14 集落
森の中で遭遇したゴブリンに招かれ、彼らの集落へミミと二人で向かっている。とはいえミミの姿は見えていないので自分一人が彼の後をついて行っている形である。
ミミはと言えば頭の上でお腹を膨らませ満足そうに寝転がっている。そして機嫌良さそうにお腹をさすって鼻歌交じりで歌っている。優しくお腹を擦るその姿は妊婦のそれかと勘違いしそうなほどだが、そのお腹の中身は赤ちゃんなどではなく食べ過ぎたレーションである。妊婦さんというよりもはや力士だ。
そんなろくでもないことを考えながらゴブリンの後についていく。
最初は警戒していたゴブリンもこちらの説得によりその警戒心を解いてくれた。とはいえ言葉が通じた訳ではなくレーションという食べ物で釣るという形ではあったが。
しかし逆にいえば、これはある種有効な手立てなのだと思う。ゴブリンの彼もそうだが、ミミもレーションという未知の食べ物に惹かれているフシがある。この世界にレーションなどの携帯食があるかどうかは分からないが、あったとしてもおそらく美味しいといえる物ではないだろう。
なのでこれを用いれば色々な交渉ごとに使えるかもしれない。今回のように警戒を解いてもらいうという用途にも使っていけるだろう。
ただあまり不用意に使うのも考えものだろう。変に出所などを勘ぐられてはこちらの存在を不審に思うかもしれない。そしてそのことが原因でトラブルに巻き込まれてしまう可能性も絶対に無いとは言い切れない。なのでそこらへんに気をつけなければならないだろう。
そうこうしているうちに、ゴブリンの集落のすぐ近くまで来ていたようだ。マップを確認するとそこには多数のマーカーが表示されているのがその証拠だ。それに少しづつだが森もいくらか切り開かれてきている。
「ゴブリンの集落か…。」
まさか自分がゴブリンの集落に向かうことになるとは思ってもいなかった。そもそもがこの世界に転移などという訳がわからない出来事自体予想できるはずもなく、これぐらいは大し出来事ではないのかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
驚くべき光景が広がっていた。確かにゴブリンの集落へ向かっていたが、それでもやはり実際にこの目で見るとでは、その驚きは別である。村のいたるところに多くのゴブリンが存在し、そこで生活を送っている。そこにいるのは決して野生の獣なのではなく、知性のある生き物が規律ある生活をしている。
そこには自分たち人間となんら変わりのない彼らが生活していた。…いや、自分の見た目はすでに人間ではないのだろうが…。やはり転移前の人間としてのイメージから抜け出せないでいる。
集落に入ると、案内をしていたゴブリンがこちらに何事かを伝えた後村の中に駆けていった。
「それにしても、こうもゴブリンが沢山いると本当に別世界に来でしまったんだなと実感するよ。」
「こんなんでいちいち驚いていたらこの世界でやっていけないわよ。ただの集落なんだから。」
「そうかもしれなけどさ、やっぱり驚いちゃうよ。こればっかりは少しづつ慣れていかなきゃね。」
そんな話をしていると、村に案内してくれたゴブリンがこちらに戻ってきた。ゴブリンの見分けなどが出来ているわけではないが、さすがに見間違うことはないだろう。そしてその彼の後ろからまた別のゴブリンがこちらに向かって歩み寄ってくる。
この集落に着いた時から集落のゴブリンは遠目からこちらを伺うようにして近寄ってこなかったが、このゴブリンはそうではないようだ。
『*グギャ*ウ**ガグガ*:ギャ**』
歩み寄ってきたゴブリンが何かをこちらに話しかけてくる。
残念なことにやはりゴブリンの言葉は理解することが出来ない。
「あの子に貴重な食料をくれてありがとうって言ってるわね。どうやらあの子の父親みたいね。」
言葉が分からない自分に変わってミミが内容を教えてくれる。ミミがいなかったらこんな簡単な内容すら理解できなかったので、彼女の存在は本当に助かる。この世界で彼女に会えたことはある種奇跡に近いだろう。
ミミに感謝しつつゴブリンにも話しかける。むろんこちらの言葉が伝わる訳ではないのだが、ただ無言というわけにもいかないだろう。
「いや、お礼には及びません。それに彼には随分と驚かせてしまって…。すみませんでした。」
身振り手振りでそのことを伝える。そしてこちらにはそちらを害する意図はないことを誠意をもって伝える。
