでもいいのかい?」
「ピィ! ピピィ、シュンと一緒に旅したい! 一緒にいたい!」
ピピィが翼を広げて抱きついて来る。
「ピピィ、シュン好き! ミミ好き! だから一緒!」
彼女は己の心に正直だ。きっと本心からそう言っているのだろう。
「そっか…。わかった!」
ピピィの頭を激しく撫でてる。少々荒っぽいかもしれないが、構うものか。
「ピピィ! 一緒に旅をしよう! これからもよろしくね!」
「ピィ!! シュン一緒! 好き!」
「何よ、突き放そうとしてた癖に手のひら返ししちゃって。ピピィ騙されちゃ駄目よ。」
「ピィ、騙される?」
「だから、ミミ! 変なこと吹き込むなって言ってるでしょ!」
こうして旅の第一歩はなんとも慌ただしくスタートするのであった。
この先どうなるのやら…