こちらの意図が伝わったかどうかは分からないが、とりあえず彼らから拒絶されるということは今のところ無いようだ。
『ギャ**グキャフア***アヴギャ**』
親ゴブリンがこちらを招くようにして集落の中へ案内してくれる。
彼らに付いていくと、ある家の前へと案内された。どうやら彼ら親子の家のようだ。
家の作りとしては竪穴式住居に近いように思える。おそらく簡易な木組みの上に藁や茅葺を被せる形の家なのだろう。彼らの衣類や家の様子からゴブリンの生活レベルは新石器時代あたりなのかもしれない。
家の中に入るとそこは質素な作りの室内が広がっていた。調度品などは存在せず、座敷と寝床とわずかな家具のみだった。寝床も恐らく藁であろうそれが引き詰められているだけで、布団のようなものは存在しなかった。しかし陶器のようなものは存在していた。中に何が入っているのか興味はあるが、まさか人の家の物を勝手に詮索するわけにもいかないので、おとなしく座ることにする。
親ゴブリンと対面しながら座る。なんとも奇妙な光景だ。親ゴブリンは言葉が伝わらないにも関わらずこちらに話しかけてきてくれる。ただこちらにはミミがいるので伝えたいことは一応伝わっている。ただ返すことは残念ながら出来ない。それでも何もお互い伝わらないよりかは全然マシである。
ミミからの情報によると、どうやらこの集落の知者を呼んでいるのでここで待っていてほしいとのことだ。子ゴブリンがその知者を呼んでくる間、親ゴブリンが自分の接客をするという感じらしい。
しばらくすると子ゴブリンが家に戻ってきた。そしてその後についてくる形で他のゴブリンが家の中に入ってくる。
『グア**グ*ウガ****ギャグ***ッギ*ギャ』
そのゴブリンは集落にいた他のゴブリンとは様子が違っていた。側頭部から後頭部にかけて伸ばされた長い頭髪に顎全体を覆うような長いひげ、その長い髭は幾つかに編み込まれている。そして顔全体にこれまで遥かなる時を生きてきたであろうことを感じさせる深い皺が深く刻まれていた。着ているものはボロと呼ばれるような粗悪なものでは断じてなく、とても丁寧に仕立て上げられたものだ。長い眉の下から覗く瞳は知性を確かに感じさせる力強いものである。そこには確かに知者と呼ぶに相応しい者がいた。
「あら、このゴブリンのおじいちゃんドルイドじゃない」
「ドルイド?」
ドルイド。たしか司祭のようなもので政や神事、そして教化などを行う者のだと記憶しているが、その呼び名は古代ケルトにおけるものだったのではないだろうか。いや、ファンタジーなのでもよく登場する職でもあるから、必ずしも宗教に関するものではないのだろう。おそらくミミと自分に共通する認識から意識下でドルイドという言葉が互いの間で訳されたのだろう。
「ドルイドってことは魔法とかそういった力を使えるのかな。」
「まぁ使えるんじゃないかしら。でもそんなことより…」
そういうとミミはふわっと宙に浮かび上がりひらひらとドルイドゴブリンの前まで飛んでいく。そこで何事かをしながらもふわふわと浮かび右へ左へと移動する。
何をしているのかを訪ねようと声をかけとしたが、その前にドルイドゴブリンが口を開いた。
「オォォ…**、ゴギュギ**ャア*グギ***ャ*ギギャ」
何かを語っているその表情は少なくない驚きを表していた。長い眉の奥にある瞳は大きく見開かれ驚きとも興奮ともとれる光を宿している。
「やっぱり。このおじいちゃん私のこと認識出来ているわ。とはいってもはっきりと見えるってわけじゃなく薄っすらと存在を感じ取れる程度だけどね。」
そう話している間もドルイドゴブリンは驚いた様子で言葉を発している。
必死に何かを喋っているがこちらには伝わらない。ただミミにはドルイドゴブリンの言っていることは解っているので、ふむふむと話を聞いている。
そうしてしばらくしていると、ミミがクスクスと笑いながらこちらに内容を伝えてくる。
「どうやらこのおじいちゃん、シュンのこと神使だか使者だと勘違いしているみたいね。」
「…え? どういうこと?」
「私たち精霊って大地や水とか世界そのものってのは前に話したわよね。彼らドルイドはそんな大地の声をその身に受ける、いわゆる神託を、神の意を推し測り他の者に言い伝える役なわけ。んでもって精霊ってのはその神託を彼らに伝える者って彼らは思ってるのよ。まぁ実際は神のお告げでもなんでもないんだけどねー。」
軽い口調で言うその内容に思わず仰天してしまう。彼らが言い伝える神託が実は神のお告げでもなんでもないというのは、こんな軽い口調で言っていいものではないだろう。そんな内容を彼女は何でもないようにさらっと…。いや精霊からしたらきっとその程度なのだろうが彼らからしたらたまったものではないだろう。
「それがなんで俺が使者って事になるわけ?」
「ほら、私がシュンと一緒にいるでしょ?だから精霊をその身に従えてるって思ってるのよ。そんな状態だから精霊の使い、つまり使者ってわけ。」
「んな馬鹿な。」
「この世界のこと何もしらないシュンが神の使いとか。…プククッ。だめ、笑いが止まらないわっ!」
プププと頭の上で笑っているミミをよそにこの状況にどうすればよいか頭を悩ます。
神の使いと言われても自分は何も知らないし何もすることができない…、いや、もしかしたらこれは好機かもしれない。
騙すことになるかもしれないが今の状況を利用すればこちらの話を聞いてくれるかもしれない。
「このゴブリンはドルイドってことだけど、ミミの喋ることは理解できるんだよね?」
頭の上でなおも笑っているミミがお腹を抱えながら身体を起こしてこちらの問に応える。
「プクク…、ふぅ…。 んー喋ってる内容を詳しくは理解出来ないんじゃないかなぁ。存在をがっつり認識している訳でもないみたいだし。なんとなく曖昧に伝わる程度じゃないかしら。」
どうやら会話をするみたいには行かないようだ。それでもまったく理解できないよりかはマシだろう。
「だったら、オークの村について説明してくれないかな。詳細は伝わらなくっても、それでも何も言わないよりマシだと思うし。」
この集落に来た本来の目的を成すためにミミに手伝ってもらおうとお願いする。
「確かにシュンが話すよりかは私が言った方が伝わるかもしれないわね。」
ミミはゴブリンに近づくと、オークの村で起こった出来事を伝え始める。難しく伝えるの
ではなく言葉を簡単に分かりやすく理解できるように。 自分も何もしないより行動するべきだと思い言葉が伝わらないながららも必死に話しかける。
最初は上手く伝わらなかったが、それでも構わず話していくと次第にゴブリンの表情が変化していく。
「**ギャギ*ギギ** ャガ*ギ*ャギャ**! ググ**ギャゴギャ!!」
何かしらの理解を示すかのように言葉を発するドルイドゴブリン、そして親ゴブリンに何かを伝えているようだ。何かを言われた親ゴブリンがその言葉を聞いた後、家の外へを出ていった。
「おおよそだけど、なんとか伝わったみたいね。どうやらこのゴブリンの集落とオークの村は交流があったみたいよ。」
ミミから話を聞くと、オークの村が襲撃されたこと、そして少なくない犠牲が出たことはなんとか伝わったらしい。ただ、誰がどのようにという詳細は伝わらなかったようだ。
「でもそれだけ伝われば上出来だよ。これでなんとか役目は果たせたかな。」
この集落に人間が来るとは限らないが、用心に越したことはない。あのドルイドゴブリンはかなり知性が高いようなので、なんらかの対策を講じるだろう
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ゴブリンの集落の中、ドルイドゴブリンの家の前に幾人かのゴブリンが集まっていた。これらはドルイドゴブリンが招集した者たちである。この者たちでオークの村に様子を伺いにいくようである。
「**ギャ*ギ****ギャ**ャ」
元々オークの村とは交流があったこともあり、この者たちはオークの村の状態を確認すると同時に生存の安否やもし生存者がいた場合救助する為の人員だ。人数としては10人弱と決して数が多いわけではないが、これ以上人員は割けないので仕方がないらしい。
これらの様子を目にして、改めて自分の中のゴブリン像と目の前のゴブリンとの違いにただただ驚くばかりだ。彼らは決して蛮族などではなく他者に気を配るだけの知性と心があるのだと。それは目の前の小さなゴブリンを見れば明らかだ。彼はこの集落に自分たちを招いてくれた子供ゴブリンだ。彼は子供ながらにオークのことが心配で今回の偵察に加わったのだ。オークの村に知り合いがいたようでとても心配しているのだ。
そんなゴブリン達を眺めながら自分も出来ることをするべきだろう。
そうして自分とゴブリン達はオークの村へ足を運んでいくのだった。
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